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第9章 訓練兵と神隠し
昏睡する人々 ①
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またふたりの口論が始まってしまいました。
普段から王城でもこんな調子だったのでしょうね。
喧嘩するほど仲がいいのでしたら、斬り合いにまで発展するのは師弟愛といえなくも――ありませんよね、やっぱり。
私まで感覚がおかしくなってきたではないですか。
師弟というよりは喧嘩仲間のようでもありますし、お互いに頭脳派より肉体派ですから、余人には計り知れない肉体言語によるコミュニケーションもあるかもしれません。
先ほどの注意を一応は留意してくれているようで、刃傷沙汰は自粛してくれているようですから、もう放っておくことにしましょう。
揉めるふたりを横目に、そそくさと隣のテーブルに移ります。
「あ、すみません。ウェイターさん、果実水のおかわりをお願いします」
おっかなびっくりに運ばれてきたグラスを受け取り、窓からの景色に視線を転じました。
いやあ、なんとも今日は慰問日和のいい天気ですね。雲ひとつない晴天が女王様の来訪を喜んでくれているようですね。
気のせいか、視界の端に壊れた椅子の破片などが飛び込んできますが、エイキはたしか<修理>スキルを持っていたはずですし、井芹くんは第一級の冒険者として金銭に余裕はあるはずです。
器物破損の弁償分までは責任を持てませんので、そこは自己責任ということで。
「……おや?」
ぼんやりと窓の外へと現実逃避にふけっていますと、足早に通りを急ぐ軍服姿の兵士さんたちが目に入りました。
誰かと思えば、ハゼルさんにアジェンダさん、リリレアさんたちレナンくんの隊の面々ではありませんか。
肝心の隊長であるレナンくんはいないようですが、ずいぶんとお急ぎみたいです。
「ちょっと席を外しますね」
井芹くんとエイキに振り返りますと、ちょうどクロスカウンターがお互いに決まっているところでした。
余った手で了承したとばかりに親指を立てています。案外、楽しそうですね。
「皆さん、どうされました?」
店を出たところで、あちらも私に気づいて足を止めていました。
「オリン訓練兵か。この先で騒動があってな。人手が足りないということで、こうして現場に急行しているところだ」
「このお祭り騒ぎでハイになったどっかのお馬鹿が、往来で閃光魔法をぶっ放したらしいっす!」
「どこにでも困ったちゃんはいるものね~」
……思いっ切り私が原因ではないですか。
皆さんの言葉の矢が私の良心を撃ち抜いていきます。尻拭いをさせてしまいまして、申し訳ありません。
ですが……妙ですね。
あれからすでにそれなりの時間が経過しています。ホーリーライトはあくまで眩しいだけで実害のないただの目くらまし。一時的な混乱になりこそすれ、さほど騒動が後を引くとも思えないのですが……
「どのような状況なのです? 被害でも?」
「我らも詳細まで把握しているわけではないが……」
手短に副官さんが説明してくれたことによりますと――人で賑わう通りで巻き起こった閃光騒動、当初はテロかと危ぶまれたものの、馬が暴れた程度で人的にも物的にも被害がなく、騒ぎに乗じた悪戯として処理されたらしいです。
しかしその後、相次いで意識を失い昏倒する人々が続出、その対処や搬出で現場は大わらわ。
それで急遽、近場で別任務に当たっていたレナン隊の皆さんにも出動要請がかかったらしく。
倒れた人々の容体も原因も不明。外傷は見当たらず、命に別状もないですが、ただ昏睡したまま目を覚ます気配がないそうです。
私の放ったホーリーライトが無関係とは思いませんが、あの神聖魔法に眩しい以上の効能はなかったはずです。もともとは周囲に明かりを灯す用途の魔法ですし。
眩さのショックで気を失ったにしても、それほど大勢の方が同症状になるとも考えにくいですね。
魔法が引き金となって、なにか別の事態を引き起こしてしまったのでしょうか。
「私も同行して構いませんか?」
ともあれ、実際に被害が出てしまっているのですから、当事者の私が見て見ぬ振りをするわけにもいきませんね。事と次第によっては、然るべき責任を取らないといけません。
「非番のところ悪いな、オリン。だが正直、人手は欲しいところだ、助かる」
事情を知らないハゼルさんは感謝しますが、私としては後ろめたく恐縮してしまうくらいです。
ちなみに、他のふたりの当事者は、いまだに店の中で暴れています。
連れていってもまた余計にややこしくなりそうな予感が果てしなくしますから、ここは放置しておきましょう。
「ところで、レナ――隊長はどちらに?」
こんなとき、いの一番に駆けつけそうなレナンくんの姿がありません。
それとも、先んじてすでに現場に直行しているのでしょうか。
「さてな、我らも捜していたところだ。むしろ、オリン訓練兵、おまえに居所を訊きたいと思っていたほどなのだが……その様子では知らないようだな」
「朝早くから、誰かと出かけたみたいだったから~、てっきりオリンくんと一緒かと思ったんだけど~? ふたりはとっても仲良しさんみたいだから~。じゃあ、どこに行ったんでしょうね~?」
そうなのですか。
昨日のレナンくんの口ぶりでは今日も調査を続けるようでしたが、内容までは確認していませんでしたね。
「ええ、私は今日は宿舎で休むように言い渡されていましたから。昨日別れたっきりですね」
と言われつつも、こうして出歩いてしまっていることは触れない方向でお願いします。
また、レナンくんから叱られてしまいそうですし。
「ちょっと皆さん! のんびり話している暇はないっすよ。まずはこの件をぱっぱっと片づけちゃいましょう!」
おっとそうでしたね。
まずは昏睡したという人々の状況を確かめたいところです。
話では、現状で差し迫った危険はないようですが……それが今後も継続する保証はありません。
私のヒーリングで癒せるようなものだといいのですが……ここに至りて、神聖魔法が使えることを隠すつもりはないですから、あくまで人命第一です。バレたらバレたで、あらためてそのときに考えることにしましょう。
もっとも、昏睡の原因が心的要因でしたら、肉体に作用するヒーリングでは望み薄かもしれませんが。
そうして、私はほんの30分程度で、逃げ出してきた道を戻ることになりました。
犯人は現場に戻るとの言葉がふと頭をよぎり、人知れずダメージを受けていたのは内緒です。
普段から王城でもこんな調子だったのでしょうね。
喧嘩するほど仲がいいのでしたら、斬り合いにまで発展するのは師弟愛といえなくも――ありませんよね、やっぱり。
私まで感覚がおかしくなってきたではないですか。
師弟というよりは喧嘩仲間のようでもありますし、お互いに頭脳派より肉体派ですから、余人には計り知れない肉体言語によるコミュニケーションもあるかもしれません。
先ほどの注意を一応は留意してくれているようで、刃傷沙汰は自粛してくれているようですから、もう放っておくことにしましょう。
揉めるふたりを横目に、そそくさと隣のテーブルに移ります。
「あ、すみません。ウェイターさん、果実水のおかわりをお願いします」
おっかなびっくりに運ばれてきたグラスを受け取り、窓からの景色に視線を転じました。
いやあ、なんとも今日は慰問日和のいい天気ですね。雲ひとつない晴天が女王様の来訪を喜んでくれているようですね。
気のせいか、視界の端に壊れた椅子の破片などが飛び込んできますが、エイキはたしか<修理>スキルを持っていたはずですし、井芹くんは第一級の冒険者として金銭に余裕はあるはずです。
器物破損の弁償分までは責任を持てませんので、そこは自己責任ということで。
「……おや?」
ぼんやりと窓の外へと現実逃避にふけっていますと、足早に通りを急ぐ軍服姿の兵士さんたちが目に入りました。
誰かと思えば、ハゼルさんにアジェンダさん、リリレアさんたちレナンくんの隊の面々ではありませんか。
肝心の隊長であるレナンくんはいないようですが、ずいぶんとお急ぎみたいです。
「ちょっと席を外しますね」
井芹くんとエイキに振り返りますと、ちょうどクロスカウンターがお互いに決まっているところでした。
余った手で了承したとばかりに親指を立てています。案外、楽しそうですね。
「皆さん、どうされました?」
店を出たところで、あちらも私に気づいて足を止めていました。
「オリン訓練兵か。この先で騒動があってな。人手が足りないということで、こうして現場に急行しているところだ」
「このお祭り騒ぎでハイになったどっかのお馬鹿が、往来で閃光魔法をぶっ放したらしいっす!」
「どこにでも困ったちゃんはいるものね~」
……思いっ切り私が原因ではないですか。
皆さんの言葉の矢が私の良心を撃ち抜いていきます。尻拭いをさせてしまいまして、申し訳ありません。
ですが……妙ですね。
あれからすでにそれなりの時間が経過しています。ホーリーライトはあくまで眩しいだけで実害のないただの目くらまし。一時的な混乱になりこそすれ、さほど騒動が後を引くとも思えないのですが……
「どのような状況なのです? 被害でも?」
「我らも詳細まで把握しているわけではないが……」
手短に副官さんが説明してくれたことによりますと――人で賑わう通りで巻き起こった閃光騒動、当初はテロかと危ぶまれたものの、馬が暴れた程度で人的にも物的にも被害がなく、騒ぎに乗じた悪戯として処理されたらしいです。
しかしその後、相次いで意識を失い昏倒する人々が続出、その対処や搬出で現場は大わらわ。
それで急遽、近場で別任務に当たっていたレナン隊の皆さんにも出動要請がかかったらしく。
倒れた人々の容体も原因も不明。外傷は見当たらず、命に別状もないですが、ただ昏睡したまま目を覚ます気配がないそうです。
私の放ったホーリーライトが無関係とは思いませんが、あの神聖魔法に眩しい以上の効能はなかったはずです。もともとは周囲に明かりを灯す用途の魔法ですし。
眩さのショックで気を失ったにしても、それほど大勢の方が同症状になるとも考えにくいですね。
魔法が引き金となって、なにか別の事態を引き起こしてしまったのでしょうか。
「私も同行して構いませんか?」
ともあれ、実際に被害が出てしまっているのですから、当事者の私が見て見ぬ振りをするわけにもいきませんね。事と次第によっては、然るべき責任を取らないといけません。
「非番のところ悪いな、オリン。だが正直、人手は欲しいところだ、助かる」
事情を知らないハゼルさんは感謝しますが、私としては後ろめたく恐縮してしまうくらいです。
ちなみに、他のふたりの当事者は、いまだに店の中で暴れています。
連れていってもまた余計にややこしくなりそうな予感が果てしなくしますから、ここは放置しておきましょう。
「ところで、レナ――隊長はどちらに?」
こんなとき、いの一番に駆けつけそうなレナンくんの姿がありません。
それとも、先んじてすでに現場に直行しているのでしょうか。
「さてな、我らも捜していたところだ。むしろ、オリン訓練兵、おまえに居所を訊きたいと思っていたほどなのだが……その様子では知らないようだな」
「朝早くから、誰かと出かけたみたいだったから~、てっきりオリンくんと一緒かと思ったんだけど~? ふたりはとっても仲良しさんみたいだから~。じゃあ、どこに行ったんでしょうね~?」
そうなのですか。
昨日のレナンくんの口ぶりでは今日も調査を続けるようでしたが、内容までは確認していませんでしたね。
「ええ、私は今日は宿舎で休むように言い渡されていましたから。昨日別れたっきりですね」
と言われつつも、こうして出歩いてしまっていることは触れない方向でお願いします。
また、レナンくんから叱られてしまいそうですし。
「ちょっと皆さん! のんびり話している暇はないっすよ。まずはこの件をぱっぱっと片づけちゃいましょう!」
おっとそうでしたね。
まずは昏睡したという人々の状況を確かめたいところです。
話では、現状で差し迫った危険はないようですが……それが今後も継続する保証はありません。
私のヒーリングで癒せるようなものだといいのですが……ここに至りて、神聖魔法が使えることを隠すつもりはないですから、あくまで人命第一です。バレたらバレたで、あらためてそのときに考えることにしましょう。
もっとも、昏睡の原因が心的要因でしたら、肉体に作用するヒーリングでは望み薄かもしれませんが。
そうして、私はほんの30分程度で、逃げ出してきた道を戻ることになりました。
犯人は現場に戻るとの言葉がふと頭をよぎり、人知れずダメージを受けていたのは内緒です。
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