上 下
118 / 164
第9章 訓練兵と神隠し

昏睡する人々 ①

しおりを挟む
 またふたりの口論が始まってしまいました。
 普段から王城でもこんな調子だったのでしょうね。

 喧嘩するほど仲がいいのでしたら、斬り合いにまで発展するのは師弟愛といえなくも――ありませんよね、やっぱり。
 私まで感覚がおかしくなってきたではないですか。

 師弟というよりは喧嘩仲間のようでもありますし、お互いに頭脳派より肉体派ですから、余人には計り知れない肉体言語によるコミュニケーションもあるかもしれません。

 先ほどの注意を一応は留意してくれているようで、刃傷沙汰は自粛してくれているようですから、もう放っておくことにしましょう。

 揉めるふたりを横目に、そそくさと隣のテーブルに移ります。

「あ、すみません。ウェイターさん、果実水のおかわりをお願いします」

 おっかなびっくりに運ばれてきたグラスを受け取り、窓からの景色に視線を転じました。

 いやあ、なんとも今日は慰問日和のいい天気ですね。雲ひとつない晴天が女王様の来訪を喜んでくれているようですね。

 気のせいか、視界の端に壊れた椅子の破片などが飛び込んできますが、エイキはたしか<修理>スキルを持っていたはずですし、井芹くんは第一級の冒険者として金銭に余裕はあるはずです。
 器物破損の弁償分までは責任を持てませんので、そこは自己責任ということで。

「……おや?」

 ぼんやりと窓の外へと現実逃避にふけっていますと、足早に通りを急ぐ軍服姿の兵士さんたちが目に入りました。

 誰かと思えば、ハゼルさんにアジェンダさん、リリレアさんたちレナンくんの隊の面々ではありませんか。
 肝心の隊長であるレナンくんはいないようですが、ずいぶんとお急ぎみたいです。

「ちょっと席を外しますね」

 井芹くんとエイキに振り返りますと、ちょうどクロスカウンターがお互いに決まっているところでした。
 余った手で了承したとばかりに親指を立てています。案外、楽しそうですね。

「皆さん、どうされました?」

 店を出たところで、あちらも私に気づいて足を止めていました。

「オリン訓練兵か。この先で騒動があってな。人手が足りないということで、こうして現場に急行しているところだ」

「このお祭り騒ぎでハイになったどっかのお馬鹿が、往来で閃光魔法をぶっ放したらしいっす!」

「どこにでも困ったちゃんはいるものね~」

 ……思いっ切り私が原因ではないですか。
 皆さんの言葉の矢が私の良心を撃ち抜いていきます。尻拭いをさせてしまいまして、申し訳ありません。

 ですが……妙ですね。
 あれからすでにそれなりの時間が経過しています。ホーリーライトはあくまで眩しいだけで実害のないただの目くらまし。一時的な混乱になりこそすれ、さほど騒動が後を引くとも思えないのですが……

「どのような状況なのです? 被害でも?」

「我らも詳細まで把握しているわけではないが……」

 手短に副官さんが説明してくれたことによりますと――人で賑わう通りで巻き起こった閃光騒動、当初はテロかと危ぶまれたものの、馬が暴れた程度で人的にも物的にも被害がなく、騒ぎに乗じた悪戯として処理されたらしいです。

 しかしその後、相次いで意識を失い昏倒する人々が続出、その対処や搬出で現場は大わらわ。
 それで急遽、近場で別任務に当たっていたレナン隊の皆さんにも出動要請がかかったらしく。

 倒れた人々の容体も原因も不明。外傷は見当たらず、命に別状もないですが、ただ昏睡したまま目を覚ます気配がないそうです。

 私の放ったホーリーライトが無関係とは思いませんが、あの神聖魔法に眩しい以上の効能はなかったはずです。もともとは周囲に明かりを灯す用途の魔法ですし。
 眩さのショックで気を失ったにしても、それほど大勢の方が同症状になるとも考えにくいですね。
 魔法が引き金となって、なにか別の事態を引き起こしてしまったのでしょうか。

「私も同行して構いませんか?」

 ともあれ、実際に被害が出てしまっているのですから、当事者の私が見て見ぬ振りをするわけにもいきませんね。事と次第によっては、然るべき責任を取らないといけません。

「非番のところ悪いな、オリン。だが正直、人手は欲しいところだ、助かる」

 事情を知らないハゼルさんは感謝しますが、私としては後ろめたく恐縮してしまうくらいです。

 ちなみに、他のふたりの当事者は、いまだに店の中で暴れています。
 連れていってもまた余計にややこしくなりそうな予感が果てしなくしますから、ここは放置しておきましょう。

「ところで、レナ――隊長はどちらに?」

 こんなとき、いの一番に駆けつけそうなレナンくんの姿がありません。
 それとも、先んじてすでに現場に直行しているのでしょうか。

「さてな、我らも捜していたところだ。むしろ、オリン訓練兵、おまえに居所を訊きたいと思っていたほどなのだが……その様子では知らないようだな」

「朝早くから、誰かと出かけたみたいだったから~、てっきりオリンくんと一緒かと思ったんだけど~? ふたりはとっても仲良しさんみたいだから~。じゃあ、どこに行ったんでしょうね~?」

 そうなのですか。
 昨日のレナンくんの口ぶりでは今日も調査を続けるようでしたが、内容までは確認していませんでしたね。

「ええ、私は今日は宿舎で休むように言い渡されていましたから。昨日別れたっきりですね」

 と言われつつも、こうして出歩いてしまっていることは触れない方向でお願いします。
 また、レナンくんから叱られてしまいそうですし。

「ちょっと皆さん! のんびり話している暇はないっすよ。まずはこの件をぱっぱっと片づけちゃいましょう!」

 おっとそうでしたね。
 まずは昏睡したという人々の状況を確かめたいところです。
 話では、現状で差し迫った危険はないようですが……それが今後も継続する保証はありません。

 私のヒーリングで癒せるようなものだといいのですが……ここに至りて、神聖魔法が使えることを隠すつもりはないですから、あくまで人命第一です。バレたらバレたで、あらためてそのときに考えることにしましょう。
 もっとも、昏睡の原因が心的要因でしたら、肉体に作用するヒーリングでは望み薄かもしれませんが。

 そうして、私はほんの30分程度で、逃げ出してきた道を戻ることになりました。
 犯人は現場に戻るとの言葉がふと頭をよぎり、人知れずダメージを受けていたのは内緒です。

しおりを挟む
感想 3,313

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-

うっちー(羽智 遊紀)
ファンタジー
3巻で完結となっております!  息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです! あらすじ: 宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。 彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。

異世界転生してしまったがさすがにこれはおかしい

増月ヒラナ
ファンタジー
不慮の事故により死んだ主人公 神田玲。 目覚めたら見知らぬ光景が広がっていた 3歳になるころ、母に催促されステータスを確認したところ いくらなんでもこれはおかしいだろ!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。