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プロローグ
第4話 アースガルド
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浮遊感にも似た揺らぎの後、一瞬すべての知覚が途切れ、じんわりと戻ってくる感覚は、十数年前の次世代新技術としての発表当初から変わらず、VRMMOにフルダイブするときの独特のものだ。
仕事として携わることになってから知ったことだが、これは脳を騙し、仮想電子体に意識や神経を接続する際に起こる必要な行程らしい。
パソコンのモニターをすげ替えるようなものだ。本体を短い時間スリープモードにし、その間にモニターのプラグを差し替える。開発に配属された同期の話では、簡単にはそんな感じらしい。
今でも仕事はもとよりプライベートでも、VRフルダイブなど日常的だ。
それ自体は、いつもとなんら変わりない。
そして――
瞼を通して光が感じられて、シノヤは目を開いた。
緑の匂いが濃いところからも、ここはおそらく森の中だろう。
さすがに10年も以前のことなので、最後にログアウトしたのがどこかまでは覚えていない。
ただ、A.W.Oでは、基本的にログインやログアウトは街中でのみ実行可能とされていた。
ログアウト中のアバターは、ゲーム内犯罪防止の観点からも石像のオブジェクト扱いで、破壊不能で移動も不可。となると、必然的にここは街中になるはずだが……はて?
光に目が慣れ、朧気だが周囲の状況も視認できるようになってきた。
建造物の名残らしき物はあるが、どれもこれも朽ち果てている。
むしろ、視界に映る物としては、自然の木々のほうが多い。
「う、う~ん……」
久しぶりに動かすアバターのせいか、シノヤは気だるさに大欠伸をして、強張った身体を伸ばした。目尻から涙まで出てくる。
個人的にはここまでリアルに再現しなくてもいいかと思うが、仮想現実の目指す先は、仮想を超えた現実らしい。いや、現実を超えた仮想とでもいうべきか。
そのマニアックな信念のもと、日夜、研究開発が続けられ、VR技術は日進月歩で格段の進歩を遂げている。技術推進の恩恵を享受している身で言うのもなんだが……ご苦労なこって。
『保有アイテムが耐久度を超過しました。ロストします』
「あらら。マジかよ……」
システムナビゲーターが告げた直後、プレイヤーにしか見えないウィンドウが開き、ロストアイテムの一覧が表示される。
装備している武具や所持アイテムのほぼすべてが、ログインと同時にロスト欄に並んでしまった。
A.W.Oのプレイヤー所持のアイテムには、すべて耐久度が設定されている。
武具などはその代名詞で、無茶な使い方や過度の損傷を負った際には、耐久力の回復等の対策を講じないと、簡単に消失してしまう。
その上、経年劣化もあり、わかりやすいものだと食料など、日持ちしないものは長くて数日、早いと数時間で痛んでしまう。ゲーム内では賞味期限などとも呼ばれるが。
痛んだものはバッドステータスを生じる別アイテムとなり、それにもさらに耐久度が設定され、ゼロになると最終的には同じく無くなってしまう。
当然、それは武具やアイテムにも当て嵌まるのだが……飲食系以外のアイテムは基本的に耐久度が高く、1日で低下する経年劣化の数値など、ごくわずかだ。
劣化が原因でアイテムロストすることなど、少なくともシノヤは初めてお目にかかった。
(あーあ……中学時代に、苦労して揃えたアイテムたちが……)
現金なもので、今まですっかり忘れていたのだが、こうして失ってみると当時の苦労した記憶が蘇える。
多大な時間と労力を費やして集めた思い入れのある諸々が、一瞬で塵と化してしまった。
特に、少ない小遣いをどうにかやりくりして入手した課金アイテムなど、失った金銭以上に惜しいことをした。
サービスが停止して久しい現在、どんなにレアでもゲーム内で入手可能なアイテムと違い、課金専用アイテムは入手方法自体が存在しない超レアアイテムともいえる。
失って初めてその大切さに気づくもの、といえば聞こえはいいが、ようは単なる貧乏性なコレクター魂だろう。
(……それにしても、装備どころか着ている服までロストとは……誰だ、こんな無駄機能つけたのは?)
シノヤは真っ裸になってしまったアバターの下半身を見下ろした。
股間には、リアルよりもご立派なモノがぷらぷらしている。
まさかのゲーム中でのストリーキングとは。こんな仕様があったとは、さすがに仮想空間で全裸になる趣味はなかったので知らなかった。
というか、服を脱げる機能からして記憶にない。ことのほか倫理に厳しかったあの時代で、我が社もいい度胸だろう。
しかしながら、当時に経験することがなくて、本当に良かったと思う。
仮にも、思春期真っ盛りの初心な少年に対して、表で全裸は仮想でもハードルが高すぎる。それを切っ掛けに、道を外れることになりでもしたら、目も当てられなかっただろう。
だからといって、成人した今ならOKというわけでもないが。
(他に誰がいるわけでもなし、別にいいけどね……)
そう胸中で呟いて、シノヤが視線を上げた途端――正面にいた少女とばっちり目が合った。
こちらが一段高いところにいたので、低い場所に突っ立っていた少女の存在には気づかなかった。
純白の全身鎧を纏った金髪少女は、本来は真っ白であろう肌をすべて真っ赤に染め上げて、ある一点を凝視している。
まあ、その一点とは、シノヤもついさっきまで見下ろしていた、アバターの股間であったわけだが。
「うっきゃあー!」
素っ頓狂な声を上げ、少女は両手を掲げた直立姿勢のまま、真後ろにばたーんと卒倒してしまった。
仕事として携わることになってから知ったことだが、これは脳を騙し、仮想電子体に意識や神経を接続する際に起こる必要な行程らしい。
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今でも仕事はもとよりプライベートでも、VRフルダイブなど日常的だ。
それ自体は、いつもとなんら変わりない。
そして――
瞼を通して光が感じられて、シノヤは目を開いた。
緑の匂いが濃いところからも、ここはおそらく森の中だろう。
さすがに10年も以前のことなので、最後にログアウトしたのがどこかまでは覚えていない。
ただ、A.W.Oでは、基本的にログインやログアウトは街中でのみ実行可能とされていた。
ログアウト中のアバターは、ゲーム内犯罪防止の観点からも石像のオブジェクト扱いで、破壊不能で移動も不可。となると、必然的にここは街中になるはずだが……はて?
光に目が慣れ、朧気だが周囲の状況も視認できるようになってきた。
建造物の名残らしき物はあるが、どれもこれも朽ち果てている。
むしろ、視界に映る物としては、自然の木々のほうが多い。
「う、う~ん……」
久しぶりに動かすアバターのせいか、シノヤは気だるさに大欠伸をして、強張った身体を伸ばした。目尻から涙まで出てくる。
個人的にはここまでリアルに再現しなくてもいいかと思うが、仮想現実の目指す先は、仮想を超えた現実らしい。いや、現実を超えた仮想とでもいうべきか。
そのマニアックな信念のもと、日夜、研究開発が続けられ、VR技術は日進月歩で格段の進歩を遂げている。技術推進の恩恵を享受している身で言うのもなんだが……ご苦労なこって。
『保有アイテムが耐久度を超過しました。ロストします』
「あらら。マジかよ……」
システムナビゲーターが告げた直後、プレイヤーにしか見えないウィンドウが開き、ロストアイテムの一覧が表示される。
装備している武具や所持アイテムのほぼすべてが、ログインと同時にロスト欄に並んでしまった。
A.W.Oのプレイヤー所持のアイテムには、すべて耐久度が設定されている。
武具などはその代名詞で、無茶な使い方や過度の損傷を負った際には、耐久力の回復等の対策を講じないと、簡単に消失してしまう。
その上、経年劣化もあり、わかりやすいものだと食料など、日持ちしないものは長くて数日、早いと数時間で痛んでしまう。ゲーム内では賞味期限などとも呼ばれるが。
痛んだものはバッドステータスを生じる別アイテムとなり、それにもさらに耐久度が設定され、ゼロになると最終的には同じく無くなってしまう。
当然、それは武具やアイテムにも当て嵌まるのだが……飲食系以外のアイテムは基本的に耐久度が高く、1日で低下する経年劣化の数値など、ごくわずかだ。
劣化が原因でアイテムロストすることなど、少なくともシノヤは初めてお目にかかった。
(あーあ……中学時代に、苦労して揃えたアイテムたちが……)
現金なもので、今まですっかり忘れていたのだが、こうして失ってみると当時の苦労した記憶が蘇える。
多大な時間と労力を費やして集めた思い入れのある諸々が、一瞬で塵と化してしまった。
特に、少ない小遣いをどうにかやりくりして入手した課金アイテムなど、失った金銭以上に惜しいことをした。
サービスが停止して久しい現在、どんなにレアでもゲーム内で入手可能なアイテムと違い、課金専用アイテムは入手方法自体が存在しない超レアアイテムともいえる。
失って初めてその大切さに気づくもの、といえば聞こえはいいが、ようは単なる貧乏性なコレクター魂だろう。
(……それにしても、装備どころか着ている服までロストとは……誰だ、こんな無駄機能つけたのは?)
シノヤは真っ裸になってしまったアバターの下半身を見下ろした。
股間には、リアルよりもご立派なモノがぷらぷらしている。
まさかのゲーム中でのストリーキングとは。こんな仕様があったとは、さすがに仮想空間で全裸になる趣味はなかったので知らなかった。
というか、服を脱げる機能からして記憶にない。ことのほか倫理に厳しかったあの時代で、我が社もいい度胸だろう。
しかしながら、当時に経験することがなくて、本当に良かったと思う。
仮にも、思春期真っ盛りの初心な少年に対して、表で全裸は仮想でもハードルが高すぎる。それを切っ掛けに、道を外れることになりでもしたら、目も当てられなかっただろう。
だからといって、成人した今ならOKというわけでもないが。
(他に誰がいるわけでもなし、別にいいけどね……)
そう胸中で呟いて、シノヤが視線を上げた途端――正面にいた少女とばっちり目が合った。
こちらが一段高いところにいたので、低い場所に突っ立っていた少女の存在には気づかなかった。
純白の全身鎧を纏った金髪少女は、本来は真っ白であろう肌をすべて真っ赤に染め上げて、ある一点を凝視している。
まあ、その一点とは、シノヤもついさっきまで見下ろしていた、アバターの股間であったわけだが。
「うっきゃあー!」
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