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第9章 訓練兵と神隠し

アンカーレン城砦の訓練兵 ①

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「たるんどるぞ、貴様ら! 年寄りのしなびた○○ピーでもあるまいし、気合いが足らん! 下を向くな、上を向け! もっと下っ腹で気張って、○○○ピーをそそり立たせて○○○○ピピーするくらいの意気込みを見せてみろ、わかったか!?」

「「さー! いえっさー!」」

 壇上から激しい叱咤の声が飛んでいます。
 私たち訓練兵が四列横隊で整列する前で、仁王立ちして声を荒げているのは、新兵の教官を務めているエステラード教官――通称、鬼教官です。

 禿げ上がった頭に顔の右半分に大きな古傷をこさえた、いかにも叩き上げの古強者といった御仁です。
 壮年を過ぎて一線を退き、後進育成に回ったというところでしょうか。
 しかしながら、恵まれた体躯に鍛え上げられた肉体は衰えを感じさせません。
 厳つい相貌に、生来の声を大きさも加わって、なかなかに迫力ある方です。

 時刻はまだ早朝も早朝。
 まだろくに日も昇り切れていない薄暗い時間ですが、つい今しがたひと訓練を終えたところです。

 今は早朝訓練の締めに、いつもの教官からのありがたい訓示を受けています。
 相も変わらずに鼻息荒く伏字も絶好調のようでして、私たち訓練兵はこれでもかと根性論大半の発破をかけられています。

 私としては学生時代の体育教師を彷彿させられ、なんだか懐かしい気分になりますね。近年日本ではこういう教師も減ってきたそうですが、ここ異世界ではまだまだ健在のようです。
 若くて14歳、最年長でも20歳そこそこの若者たちが集まった訓練兵たちの、絶対的な存在として指導に当たられています。

「――そこの貴様っ! なにをぼーっとしておるか!?」

 あの実地訓練の遠征とやらが終了したのち、私が連れてこられたのは東の城砦アンカーレンでした。
 そう、まだ会えてはいませんが、レナンくんの勤務地でもあります。

 ”南の断崖”と称される、渓谷に立ちはだかる南のザフストン城砦。
 ”行き難く、来難き関門”と比喩される、大渓谷の架け橋となっている北の城砦エキレバン。
 私の知る第三の城砦となったアンカーレンは、広大な敷地面積を持つ軍の施設群でした。

 は周囲に大小の河川が走る湿地帯となっており、ぬかるんだ土地がひじょうに多く――平たく言うと沼地でしょうか。
 無事に通過するには、特に大部隊であればあるほど、アンカーレン城砦を経由するほかないわけで。
 他の城砦が天然の難所に建てられた”門”として点で行き来を制限しているのに対し、アンカーレンは比較的通り抜けやすい平地を”壁”として面で塞ぐ役割を持っているようですね。

 そのため、場所を取る国軍の軍施設はアンカーレンに集中しているそうで、新兵教育の訓練施設もまた、ここアンカーレン城砦にありました。

「聞いておるのか、貴様っ!? オリン訓練兵!」

 その訓練施設の一画で、新兵たちは国軍の正規兵となるべく、日夜訓練に励んでいるというわけです。

 日夜という言葉通りに、アンカーレン城砦内には宿泊施設もあり、皆さんで共同生活を行なっています。

 朝は日の出前に起床。
 点呼後に早朝トレーニングで汗を流し、朝食。
 午前中は座学を行ない、昼食後から実戦を模した本格的な訓練です。
 それが夕食の時間まで続き、夕食後はミーティング、夜間は昼の懲罰訓練や自主練に充てられ、午後10時には就寝です。

 早寝早起きに勉強に適度な運動と、実に健康的な毎日で結構なのですが、私はやはり朝起きるのが苦手ですね。
 親切なことに、毎朝金ダライを叩いて起こしてくれますから、なんとか寝過ごさずに済んではいますが。

「返事をしろ! オリン訓練兵!」

 成り行き任せの勢いで潜り込んだ私としては、即刻バレてしまう危険性もあったのですが、これまでの半月、なんとか身代わりを果たしています。
 当初はボロが出ないように、人付き合いも最少にと心がけようと思っていたのですが、どうやらそれも杞憂でしかなく、その必要すらありませんでした。
 業務連絡以外には誰にも話しかけられることなく、平穏無事な毎日が続いています。

「――オリン訓練兵! オリン訓練兵!!」

 先ほどから壇上の教官が目を剥いて、執拗に怒鳴りつけているようですが、呼ばれているオリンさんとやら、そろそろ返事したほうがいいのではありませんかね?

 さておき、私が入れ替わっているこのオリンという方、よほど独りを好む性格だったようですね。
 いつ戻ってくるかはまだわかりませんが、この分でしたらそれまでなんとかうまくいきそうです。

 ……ん? おや、オリン?

「貴様は儂を舐めておるのか、オリン訓練兵!?」

 鬼教官に胸倉を掴まれました。

 なるほど、先ほどから呼ばれていたのは私だったわけですね。全然、気が付きませんでした。
 他人の名前で呼ばれるのは、なかなか慣れませんね。

「で、いかがされました?」

「いかがではないわっ、この○○ピーが!」

 胸倉を引き寄せられた至近距離から、平手が唸りを上げて飛んできます。
 ので、さっと避けます。

「ええい、避けるでないわ!? このっ、このっ、くのっ!」

「そういわれましても」

 とりあえず、上半身だけでひょいひょいと躱し続けます。
 腕を振り続ける鬼教官の顔が真っ赤になっています。頭の具合も相まって、茹でダコのようですね。

 直立不動で整列する訓練兵から、わずかに笑い声が漏れました。

「誰だ、今笑った奴は!? 連帯責任、あとで外周10周だ!」

 どよめきが生まれます。
 訓練兵は男女含み総勢で40名ほどいるのですが、周囲から全員の恨みがましい視線を感じますね。

 いたたまれませんから、ここはいっそ素直に殴られたほうがよいのでしょうか。
 あまりお勧めはしませんが。

 ――どばちぃん!

 動きを止めた私の顔面に、平手打ちが物凄い音を立てて直撃しました。
 音だけで皆さん、痛そうに顔をしかめましたが、一番顔をしかめたのは、当の鬼教官でした。

 私はまったく痛くありませんから、その衝撃はすべて鬼教官の殴った手が受けたことになります。
 さぞや痛かったでしょう。だから、お勧めしなかったのですが。

 さすがというべきか、鬼教官は一瞬で平静を装い、くるりと踵を返しました。
 さりげなく死角に隠した手が腫れ上がっています。別の意味で、また顔が赤くなっているようですが、そこは見て見ぬ振りということで。

「兵士たる者、常在戦場の心得たれ――訓練と思って弛んどると、そこの馬鹿のように鉄拳制裁を受ける羽目になるぞ、いいかっ!? もうひとつ、近頃よからぬ噂も飛び交っているようだが――貴様らにはそんなよそ見をしている暇も余裕もないと思え! 貴様ら○○○ピーが、少しはマシな○○○ピーになるため、貪欲に学び切磋琢磨せよ! 以上だ!」

「「「あいさー! さー! いえっさー!」」」

「朝飯前に、懲罰の外周10周を済ませておけ! なお、ケツから5名には、さらに10周のプレゼントだ! 嬉しいか? ケツはケツらしく、仲良く○○○ピー○○ピーして○○○ピピーしていろ! あり得ないとは思うが――仮に飯の時間までに戻れず、訓練行程に支障を来たすような不届き者には、儂直々に相応のご褒美をくれてやる! 心しておけ、いいなっ!?」

「「「あいさー……」」」

 訓練施設の外壁沿いは、一周約1キロ。10週で10キロ、追加分で合計20キロですか……

 皆さんには、気の毒なことをしてしまいました。


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