巻き込まれ召喚!? そして私は『神』でした??

まはぷる

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第9章 訓練兵と神隠し

神隠し

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 アンカーレン城砦内のとある一画。
 アンカーレン城砦は軍用施設の集合体の総称であり、その内部には軍関係者の情動調整の名目のもと、小規模ながら風紀に反しない程度の娯楽施設も用意されている。
 酒場などはその最たるもので、連日、心身共に酷使される兵士たちの憩いの場となっていた。

 その日、日中は晴天が続いたものの、夕暮れ前から崩れ出した天気により、深夜には雨こそ降らないものの、夜空はどんよりとした暗雲が漂っていた。
 そんな厚い雲に阻まれて、月明かりも星明りもない夜道を、千鳥足で歩くひとりの兵士の姿がある。

 厳つい髭面を赤ら顔で蕩けさせ、だらしなく胸元を着崩した軍服姿からも、仕事上がりに一杯引っ掛けた帰りなのが見て取れる。
 ただし、酒量としては一杯どころか、かなりの量を引っ掛けていたことが一目でわかる有様だった。

 薄暗いを通り越した暗夜を慣れを頼りに歩いてはいるが、その足取りは怪しく、何度も路端の溝や散らばっている
ゴミに蹴躓いている。
 時折、ぶつぶつと大声で独白しながらくだを巻いているさまは、酔っ払い以外の何者でもない。

 近道なのか、狭い裏路地に入り込んだところで、その行く手を阻む人影があった。

 夜の闇に紛れるように全身を覆う漆黒の外套。
 存在感薄くゆらりと立つ様相は、まさに幽鬼のようでもある。

 兵士は相手の存在に気づいているのかも怪しい体で、路地の壁に身体を預けて俯いていた。

 周囲には、ふたりの他に人の気配はない。
 遠く離れた盛り場から、喧騒だけが小さく響くがそれだけだ。
 この辺りは訓練施設が立ち並び、宿舎区画からも距離がある。夜半ともなればたまに警邏の兵が通るくらいで、無人なのは当然といえた。

 壁際から兵士が動こうとしないのを見て取り、黒い外套の人物は足音もなく、滑るような挙動で兵士へと近付いてゆく。

「――ようやく釣れてくれたか、待ちかねたぜ」

 その瞬間、兵士の身体が壁から跳ねた。
 唸りを上げた豪腕が、今まさに触れようとしていた外套から伸びかけていた手を掠める。

「ちっ、この間合いで外したか……やるじゃねえの、てめえ」

 そう吐き捨てる兵士には、つい先ほどまでの泥酔していたさまは、微塵も窺えなかった。

 眼光鋭く相手を見据え、値踏みするような視線を投げかけている。
 両足でしっかりと大地を踏み締め、拳を固めて腰だめに構え、臨戦態勢を取っていた。

「子供……? なわきゃあないか。”神隠し”なんぞ、大それたことを仕出かす輩にしては、ずいぶんとショボそうな成りしてやがんな」

 ほんの数メートル手前に立ち尽くす外套の人物は、屈強な体躯を持つ兵士でなくとも、貧相と言わざるを得なかった。
 全身を覆い隠す外套で体格の判断はつかないものの、とにかく身長が低かった。見た目では、150センチあるかそれ以下か。
 彼の所属する隊の隊長も小兵だが、それとどっこいと言ったところだろう。

 相手は顔面を半ば以上までフードで覆っているため、表情は窺えない。
 晒しているはずの口元も、まるで深い闇に包まれているかのようだった。

「わかるよな? てめえはまんまと策に嵌まったんだよ。お互いに運が悪かったな。てめえはこれからとっ捕まる。俺としちゃあ、これで公務で公然と無料酒にありつく機会を失くしたわけだ。俺はガルフォルン。軍職前は、元Bランクの冒険者上がりだ。『鉄拳』のガルフォルンって知ってっか?」

 兵士――ガルフォルンは揺さぶりをかけてみる。

 一般的に冒険者のランクとは、わかりやすい強さの基準として市井にまで浸透している。
 Cランク以上の冒険者は、並みの腕自慢やチンピラ程度では決して敵わない壁となる。Bランクともなれば、凶暴な野獣や魔物を単独で撃破できるレベルだ。
 往生際の悪い悪党ですら、よほどの集団でもなければ敵対を避けて諦めて投降する。冒険者の持つふたつ名とは、伊達でも酔狂でもない。

 しかしながら、外套の人物は動じず、『鉄拳』の異名を持つガルフォルンを前にしても、慌てる素振りすらなかった。

(身が竦んでる――わけねえか)

 これまでの被害者には、軍内でも名うての腕利きもいたはず。
 そんな連中を相手に事を成してきた相手であれば、こちらの力量に気づかないはずがない。

 これだけ真っ向から相対しておいて、逃げるようとするわけでもない。となれば、ガルフォルンにも侮られているのだと嫌でも判断がつく。

「じゃあ、仕方ねえ。力づくだ。詳しい調書はベッドの上で取らせてもらおうか」

 もはや問答は不要と、にわかにスキルが発動し、ガルフォルンの両拳が青白く光った。
 一息に間合いを詰め、引き絞られた左拳が解放される。

「うらぁ!」

 威嚇混じりに放たれた拳は、外套すれすれを通過し、隣の壁に叩き付けられた。
 拳の直撃を受けた壁面は、破砕するどころではなく、粉塵となって消失する。

 それだけの威力を間近で見せつけられながらも、相手には動揺もない。

「死んでも――恨むなよ!?」

 今度は当てるつもりでガルフォルンは反対の右拳を放ったが、相手は半歩だけ後ろに引いただけで、拳撃の圏外から脱していた。
 それだけでも、やはりかなりの練度を有していることに相違ない。

(――かかった!)

 しかしながら、ガルフォルンは数多の修羅場を潜り抜けていた冒険者。
 相手の力量のほうが上の事態など、常だったともいっていい。それを覆すだけの力量以上の経験の蓄積というものが彼にはあった。

 実力のある者ほど、防御と同時に次の攻撃の手段を構築しようとする。
 だからこそ、避けるにしても最小限、技を放った直後の隙を突こうとするのは、戦闘における条件反射ともいえる。

 外套の人物もまた、その行動に沿っていた。
 寸でで攻撃を躱し、空振りしたガルフォルンの動きに併せて、カウンターを見舞おうと動いている。

 その瞬間、外套のフード部分が弾け飛んだ。
 拳が直撃せずとも、遅れて生じる衝撃波が次いで襲いかかる。ガルフォルンの得意技で、腕に自信のある者ほど、この第二弾の攻撃に掛かりやすい。

 攻撃力としては拳に劣るとはいえ、カウンターを逆にカウンターで迎え撃つため、衝撃波の威力は拳の直撃にも遜色ない。
 顎先を正確に撃ち抜いた感触に、ガルフォルンはほくそ笑んだ。

 ただし、これで終わりではない。勝利を確信したときこそ危険なのは、永年の冒険者稼業から命がけで学んでいる。
 さらなる追撃を試みて、ガルフォルンは自慢の拳を振り被っていた。

「なにっ!?」

 肌蹴たフードの下を目にした途端、ガルフォルンの腕が止まる。

 それはほんの一瞬のことだったが、致命的な隙となった。
 フードの下で闇に紛れた口元が赤くにやけるのを目にした直後、ガルフォルンは意識を失っていた。

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