上 下
115 / 164
第9章 訓練兵と神隠し

師弟コンビ ②

しおりを挟む
「これは非公式ではあるのだが……実は、女王がこの砦に視察に来ることになっておってな」

 この周囲の賑わいからして、非公式どころか秘密にもなっていない気がするのですが……して、その鎖は?

「お主と別れてからというもの、儂は王城にてこの馬鹿を調教――もとい、矯正――いや、躾に明け暮れておったのだがな。今回、臨時で女王の警護依頼を受けてな。こうして先行して内部の様子を窺いに来たというわけだ」

「馬鹿とかひでー」

 なるほど。井芹くんはエイキの件で王城に詰めていましたからね。お忍びなら少数精鋭の護衛として適役だったのでしょう……して、その鎖は?

「偵察して正解だった。よもや、このように人で混み合っているとはな。これでは警護の手法も見直さんといかん。ここは普段からこんな調子なのか? それとも、祭りかなにかの催しものとでも重なったか?」

「いえ、そういうわけではないのですけれど。いつもはもっと静かなくらいですが……」

 女王様来訪の情報が漏れているからです、とは護衛役の井芹くんには言えませんね……漏洩元に猛り狂いそうですし。して、その鎖は?

「ふむ、では運が悪かったか……まあよい。それで、斉木はどうしてここに?」

 あれ? 井芹くんの説明が終わって私の番が回ってきちゃいましたよ?
 質問した以外の疑問については、教えてもらってありがとうございます。

「それはそうと、その鎖――」

「おっ、そこにいるのはオリンか! なんだよ、おめーも来てたのかよ? あ、悪い。話し中だったか」

 背後から声をかけられたと思いますと、ランドルさんとアーシアさんのおふたりでした。

「いえね、さっき買った分は食べ尽くしちゃったから追加にね」

 あの量を完食した上に追加ですか……ぱっと見でも4~5人前はあった気がしますが。
 聞いているだけでも胸焼けがしそうですね。あまり食べ過ぎますと、ケンジャンみたいな見た目になってしまいますよ。

「知り合いか、斉木?」

「なに、オリン。”サイキ”って?」

「……”オリン”?」

 あ。そういえば私は今ここでは”オリン”でもありました。
 お互いに事情を知らないわけですから、なにやらややこしいことになってきました。この状況はまずいかもしれませんね。
 ここは正体がバレて厄介なことになる前に、火急的速やかにどうにか誤魔化しませんと!

「”サイキ”って、また冒険者時代のふたつ名かなにか? じゃあ、そっちのふたりも冒険者なのかな?」

「! そうなんですよ、いやはやお恥ずかしい。こちらのふたりは、そのときの知人でもありまして!」

 アーシアさん、ナイスです。
 ここはアーシアさんの勘違いに乗っかってしまいましょう。

「それでこちらが、この城砦に勤めている国軍訓練兵のランドルさんにアーシアさんです! いやー、私もこのふたりに会うのは久しぶりでしてね。積もる話もありますから、申し訳ありませんが私たちはこのへんで――」

 そして、有無を言わさずに、井芹くんとエイキを連れ出そうとしたのですが、

「ぷっ、ウケる。なに訓練兵って。雑魚じゃん」

 エイキのひと言に、場の空気が凍りつきました。

「……は? なに言ってんだ、このガキ?」

 笑顔だったランドルさんの表情が氷上のクレバスのごとくひび割れました。
 どうしてそう、エイキは余計なひと言を……

「そっちこそなに? もしか、ガキって俺のこと?」

 売り言葉に買い言葉。一瞬にして、険悪なムードに移行します。
 キレやすい若人などという言葉が以前にニュースで流行りましたが、瞬間湯沸かし器並みの沸騰力です。

「まあまあ、皆さん落ち着いてください。エイキも口が過ぎますよ」

「だってよ。国軍の兵士って言っても雑魚ばっかじゃん? んで、あんたはそこの訓練兵なんだろ? 合ってるでしょ、俺なんか間違ってた? ……あ、わりぃわりぃ。雑魚の中の雑魚だから、キングオブ雑魚とか言うべき? 雑魚なのにキングってのもウケるけど」

「ちょっとキミ! いくら自由主義の冒険者だからって、目上の者に対して失礼じゃない!? それ以前に初対面の相手に礼節とかないわけ!?」

 制止虚しく、アーシアさんまでが噛みつきます。
 そういえば、もともと冒険者と軍人さんって犬猿の仲でしたね。そういった潜在的なものが後押ししているのでしょうか……

「はっ! 目上の者? どこにいんの、そんな奴? 少なくとも、俺の前にはいないよねー?」

 エイキの小馬鹿にしたような物言いに、今度はランドルさんがキレました。
 激昂するままに、拳を構えてしまっています。

「だったら、その雑魚の力を見せてやろうじゃないか、このガキ! ちったぁ痛い目に遭う覚悟はしとけよ!?」

 周辺が慌ただしくなってきました。
 行き交う人々も、何事かと集まってきています。

 穏便に済めばと思ったのですが、このままでは鎮静どころかエスカレートの一途を辿りそうです。

「俺はガキ扱いされるのが、いっとうムカつくんだっての! 上等だよ、後悔すんな――ぐえっ」

 エイキが飛びかかろうとした瞬間――後ろから鎖を引かれた反動で、エイキの首輪が喉元に食い込んでいました。

 反対側の鎖を持つのは井芹くん。貫禄の態度でふふんと鼻を鳴らしています。

「ああ、そういう……」

 文字通りの猛犬注意の鎖でしたか。
 ドヤ顔の井芹くんですが、そうなるに至った苦労が忍ばれますね。

 ともかく、井芹くんが付いていてくれて助かりました。
 自由奔放なエイキが、素直に私の言うことを聞いてくれるとは思いませんから。

「ちっくしょー、放せよ! 毎度毎度、人を犬扱いしやがって!」

 エイキが地面でじたばたともがいています。
 あの『勇者』であるエイキの膂力で逃れられないとなりますと、あの鎖一式も井芹くんご自慢の特殊なコレクションのひとつなのでしょう。さすがは『剣聖』井芹くんです。『剣聖』関係ないですが。

「粋がっておいて、なんだ情っけねーガキだなあ! そんな子供に鎖で繋がれて、いいザマだな、おい!?」

 …………あ。ランドルさん、それはいけません!

「……子供、とは誰のことだ?」

 井芹くんの上体がゆらりと蠢きました。

 駄目ですよ、井芹くんはそういった単語に過剰反応するのですから!

「小童同士のじゃれ合いと思って静観しておれば……よいだろう、教育してやる。そこに直れ」

 井芹くんがすらりと腰から得物を抜きます。この往来のど真ん中で堂々と刃傷沙汰ですよ。
 この場で一番大人なのに、なんて一番大人気ない還暦なのでしょう。

 訓練兵VS『勇者』『剣聖』という、とても絶望的な諍いが始まろうとしていました。

 
しおりを挟む
感想 3,313

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

魔物をお手入れしたら懐かれました -もふプニ大好き異世界スローライフ-

うっちー(羽智 遊紀)
ファンタジー
3巻で完結となっております!  息子から「お父さん。散髪する主人公を書いて」との提案(無茶ぶり)から始まった本作品が書籍化されて嬉しい限りです! あらすじ: 宝生和也(ほうしょうかずや)はペットショップに居た犬を助けて死んでしまう。そして、創造神であるエイネに特殊能力を与えられ、異世界へと旅立った。 彼に与えられたのは生き物に合わせて性能を変える「万能グルーミング」だった。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。