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第9章 訓練兵と神隠し

バレちゃいました ①

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 今日も今日とて訓練日和。
 昼食の時間も終了しまして、午後一からの訓練に備えてグラウンドへ集合します。

 すでにグラウンドには、訓練兵の大半が揃っていました。
 が、なにやらちょっと騒々しいですね。そわついていると言ったほうが正しいでしょうか。

 エステラード教官が来る時間までまだ猶予はありますが、いつもでしたら整列して待っている時間帯です。なのに皆さん、思い思いに寄り集まって、なにかを遠巻きに窺っているようですね。はてさて、なにがあったのやら。

「ランドルさんにアーシアさん、なにかありましたか?」

 先に来ていたふたりを見つけて、声をかけてみました。
 高身長のふたりが並ぶと目立ちますよね。

 彼らもまた他の方々同様に、なにかを興味深げに注視しているようでした。

「なんだ、オリンか。あれだよあれ」

 腕組みしていたランドルさんから促されて見てみますと、視線の先――グラウンドの隅の木陰で、何事かを話し込んでいる数人の集団がいました。

 見慣れた赤茶けた訓練服姿がひとつに、黒い制服――あれは正規兵の軍服ですね。それが4つで、全員で5人います。
 距離がありますから、話している内容は聞き取れませんが、訓練兵ひとりを正規兵4人で取り囲み、雰囲気的になにやら詰問しているような感じです。

 ぱっと見で判別できるほど小さい見た目の訓練兵は、シロンさんでしょう。
 それに相手側の主として対応しているのも負けじと小柄な兵士さんですから、なんといいますか大人たちに囲まれるちびっ子ふたり組の様相です。

「あれが近頃噂の”ノラードの剣鬼”か……実物は初めて見るけどよ、本当に小兵なんだな」

「え?」

「実際、あたしたちよりも若いって聞くよ? 若いっていうより幼く見えなくもないけどさ」

「あの成りでも王都奪還作戦じゃあ、当時一地方の役人ながら、獅子奮迅の活躍を見せた猛者だぞ? かの猛将ケランツウェル将軍からの信望も厚いそうだ」

「ここだけの話だけど、つい先日の古都レニンバルでのあの犯罪者ギルド一掃劇にも、立役者のひとりとして関与してたらしいわね。史上最年少の百人長も検討されているとかいないとかって。すごいよね~」

 って、どこかで見たようなどころではなく、レナンくんではありませんか。

 熱心に噂しているランドルさんとアーシアさんの背後に、そそくさと隠れます。

 アンカーレン城砦こんなところ訓練兵の真似事こんなことをしているのは、当然ながらレナンくんには内緒です。
 レナンくんの勤務地であるアンカーレン城砦ですから、城砦内がいくら広大とはいえ、よもやの遭遇も覚悟していました。出会い頭でなかったのは重畳でしょう。
 会えて嬉しい気持ちはありますが、他人の身代わりで国軍の訓練に参加しているなど、知られてしまってはまた間違いなく叱られてしまいます。

 とはいえ……
 こそっと頭だけ出して、レナンくんを盗み見ます。

 こうして凛々しい軍服姿で職務を遂行しているレナンくんを見るのは、無性に嬉しいものですね。お孫さんの発表会を見守る祖父母さんの心持ちと通ずるものがあります。
 周りの方々は部下でしょうか、時折、指示を出している態度にも、隊長としての威厳が感じられます。若干、慣れてなさが垣間見えるのも、ご愛嬌というものでしょう。
 ランドルさんたちがレナンくんを褒め称える話も、我がことのように鼻高々さんですね。

 私も話に参加して、レナンくんの凄さと素晴らしさと可愛さをおおいに語りたいところではありますが、今の私は見ず知らずのオリンさん、お口チャックチャックです。

「……ちょ、オリン。キモイんだけど」

「なに、にやにやしてるんだ?」

「お構いなく」

 私は今、レナンくんの勇姿を焼きつけるのに忙しいのです。
 ビデオがあったら録画しておきたいところですよ。

(おお~い、レナンくーん。私はここですよ~。頑張ってくださいね~)

 せめてもと思い、心の中で声援を送ります。
 手でも振りたいところですが、ここは我慢の子ですね。

 そのとき、不意にレナンくんの顔がこちらを向きました。
 即座にランドルさんの背中に、ささっと頭を引っ込めます。

(あ、危ない危ない……心臓に悪いじゃないですか、レナンくん)

 さすがに偶然でしょうが、焦りました。
 この距離で、しかもこちらは全員一様の訓練服姿。個人の判別など不可能ですから、隠れる意味があるかわかりませんが、念のため。

 ただ、あまりのタイミングの良さに、心が通じ合っているようで、なにやら嬉しくもありますね。ふふ。

「ん? あ、あれ? レナン十人長、なんだかこっちに向かってきてない……?」

「……みたいだな。どうしたんだろう、血相を変えて」

「…………」

 空を見上げて一呼吸。今日もいい天気ですね。

「さて、逃げますか」

「あっ! ねえ、どこ行くの、オリン!? もうすぐ教官が来ちゃうよ!」

 引き止めるアーシアさんには悪いですが、それどころではありません。
 くるりと踵を返し、周囲から怪しまれない程度の大股で、真後ろに向かって一心不乱にずんずん突き進みます。

 怖くて振り返れませんが、背後から同じようにずんずんと迫ってくる気配を感じます。

「くぉらぁ! どこに行く、オリン訓練兵!? これから訓練の時間――」

 ちょうどこちらに向かってきていたエステラード教官と鉢合わせになりました。
 繰り返しますが今はそれどころではありませんので、襟首を掴んで傍らにぽいっと放り投げておきます。

「待ってください、タクミさん! なんで逃げるんですか!?」

 背後からレナンくんの声が追い縋ってきます。

(なんのことでしょう? ここにはタクミなんて名前の人、いませんよー?)

 声を出すとバレてしまいますので、早足で歩みつつ、首を大きく振るジェスチャーで応えます。

「誤魔化そうとするってことは、なにかやましいことでもあるんでしょう!? 今度はなにやったんですか、もー!」

(今度は、とは人聞きの悪い。私はなにもやっていない人違いの人ですよー)

「人違いなわけ、ないでしょう!? タクミさんってば!」

(ですから違いますよ、違います! 私はタクミなどではないと――って、心の声を読んでませんか!?)

「タクミさんの考えていることくらいわかります!」

 恐るべしですね、レナンくん。
 ここまできますと、喜ぶべきか悩みどころです。

 とこかく、今は逃げるしかありませんね。
 結構なスピードで早歩きしているのですが、レナンくんを引き離せません。成長しましたね、ふふ。ではなく。

 すれ違う通行人から奇異の視線を向けられる中、グラウンドを抜け、演習場を抜け、宿舎近くまで来たところで狭い路地に潜り込みます。
 伊達に半月以上もここで暮らしていませんからね。休憩がてら散歩を日課としていましたから、宿舎付近の小道は熟知しているのですよ。

「――甘いですよ!」

「おおぅ!?」

 路地脇の建物の屋根から、レナンくんが颯爽と飛び降りてきて行く手を塞ぎました。

「僕はもともと町の役人の出ですよ? 狭く混み入った場所を捜したり探したりは得意なんです。誰かさんに、屋根伝いの移動とかも鍛われましたからね!」

 ブレーキをかけて、即座に取って返します。

「あっ! 往生際が悪い!」

 まだまだレナンくんを侮っていたようですね。
 少々大人気ないですが、ここは走って振り切りましょう。

 ここでレナンくんに捕まってしまいますと、オリンさんに迷惑が。

「見つけたぞっ! こんなところにいたか、オリン訓練兵っ! 貴様、いったいなにを――くぺっ」

 うん? 今なにか撥ねましたかね。

 そんなことより、今は逃げの一手です。
 レナンくんも本気の本気で、強化スキルを使用して身体を光らせながら追いかけてきます。

「タクミさん、前! 前!」

 レナンくんが走りながら手を振り回し、大声を上げました。

 策士ですね、レナンくん。そういって私の気を逸らそうと、そういうわけでしょう? 引っ掛かりませんよ?

「おや?」

 などと思った瞬間、目の前にあったなにかを突き破りました。
 後ろを確認しながら走っていましたので、完全に前方不注意でした。

 飛び散った破片が視界を覆い、続けざまに景気よく、ぱかんぱかんと壁を突き破ります。勢いづいていただけに、なかなか止まれません。
 その度に、内部にあった机や椅子、教壇や黒板、果てはベッドや家具といった見慣れた備品が盛大に舞っています。

「――ああもう! 待ってください! わかりました、もう追いません、追いかけませんからー! このままじゃあ、施設が全壊しちゃいますよー! あっ!?」

 叫んだレナンくんの頭上から、天井の破片が落ちてきて、レナンくんの肩口に直撃しました。
 走っていた勢い余って、レナンくんが床に転んでしまい、ぐったりとしています。

「だだだ、大丈夫ですか、レナンくん!? ちょっとだけ待ってください! 今、ヒーリングを――」

 駆け寄って抱き上げたところで、その腕をがっしりと両手で掴まれました。

「ふっふっふっ……」

 ゆっくりと顔を上げたレナンくんには勝利の笑みが貼り付いています。

「捕まえましたよ~、タクミさん! じっくりと事情を聞かせてもらいますからね~?」

「…………ぉぉぅ」

 レナンくんは本当に成長しました。人としても、策士としても。

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