巻き込まれ召喚!? そして私は『神』でした??

まはぷる

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第9章 訓練兵と神隠し

黒い外套の人物 ①

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「う~む、なんともすばしっこいですね……」

 先ほどから外套の人を追跡中なのですが、なかなか追いつけません。
 相手にはもう、追跡者である私のことは確実に知られているでしょう。これだけ盛大に追いかけてしまっているのですから。

 今もまた、道端に放置してあった廃材を避けようとして、お隣の塀にぶつかり崩してしまいました。ついでに、側溝の蓋を踏み壊してしまったのも、これで3度目です。
 足の速さは私のほうが上なのでしょうが、なにせわざと狭く入り組んだ路地を選んで逃げているようで、思ったよりも速度が出せません。
 下手に加速しますと、急な曲がり角でそのまま正面の壁に突っ込んでしまいそうですね。

 しかも、相手は小柄な特性を活かして、障害物の隙間を身軽にすり抜けていきます。
 おかげで私のほうはといいますと、避け切れなかった蜘蛛の巣や埃まみれになって参ってしまいますね。いつの間にか、身体に巻き付いている洗濯物は、どこで引っ掛けてしまったのでしょうか。右足には踏み抜いたバケツが刺さったままですし。
 これはもう、人があまり通らないような路地でも、掃除は心がけましょうとの教訓ですね。

 なににせよ、相手は私よりも城砦内の地理に詳しいようです。

(となりますと、軍関係者でしょうか……?)

 逃げ足や身のこなしといい、只者ではないようです。少なくとも素人ではなく、特別な訓練を受けた人間でしょうね。
 それに、わざと私の視界に残るように逃げるやり方といい、私を誘い込む意図がありありです。

 当初は外套の身なりから「容疑者かも」程度で追いかけていましたが、これはもうビンゴでしょう。
 むしろ、私を”神隠し”事件の関係者と知りながら、なにかの策に嵌めようとしているのでしたら、こちらとしても好都合です。手っ取り早く、逆に捕らえてしまいましょう。

 運よく、直線距離が稼げそうな路地に入りましたのでチャンスです。
 一気に間合いを詰めるべく、利き足に力をこめます。踏ん張った勢いで、地面が陥没して隣の建物が傾きましたが、そこはご容赦いただくということで。

「行きますよ~。覚悟してくださいね」

 ぐんぐんと外套服の後ろ姿が近づいてきます。
 もう少しで頭部のフードに手が届くというところで――

「おや?」

 足元に黒い小粒の塊がぱらぱらと撒かれました。

 パパンッ、パンパン!

「――おおっ!?」

 相次ぐ破裂音に、私は反射的に跳び上がっていました。

「爆竹……ですか? ってぇ――」

 スパーン!

 次いで、跳んだ空間に待ち構えていた看板に、顔面がジャストミートです。
 痛――くはありませんが、実に痛そうな音とともに、目の前で火花が散って目が回りました。
 次いで着地した地面で足元が滑ってしまい、すってんころりんと後頭部を強打です。

 吊り下げられたひしゃげた看板には『頭上注意!』の文字。そして、地面には『泥濘につき足元注意!』の立て看板。思わず、なるほどと納得したくなりましたね。

 今の隙に逃げられてしまったと思いきや、待ち構えるように次の曲がり角に消える外套の裾――どうやら、追いかけっこはまだ続くようですね。

(とはいえ……私の行動パターンが読まれていませんかね)

 付かず離れず――近付けず離されず、と言ったほうがいいでしょうか。
 何度ももう少しというところで、あっさりと逃げられてしまっています。それでいて、離れすぎては追いかけてこいとばかりの意思表示です。
 完全に翻弄されてしまっていますね。

 もう小一時間は追いかけっこを続けているでしょう。
 人目を避けた裏通りばかり、ずいぶんな距離を走ってきたものです。すでに見知らぬ景色ばかりで、広大な城砦内のどこにいるのか把握できていませんが、感覚的に城砦の端っこ辺りまできているのではないでしょうか。

 こうして逃げ回るだけの意図はいまだ掴めませんが、走り続ける体力に限界がある以上、最終的にはこちらが優位です。
 なにせ、私のほうはチートズルで、鼻歌を歌いながらフルマラソン全力ダッシュも可能ですからね。

 現に、相手の動きにも若干の疲れが見えてきています。
 ……仕掛けてくるとしたら、そろそろといったところでしょうか。

「ここが終着点ですか?」

 路地を抜けた先――多少開けた空き地に出た瞬間、外套の人物が突如反転して襲いかかってきました。

 これまでの疲労具合もどこへやら、俊敏な動作です。これもまた、私を油断させるための偽装だったのかもしれませんね。念の入ったことです。
 相手の得物は片刃の軍刀で、国軍で正式採用されているものでした。それを見事な抜刀で、私の死角に潜り込みつつ、跳ねるように足元から斬り上げてきます。
 迷いのない、滑るような挙動です。それだけでも技量のほどが窺えますね。

 対する私には、生憎とこうした剣技をいなしたり捌いたりする技量はありませんので、とりあえず棒立ちのまま受けることにします。

 切っ先は、真っ直ぐに私の頸動脈を捉えていました。鋭い刃が、首筋に触れた状態で止まっています。
 痛くも痒くもありませんが、どうにも刃物が肌に触れている感触というものは生理的に慣れませんね。これで傷つくことがないとわかっていても、背筋がひやっとしますね、ひやっと。

 躱すこともできましたが、私のへっぴり腰の避け方では、相手にさらなる追撃も許してしまいます。
 こうして動揺を誘い、この隙に武器を奪い取ってしまえば、戦意を挫くこともできるでしょう。私だって、国軍で訓練兵として学び、多少の知恵は身につけたのですよね、ふふ。

 抜き身の刃を、素手でむんずと握ります。

「さて、ようやく捕まえました。大人しく事情を訊かせて――ええっ!?」

 あろうことか、掴んだ刃を前後にぎーこぎーこと動かしはじめましたよ。
 いえいえ、ノコギリじゃないんですから、そんなことをしては駄目でしょう!

 想像するだけでも痛そうで、あまりの嫌悪感に手を放してしまいました。
 背筋がひやってものではありません。さすがに人としてどうかと思いますね、それは。

 距離を取られてしまいましたが、空き地は四方を建物に囲まれた袋小路になっており、唯一の脱出路は私の背後です。これでは、もう逃げられませんよね。
 建物の壁によじ登って屋根伝いに逃げるという手もあるでしょうが、それこそ私の得意分野です。立体移動でしたら、譲る気はありませんからね。

 対峙していても、身長差があり、私からはフードの奥の素顔は望めません。

 が、なんでしょう。こうして向かい合っていますと、なにやらえもいわれぬ不思議な心持になりますね。

「いやあ、さすがだなぁ」

 呑気な台詞に、私はそれが目の前にいる人物から発せられたものだということに気づくのが遅れました。

「結構、自信のある渾身の一撃だったんですけどね。傷つくなぁ……これじゃあ、あなたには到底届きませんか。ねえ、……?」

 剣呑な殺気。向けられた刃。それらを携えた相手のフードの陰から覗く半顔は――

「……レナン、くん?」

 普段の穏やかな表情に取って代わり、残忍に顔を歪めるレナンくん、その人でした……


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