巻き込まれ召喚!? そして私は『神』でした??

まはぷる

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2巻

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 第一章 私と少年と海賊と



 こんにちは。
 斉木さいき拓未たくみと申します。六十歳を迎えまして、ついに私も定年退職する番となりました。なにせ、いろいろとガタも出てきたこの老体、今後は穏やかに余生を過ごそうと思っていたのですが……
 一ヶ月と少し前、異世界なる場所に連れてこられ、穏やかどころか波乱万丈の毎日です。
 いきなり十万近くの魔物と戦うことになるやら、王様暗殺の嫌疑で賞金首として追われるやら、魔窟まくつと呼ばれる魔物の巣に出くわすやらと、大わらわです。
 肉体が若返り、〈万物創生〉なるスキルがなければ、早々に人生を辞することになっていたかもしれません。
 とりあえず、定年後の第二の人生を異世界で送ることになり、知人も少しずつ増えました。
 お世話になった町や村で、温かい人たちの支援を受けながら、それなりに楽しくやっております。
 そんな折、私の賞金首が免罪されたという話を聞きまして、一度、初まりの場所である王都カレドサニアへ戻ってみることにしました。
 目的は、私と同じくこの異世界に連れてこられた、いまや三英雄とたたえられる三人――『勇者』エイキに、『賢者』ケンジャン、『聖女』ネネさんに会うためです。
 その道中でも、悪辣あくらつなAランク冒険者パーティ『闇夜のふくろう』に襲われ、それを成敗したりと、のんびり旅情にひたるわけにはいかないようです。この異世界とやらは、本当に物騒ですね。
 王都に着いた私は、首尾よく『賢者』ケンジャンに再会できたのですが……そこで聞かされたのは、私を賞金首のとがから救ってくれたのが、今は王都を出た『聖女』ネネさんということでした。
 ここでお礼のひとつも述べなくては、人としての義理に欠けるというものです。
 次なる私の目的地は、『聖女』とあがめられているネネさんが身を寄せる国教教会の総本山、ファルティマの都となりました。


         ◇◇◇


 やっぱり、乗合馬車はれますねえ。
 乗客をぎゅうぎゅう詰めにした荷台にられながら、私はファルティマの都に向かっています。
 今度は少しでも旅情を味わうため、ほろのないタイプの乗合馬車にしてみました。視界が開けて眺めはいい上、運賃も割安ときています。支出を抑えたい私としても、ありがたい限りですね。
 今回の乗り換えは七回ほどと聞いています。
 多いは多いですが、こちらでの移動とはそういうものなのでしょう。
 郷に入っては郷に従えとも言いますし、急ぐ旅路ではありませんから、のんびり行きましょう。
 途中には海峡も挟まれているそうですので、前回よりも旅らしいものになりそうですね。
 馬車の歩みは、相変わらずに牛歩のごとく。だからというわけではないでしょうが、道を足早にせわしなく行き来している方々が目につきますね。
 どうやら城下町でも見かけた冒険者ギルドの方々のようですね。あのときは、皆さん総出でどなたかを捜しておられましたが、まだ見つかっていないのでしょうか。街道を行く人々に、声をかけて回っています。
 その内のひとりと目が合いました。
 あれは先ほど城下町で、私を誰かと間違えて声をかけてきたお嬢さんですね。
 あちらも気付いたようでしたので手を振りますと、お嬢さんも笑顔で手を振り返してくれました。
 なにかいいですね、こういうの。人と人との触れ合いという感じで。
 他にも城下町で見かけた数人の冒険者ギルドの方と笑顔を交わしつつ、乗合馬車はのんびり進んでいきます。
 ラレントを出発した当初は、乗合馬車の想像以上の激しいれに驚きましたが、人間慣れるものですね。今では、温泉宿のマッサージチェアのように思えてきます。眠くなってきました。
 いつの間にかうとうとしていたらしく、知らずに天をあおいでいたところ、私の額を大粒の雨が打ち、目が覚めました。
 空をどんより雲が覆ってしまっています。さほど時間は経っていないように思えますが、このあたりは天候の移り変わりが激しいのでしょうかね。
 などと考えている内にも雨足が強まりまして、本格的に雨模様です。
 私は手荷物もないに等しく、服が濡れる程度ですので構いませんが、他の乗客の方々――特に荷物を抱えている方は悲惨ひさんですね。必死に雨から荷物を守ろうと、抱きかかえています。

『雨傘、クリエイトします』

 驚かせてしまうかと躊躇ちゅうちょしたのですが……出産の里帰りでしょうか、お隣に座る大きなお腹で、さらに大きな荷物も抱える妊婦のお嬢さんを、ねずみにしておくわけにはいかないでしょう。

「……ありがとうございます」
「いえいえ。お気になさらずに」

 他の乗客さんを含めて、少々驚かれてしまいましたが、そういったスキルであることを説明しますと、すんなり納得してもらえました。
 やっぱり、こちらではこの〝スキル〟というものは、一般常識として浸透しんとうしているのですね。
 まあ、私のスキル――複製系とやらは、かなり珍しい部類に入るようですが。

「おや? ああ、またですか。ぽちっとねっと……」

 またもや例の『はい いいえ』の選択肢が出る表示窓です。いつも突然出てきますから、とりあえず『はい』を押して消しています。いまだに正体不明ですが、なんなのでしょうね。

「……どうかされましたか?」
「いえ、こちらのことで。お気になさらずに」
「え? ……はぁ」

 しばらく傘をさしていましたが、雨音はますます強まるばかり。私は半身、他の乗客さんたちは全身が、雨でびっちょりです。
 こうなりますと、他の乗客さんたちからも無言の要求が聞こえてくるようですね。

『ビーチパラソル、クリエイトします』

 仕方ないので、大きめの傘に変えてみました。日傘ですが、一時しのぎとしては問題ないでしょう。
 三メートルはありますから、客席の大部分はカバーしていますが、それでも一部の方々は濡れてしまっています。御者さんまで、こちらをちらちら見ています。あなたもですか……
 結局、私が客席のど真ん中に居座り、両手にビーチパラソルをかかげることにしました。
 これでどうにか、御者席を含めた乗客席はすべてカバーできました。中心の私だけは、傘と傘の隙間すきまで濡れっ放しですが。皆さん、喜んでおられるようですから、良しとしましょう。
 雨はほどなくみましたが、そんなこんなで乗客の皆さんとは、かなり仲良くなりました。お土産みやげなどもいただいたりしまして。
 それからしばらくして、もうすぐ乗り換え場所の村近くに差しかかるというところで、乗合馬車が数台ほど渋滞じゅうたいしていました。
 異世界で信号待ちはないでしょうから、なんらかのトラブルですかね。
 乗合馬車を降りて確認してみますと、前方で大型の馬車が横転しており、道の大部分をふさいでしまっていました。見たところ、人的な被害はなさそうで一安心なのですが、これでは後続の馬車が通り抜けられませんね。
 十人ほどの恰幅かっぷくの良い男性陣が、馬車を押して路肩に寄せようと躍起やっきになっているものの……馬車は板金で補強された年季入りのもので、相当な重量があるせいか、なかなか上手くはいかないようです。

「お手伝いしますよ」
「おおよ、アンちゃん、助かるわ! そんな細っこい腕でも少しは足しになんだろ」

 いえいえ、あなたの丸太のような腕と比べられましても。
 とりあえず、人壁の真ん中付近に入り込める隙間すきまがありましたので、身を押し込めます。

「んじゃ、アンちゃんもいいな!? 皆も、もう一回行くぞ!! せぇーのぉ――!」

 掛け声に合わせて、私も思い切り押してみました。
 どぉん!

「「「「…………」」」」

 馬車が吹っ飛んで――道脇の大木に直撃したかと思いますと、木端微塵こっぱみじんになってしまいました。
 少し遅れて、その大木もめきめきと音を立てて倒壊します。
 ……さすが皆さん、見た目通りの並々ならぬ腕力ですね。力を合わせればここまでとは。感服してしまいます。
 道が空き、順番待ちとなっていた馬車の列が、続々と通過していきます。
 壊れた馬車に乗車していたとおぼしき方々が、別の馬車に次々と同乗していくのも、もはや見慣れた光景ですね。
 私も乗っていた馬車に戻ろうとしたのですが……道端にひとりたたずんでいる少年の姿が目に入りましたので、足を止めました。

「その小僧は、今の馬車に無銭乗車してた文なしだよ。この状況じゃあ、役人に突き出すのだけは勘弁かんべんしてやろうってことになってな」

 親切な方が教えてくれました。
 警察に通報することに目をつぶったとしても、次の馬車にまで無銭乗車させるほど甘くはない、といったところなのでしょう。少年には可哀相ですが、その言い分は仕方のないことですね。

「あら。あなたは乗らないの?」
「ええ。乗り換え場所も近いですから、私はこの子と一緒に行くことにします」

 だったら私ひとりくらい、この少年に付き合うのもいいでしょう。どうせ急ぎ旅でもないわけですし、なにより村に近いとはいいましても、子供のひとり歩きは物騒ですから。

「物好きだねえ」
「はは。お気遣いいただき、ありがとうございます」
「あんたには世話になったからな。見かけたときには声かけてくれよ?」

 先ほどまで同乗していた乗客の方々に、いろいろと声をかけられました。ありがたいことですね。
 馬車を見送ってから、少年のところに行ってみます。
 十歳くらいでしょうか。オーバーオールにでっかい帽子ぼうしを目深に被り、うつむいています。
 幼いながらに身なりはきちんとしていますので、大人の保護下にあるとは思いますが、どうして無銭乗車など……

「こんにちは、ぼく」
「……なんだよ。無銭乗車がそんなに珍しいかよ? よぉ!?」

 帽子ぼうしの下から不敵な笑みでにらまれます。

「いえいえ、そんなつもりはありませんよ。ただ、子供ひとりでは危ないですからね。単なる老婆心ろうばしんです」

 微笑ほほえみで返しますと、少年は意表を突かれたように驚いた様子で、なにやら戸惑っていました。はて。

あわれみかよ。いい人ぶって、上から目線で自己満足たぁ、いい趣味だな? お、おっちゃんよぉ!」

 うん、子供ながらに難しい言葉を知ってるんですね。
 ちょっと無理したはねっ返り気味な態度が、微笑ほほえましくてなりませんね。
 しばらく、にこにこしていますと、少年はあきらめたように嘆息しました。

「どうしました、ぼく?」
「……わかったよ、オレが悪かった。あんた、多分いい人だ。今のはオレの八つ当たりだよ。兄ちゃん」

 このくらいの幼い子に「兄ちゃん」呼ばわりされるのは、物凄ものすごい違和感がありますね。

「……できれば、さっきみたいに、おっちゃんでいいのですが?」
「はあ? なんでだよ! 普通は兄ちゃんくらいの歳で、おっさん呼ばわりは嫌がるもんだろ!?」
「では、じいちゃん、とでも」
「悪化してんだろ!?」

 なにかおかしなことを言ったでしょうか。少年は疲れたように肩で息をしています。

「ぼく、大丈夫ですか?」
「兄ちゃんは、いい人じゃなくって、変な人なんだな。逆に下心もなさそうだから、安心したよ。でも、子供扱いはやめてくれよな。オレにはアンジェ――アンジーって名前があんだから」
「アンジーくんですね。私はタクミです」
「タクミ兄ちゃんね。わかった」
「それで、どうして無銭乗車などを?」
「……いやあ、兄ちゃんはやっぱ変な奴だよね。普通なら聞きにくいことをずばっと……」
「いえね。なにか理由がありそうですので。見たところ、アンジーくんは可愛かわいい素直そうないい子です。むにまれぬ事情でもあったのではないかな、と」
「頭、でんなよ。帽子ぼうしがずれるだろ」

 おっと、無意識に手が出てしまっていました。
 このくらいの歳になりますと、どうも子供は皆、孫のように見えてしまって仕方ありませんね。もし、私に子がいたら、孫がいたらと、ついつい夢想してしまいます。

「人のこと、可愛かわいいとか素直そうとか、照れもなく……なんか、兄ちゃんはオレの祖父じいちゃんみたいだな」
「お祖父じいさんですか?」
「うん。優しくて大好きだったんだけど……一昨年、死んじゃった。まだ五十七歳だったのに、病気で……」

 私より年下ではないですか。こんな小さなお孫さんを残して亡くなられるとは、さぞや無念だったでしょう。
 気付いたら、また頭をでてしまっていましたが、今度は嫌がられませんでした。

「でしたら、私がアンジーくんのお祖父じいさんの代わりになってあげましょう」
「えええ? その歳で、それはさすがに無理あるよ! 兄ちゃんでいいじゃん!」

 そうですか。がっくしです。

「それで、兄ちゃん。虫のいい話だとは思うんだけど……次の村まで行ったら、お金貸してくれないかな? 絶対に返すから、この通り! オレは急いでアダラスタに行かないといけないんだ!」

 アダラスタ――港町ですね、たしか。
 目的地であるファルティマの都までの行程を調べた際に、乗合馬車の路線図で見かけた覚えがあります。私の向かう予定の港町のミザントスとは、だいぶ距離のある町ですね。ですが――

「アダラスタまでの道順は知っていますか?」
「え? 何度か馬車で往復したことがあるから、知ってるけど……?」
「それは上々ですね。アンジーくんにはお金ではなく、足を貸しましょう」
『サイドカー、クリエイトします』
「わっ!? なにこれ、かっけー!」

 ふたり乗りといえばこれでしょう。特撮ヒーローの御用達。
 私も特撮ヒーローにあこがれて、親や友達に内緒で自動二輪の免許を取ったものです。
 自動車免許の取得まで、バイクにはなにかとお世話になりました。昔取った杵柄きねづかというやつですね。

「では、ナビをお願いしますね、アンジーくん」

 ついでに創り出した指ぬきグローブを装備しまして、私とアンジーくんを乗せたバイクは、新たな目的地、アダラスタの港町へと向けて発進しました。



         ◇◇◇


 冒険者ギルド、カレドサニア支部のギルド長執務室――
 デスクの椅子の背もたれに上体を預け、天井を見上げるギルドマスターに対面しているのは、報告に来室した事務局長である。
 いくつもの資料を手に、事務的に報告を続ける事務局長だったが、お互いの表情からも、その報告がかんばしくないことは容易にうかがえる。

「――以上により、王都内の〝タクミ〟なる人物の存在は、認められませんでした」

 最後には、そうめくくられた。
 すでに捜索開始から丸三日が経過している。
 今回のこの捜索事案は、大多数のギルド職員にとっては有能な人材のスカウトの域を出ない。だが、このカレドサニア支部内で唯一真意を伝えられているふたりにとっては、その落胆は他の職員の比ではない。
 自分たちの進退――それ以上に、冒険者ギルド全体の威信がかかっている事案といっていい。
 臨時で一般の捜索人も雇い入れ、さらには近隣の冒険者ギルド支所からも応援を回してもらい、実に千人体制での捜索だったのだが、あえなく空振りに終わっていた。
 王都は人の出入りが激しい割には、長く滞在する者は少なく、ゆえに彼らを調べるのは容易たやすい。となると、くだんの人物はすでに王都を立ち去ったと考えるのが妥当だとうだった。
 それを見越して、あらゆる街道に人員を配置し、完璧に近い包囲網を敷いていたはずなのだが。

「ですが、有力な情報もいくつか得ております。情報と酷似する人物が、ファルティマの都に向かう道をたずね歩いていたとの目撃証言が」
「ファルティマというと南西か? 王都からそちら方面の道という道には、特に人員を割いていたはずではなかったか?」
「それがその、どうも例の〝タクミ〟なる人物を、乗合馬車の停留所で見かけたという情報も……」

 ギルドマスターの目が大きく開かれる。

「くっくっ――ははっ! ではなにか。彼奴きゃつめは我々の捜索網の只中ただなかを、堂々と正面切って突破していたと?」
遺憾いかんながら……そうなります。これは協力をつのった、捜索系スキルを持つ冒険者から得た情報と、方角的にも合致します。可能性は非常に高いかと」
「なんたる切れ者――そして、なんたる豪胆ごうたんさなのだ。こちらの目論見もくろみなど、いとも容易たやす看破かんぱされ、裏をかかれたようだな。どうやら、相手は想像以上の傑物けつぶつらしい。いや、仮にもSSランクをも上回るかもしれない英傑だ。当然なのかもしれないが……ただ、こうも見事にしてやられるとは。もはや笑うしかないな!」

 そう言いながらも、ギルドマスターの顔は笑っていない。
 世界にとどろく冒険者ギルドの支部を任されたギルドマスターの称号を持つ者だけに、このまま黙って引き下がるほど凡庸ぼんような人物のわけがない。

「王都からファルティマに向かうとなれば、必ず海峡を渡る必要がある。そのためには、の港町からの渡し船を利用するしかない……あそこにはギルドの支所があったな? すぐに通信システムを用いて、腕利きの冒険者を集め、身柄を押さえるように通達せよ!」
「はっ! 承知いたしました、ただちに!」
「くくっ。いかに我らを出し抜こうとしても……こちらには移動速度を圧倒的に上回る通信網がある。さて、これでどう出るかな? いまだ相見あいまみえぬ切れ者の強者よ……」

 事務局長が去った執務室で、ギルドマスターは静かにほくそ笑んでいた。


         ◇◇◇


 南の辺境、ラレントの町に、今まさに旅立とうとする冒険者パーティがあった。
 彼らはパーティ名を『青狼のたてがみ』といい、今や一部で時の人となった面々だ。タクミの倒した魔物のせいで評価が上がり、図らずもSSランクになってしまったのである。

「王都支部からの最新情報。例の子は、ファルティマの都に向かってるんだって」
「助かります。キャサリーさん」

 SSランクパーティ、『青狼のたてがみ』のメンバー――リーダーの剣士カレッツ、盗賊のレーネ、エルフの精霊使いフェレリナの三人を見送るのは、冒険者ギルドのラレント支所受付嬢のキャサリーだ。

「ごめんさないね。私があのときに気付いていたら……それ以前に、最初に彼がギルドに来てくれたときに満足に応対していたら、こんなことにはならなかったんだけど」
「それは違うって、何度も言ったじゃないですか」

 彼らが再度ペナント村を訪問したとき、タクミはすでに村を去った後だった。
 それどころかよくよく聞くと、彼らが最初に村を去った翌日にはタクミも村を出ており、意図的か偶然か、このラレントの町にやってきていた。先に出発したはずの、彼らが到着する三日も前に。
 キャサリーの姉、キャシーの話によると、冒険者ギルドでのランクアップ騒動の際にも、ギルドの隣の仕事斡旋所に居合わせていたらしい。
 同じ町で何日も過ごしながら顔を合わせることもなく、ついには隣で寝泊まりするタクミに会いに、はるばるペナント村まで出向くという……結果的には笑い話にもならない始末。これにはさすがに三人揃って項垂うなだれた。
 キャサリーを通じて知らされたところによると、タクミを冒険者として勧誘し、パーティに引き入れることが、冒険者ギルド本部の意向らしい。
 普段、冒険者が自由な冒険稼業を行なっていることもあり、世間からはいまだにギルドは支援組織と思われがちだが、その本質は管理組織だ。
 滅多めったにないが、いったんギルド側から依頼という名目の指令が発せられれば、冒険者に引き受けないという選択肢はない。
 ただし、そんな依頼がなかったとしても、彼らにはもう一度タクミに会いたい気持ちが三者三様にある。
 特にリーダーのカレッツは、他人に誇れないSSランクとなってしまって以降、忸怩じくじたる思いで過ごしてきた。パーティとしてランクアップしていくことは、三人でパーティを組むようになってからの悲願だった。それが他人の力であっさり世界最高位になってしまい、ランクに中身の伴わないていたらく。冒険者として、情けないにもほどがある。
 それに、タクミにも謝らないといけない。
 彼が三英雄のひとり、『勇者』ではないことは、すでに判明している。
 しかし、その秘められた実力は本物で、なんでも、非道を働いていたAランクパーティ『闇夜のふくろう』の捕縛ほばく貢献こうけんしたらしい。
『闇夜のふくろう』というと、実績と実力に秀でた、冒険者の間ではかなりの著名なパーティだ。彼らをたったひとりでくだしたとなると、凡人であるわけがない。
 素性は知れないにしろ、それほどの実力を有していながら、これまで表に出てこなかったとなれば――なんらかの事情があり、あえて秘匿ひとくしていたに違いない。
 それを意図せずとはいえ、暴露してしまったのは自分たちなのだ。おかげで、あの気のいい青年は、今や犯罪者かおたずね者のような扱い。彼がどれほど心を痛めているか、想像に難くない。
 まずは彼に会い、謝る。そして、追加報酬として得た金貨千枚全額を渡す。すべてはそれからだ。
 冒険者ギルドの意向は関係なく、冒険者になることを勧めて断られたら素直にあきらめるつもりだ。ギルドから責任を取ってパーティを解散しろといわれたら大人しく従う。円満解決とはいかなくても、それで時間が経てば、都市伝説になってやがて忘れ去られるだろう。

「さて、出発だ」

 カレッツはほろ馬車の御者席に。レーネとフェレリナは荷台へと、それぞれ乗り込む。
 決して安くはない馬車は、冒険者パーティとしてのステータス。念願だった購入資金が溜まり、その最初の旅路がこれとは、まったく皮肉なものだ。
 今のところ、タクミは難を逃れていると聞く。
 しかし、王都を拠点とする冒険者ギルドも、威信をかけて追っ手を放っているだろう。
 Aランクをくだした相手が、追っ手程度にどうこうされるとは考えにくいが、世の中にはさらに上位の、本物のSランクやSSランクの冒険者も存在する。万一、そんな人外の連中が、手段を問わずに捕縛ほばくに乗り出してきたら、どうなるかわからない。
 だがカレッツらには、顔見知りというアドバンテージがある。
 それに、王都カレドサニアからファルティマの都までの行路では海峡を挟むが、ラレントからなら陸続きの上、距離的にもずっと近い。首尾よく先回りすることも可能だろう。
 こうして、SSランクパーティ『青狼のたてがみ』を乗せたほろ馬車は、冒険者ギルドと目的地を同じくして、だが別ルートでもって、ラレントの町を旅立ったのだった。


         ◇◇◇


 制限速度はありませんので時速百キロ程度で走行し――目的のアダラスタの港町まで、乗合馬車の通常運行で五日かかるところを、翌日の昼前には到着してしまいました。
 それも、創ったログハウスで一晩休んでからのことでしたから、実際にはものの三~四時間ほどで着いてしまったわけです。
 アンジーくんは寝ているとき以外は始終、興奮しっ放しでしたね。
 私も、何十年ぶりに自動二輪にまたがりまして、身だけではなく心も若返った気分です。
 朝焼けの海沿いの道を、潮風に吹かれながらバイクで進むなどロマンですね、やっぱり。
 港町というからには、私としては勝手に演歌に出てくるようなさびれた港町を想像していたのですが、意外にもかなり栄えていました。
 さまざまな建築物が所狭しと立ち並び、貿易港といった風情ですね。

「ありがとー、タクミ兄ちゃん! まったねー!」

 アンジーくんは人に会う大事な用があるとかで、町に入ってすぐに別れました。
 すごい素直な元気いっぱいの様子で、昨日出会った際のつっけんどんとしたさまが嘘のようです。あれはあれで、子供らしくてよかったのですが、やっぱり率直な子もいいものですね。
 年齢を越えた男同士として、短いですが一緒に楽しい時間を共有したおかげでしょうか。
 結局、ここを目指した詳しい目的などを問いただすことはしませんでしたが、それでよかったのかもしれませんね。
 子供とはいえ、自我を持つ一己いっこの人間。独自に考えて行動することもあるでしょう。
 そこに大人がしたり顔で土足で踏み入るのはよくありません。大人の役割は、助けを求められたときに手を差し伸べることくらいでしょう。なるべくでしたら、そんなときが来ないのを祈るばかりです。名残なごりしいですが、また会うこともあるかもしれませんね。
 ひとり旅に戻ってしまいましたが、やるべきことは変わりません。
 少々、順路を変更してしまったものの、目的地がファルティマの都なのですから、どのみちどこかで海峡を渡る必要があります。でしたら、当初予定していた港町のミザントスでも、ここアダラスタでも、さしたる違いはないでしょう。
 そう思い、まずは町中をぶらぶらと散策していたのですが、なにか言い表しにくい……どんよりというか、どうもピリピリした空気が流れているように感じます。

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