A.W.O~忘れ去られた幻想世界を最強と最弱で席巻します~

まはぷる

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第1章 アバター:シノヤ

第14話 悪魔の花嫁

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「……その、太鼓腹のおっさん……というのは、わたしのことかね……?」

「他にいるか? これだけ真っ向から見てんだから、わかるだろ?」

 ご機嫌だったナコール公爵の笑顔が固まる。

「無礼者めが。このまま不敬罪で処断してもよいのだぞ?」

 冷たい目をした底冷えするような声音だった。

 しかし、シノヤはいっさい気にせず、呑気そうに告げる。

「無礼はお互い様だろ? そもそも、貴族だろうと人族のあんたに畏まる義理はないと思うんだけど? たった今、俺を神人だって、あんたが紹介してくれただろ。それよりさ、自分の孫くらいの女の子を虐めて悦に浸るくらいなら、さっさと始めたらどう?」

 遠慮会釈もない態度に、周囲の人々も息を呑む。

「口の減らない……まあ、後悔せぬことだな!」

 衆目があることを意識してか、ナコール公爵は余裕の笑みを浮かべている――つもりだったが、肥えて丸く張った額には、しっかりと青筋が見て取れる。

 公爵が指を鳴らすと、人並みを掻き分けて、分厚い甲冑を着た巨漢の戦士がシノヤの前に現われた。
 シノヤのアバターは身長180センチを越えているが、そのシノヤの頭頂を見下ろせるような大男で、身長も2メートルは下らない。
 筋骨隆々とした横幅も並ではなく、体積としては確実に倍の差はありそうだ。

 大男は、右腕で重厚な戦斧を肩に担ぎ、左手で大きな木箱を引きずっている。

「……おらよ」

 無造作に放り投げられた木箱が地面で砕け、中から飛び出た武器がシノヤの足元に散乱した。
 剣に槍に斧と――種類は様々だ。

「得物は好きに選べ、ってか。鑑定スキル実行」

『鑑定スキルを実行します』

 次々とウィンドウが開くが、予想通りにたいした物はなかった。
 どれもこれもランクはE-かF程度。耐久度もほとんどない。
 見た目だけ整えた、せいぜい使い古した粗悪品か、廃棄予定の中古品といったところか。
 これなら、よほど素手のほうがマシな気がする。

 シノヤはひとつひとつの武器を摘み上げては、溜息を吐いていた。

「おっさん、どうせならもっとまともな武器はないの?」

「シノヤ様、こちらを!」

 バルコニーを見上げたシノヤの視界に、一振りの剣が降ってきた。

 咄嗟に空中で掴んだその剣は、真紅の鞘に収まった、柄の装飾も煌びやかな長剣だった。
 鞘から剣を抜くと、見事なまでの白銀の刀身があらわになり、陽光を眩しく反射する。
 一見してわかる業物で、驚くほどに軽く、神聖な波動を感じる。

「それは我が家に伝わる神剣アーバンライツ。ぜひお使いください!」

 放ってきたのはエリシアだった。
 隣のナコール公爵が、いかにも「余計な真似を」と言わんばかりに、苦々しい顔をしている。

(おお、ランクA+! さすがは神剣を冠する武器、付属スキルも目白押しだな!)

 装備者に恩恵を与えるスキルが、ざっと確認しても10個近くもある。

 <神聖付与><魔族特攻><光性増幅><闇性減衰>
 と、対魔族や対闇属性に特化した剣であることが窺える。

(ん? <真実の眼>? なんだこれ?)

 シノヤが見慣れないスキルまである。

『イベント、[魔族の花嫁]が開始されました』

(おい、突然だな!)

 シノヤはつい、システムナビゲーターに突っ込んでいた。
 今の一連の行動の中に、イベントを開始するフラグがあったらしい。

 もともとA.W.Oは、こうしたイベントを繰り返すVRMMORPGで、戦闘でレベルを、イベントでアイテムやスキルを得て、アバターを成長させていくゲームだった。
 イベントの中には、イベントを受諾して開始されるものと、条件を満たすと突発的に強制開始されるものがある。
 今回のは後者だが、それでもあまりにいきなりすぎた。

「――シノヤ様、危ない!」

 エリシアの声に、シノヤは我に返り、反射的にバックステップで後ろに下がる。

 つい今までシノヤが立っていた地面には、無骨な戦斧の切っ先がめり込んでいた。

「ふ~~~! ふ~~~!」

 対戦相手の頭部を覆った兜の隙間から、凶暴な視線と、獣のような荒い息遣いが聞こえてくる。
 焦らせ過ぎたようだ。

 戦闘が開始された証に、シノヤと相手の頭部付近に、HPとMPを示すゲージが表示される。
 ダメージを受けるたびにHPゲージが減少し、完全に尽きるとそのキャラクターは電子の塵となって消失する。
 MPは魔法や特殊攻撃により減少し、こちらは尽きると行動不能となってしまう。

「うがぁぁぁー!」

 野獣の咆哮と共に襲いくる戦斧を、シノヤは紙一重でかわしている。
 ようやく開始された闘争に、観客も熱い歓声を上げて、熱狂を始めた。

 戦斧の重量は想定100キロ強。それを尋常ならざる膂力で振り回してくるのだから、当たればただでは済まない。
 レベルの低い者なら、その一撃でHPゲージを失ってしまうほどの凶悪な物だ。

 しかし、そんな猛攻を避けつつも、まだシノヤは考え事を続けていた。

(魔族の花嫁というイベント名……それに、神剣アーバンライツ。なーんか、聞き覚えがあるんだけど……あー、くそ。出てこない! 喉まで出かかってはいるんだけど!)

 10年以上昔の記憶を掘り返し、シノヤは身悶える。

 一見、シノヤが押され続けて反撃もままならない圧倒的に不利な状況に、観客も野次を飛ばしていたが――1分、2分と経過する内に、徐々にざわつき始めた。

 シノヤは戦闘が開始されてから、ほとんどその場を動いてはいない。
 最小限の動きだけで、身震いするような攻撃を、ひょいひょいと擬音でも出そうな様子で軽々とかわしていた。
 それどころか、視線はあらぬ方向に余所見をして、あきらかに片手間感で戦っているふうがある。

(神剣アーバンライツに……ん? ちょっと待てよ、エリシア・フル・フォン・ファシリア……ファシリア侯爵家?)

「あー! そうか、わかった!」

 戦闘中にもかかわらず、不意にシノヤは完全に足を止めて叫んでいた。

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