上 下
24 / 25
第3章

初日を終えて

しおりを挟む
 その日の夜、私は宛がわれた部屋の真新しい寝台にもたれかかり、傍に控えるパティと今後のための情報交換を行なっていた。

 主人には候補者同士の闘いがあるように、従者パティには他家従者同士パティの闘いがある。
 今後の指針とするためにも、私のほうでもそこはきちんと把握しておかないといけない。

「どう、初日を終えてみて?」

「そうですね……正直なところ、想定していたよりかと」

「そう。ちょっかいをかけてきたのは、どこの家の者かしら?」

「マーコリー家の使用人ですね」

 イグリスの公女、カリーナ・マーコリー。
 私に水をプレゼントしてくれた方ね。

 亜麻色の髪、自信に満ち溢れた態度に、勝気な表情が目に浮かぶ。

「こちらは格下。初日だけに、それこそ恫喝してくるくらいは覚悟していたのですが、それもなく……肩透かしです。ちょっとお嬢さまの嫌味を言われた程度で」

「なに? ”婚約者に捨てられた女が殿下の慈悲に縋って恥知らずな”、とでも言われた?」

「一言一句その通りなわけですが」

「ふふっ、安直ね。捻りもなくてつまらないこと。きっと考えたのは、カリーナ様あたりでしょう」

「はい。無理やり言わされているようではありましたね。それに、そこの使用人、妙におどおどしていると言いますか、腫れ物に触るように怯えた感があったのですが……お嬢さま、わたしがいない間に何かなさいました?」

「特にはなにも。あちらのご主人様に、誠心誠意を込めてご挨拶したくらいしか、覚えはないけれど?」

「なるほど。地方出身の田舎貴族の令嬢と甘く見て、ちょっかいをかけたはいいですが、逆に威圧されて怖気づいた、といったところですね。良家の箱入り令嬢には、お嬢さまの毒は強すぎたようですね」

「……パティ。貴女はなにを聞いていたのかしら? 私は誠心誠意ご挨拶をした、と言ったのよ?」

「ええ、わかっておりますとも」

 パティがすまし顔で答えたので、私は嘆息で応えた。
 まあ、確かにその通りなのだけれども。

「パティのほうは大丈夫そう? 貴女が折れてもらっては困るのよ?」

「はい。それはもう重々に」

 本来、婚約者候補が同行させる世話人の人数に制限はない。
 実際、他の候補者4家は、少なくとも10人以上の使用人を引き連れている。

 この状況で、私がパティのみを伴ってきたのには理由がある。
 人数が多いと、相対的に付け込まれる隙も大きくなる。
 ただでさえ、対立候補には当家以上に潤沢な資金と名声がある。考えたくはないけれど、買収されて当家に不利な状況にならないとも限らない。

 それを避けるための対処にせよ、いかなパティとて人の子。
 集団による陰湿で執拗な攻撃に晒されて、心挫けることがないとも限らない。そこはどうしても、パティ任せになってしまう。

「お嬢さま。そのようなご心配には及びません。幼少より10年もの間、わたしがお仕えしてきたのはどなたと思われます? 高貴にして豪気、可憐にして苛烈、優雅にして勇敢なお嬢さまでございますよ? いいのか悪いのか、わたしもこの10年でずいぶんと鍛えられましたので、多少のことには動じなくなりました」

「なによ、その言い回し」

 平然と言ってくるパティに、私は可笑しくなり、はしたなくも思わず噴いてしまった。

 気を張り詰める私への、いつもの心配り半分、冗談半分なのでしょうけれど。
 これだから、パティにはついつい甘えてしまう。

「そういうことですので、わたしのほうはお気になさらず。それより、お嬢さまのほうはいかがでしたか? 他の候補のご令嬢方は?」

「そうね――」

 水をかけられた一件。あの場の動向で、ある程度の洞察は得た。

 まず、悪戯を計画し、率先したのはカリーナ・マーコリー嬢で間違いない。
 情報が不足しているとはいえ、第一印象の感じでは、直情型のカリーナ嬢はいなしやすい。
 他国の姫という後ろ盾に安堵し、我を通そうとするタイプ。
 つっかってくるようなら、上手くかわして誘導し、自滅を狙う手もある。

 公爵家のマルグリット・フォントノア嬢は、カリーナ嬢の悪戯に愛想笑いを浮かべていたものの、私の反撃に、即座に顔色を変えて媚を売る目つきになった。
 私を除く4家の中では、権威としては1番低い。
 長いものに巻かれるタイプと見るべきか。でも、そういった輩こそ、意外な野心を秘めている恐れもある。

 アデリナ・フォン・アベーユ嬢は、終始、無表情だった。
 カリーナ嬢の悪戯にも、ひとり無反応で、興味なさげだった。私のにも、鉄仮面を崩すこともなく。
 アデリナ嬢は、容姿端麗、頭脳明晰の淑女で、他国王家の高貴な血筋ともあり、婚約者最有力と目されている。
 もし、私が真っ当に勝負を挑んだとしても、時間の不利で彼女には決して及ばないだろう。
 彼女の上を行くためには、なんらかの搦め手も必要になるかもしれない。
 私が婚約者を勝ち取るための、最大の障壁となるのは間違いない。

 そんな中、ディノワール大公家のロザリー嬢だけが、ひとり異なる反応を見せていた。

「ディノワール大公のご息女ですか?」

「ええ、パティにはその名に聞き覚えがないかしら?」

 ディノワール大公家というと、フラリノ国内に於いて王家に次ぐ権力を有する、押しも押されぬ大家。
 その令嬢ともなると、4候補の中では、アデリナ嬢に匹敵する地位となる。

「……そう言われますと、以前にその名をアルフィリエーヌ領内で耳にしたことがあったような……」

 パティが呟いたそのとき――不意にドアのノックされる音が室内に響いた。

 来客の予定などはない。
 まして、今は夜半。突然の来訪には不自然な時間帯である上、危急を要するふうでもない。

 私は咄嗟にパティと視線を交わして頷き合い、寝台から降りてカーディガンを羽織った。

 そして、自ら応対するためにドアへ向かう。
 保険のためにも、パティが部屋にいることを悟られたくはない。

 無言のやり取りだったけれど、そこは私とパティの仲、パティは心得たもので、ドア脇の暗がりに身を潜めた。

「どなたでしょうか?」

 万一ドアを蹴破られても、開いたドアに巻き込まれない位置で足を止める。
 私はごく平静を装い、訪問者に声をかけた。

「夜分遅くに申し訳ありません。わたくし、ロザリー・ディノワールですわ」

 分厚いドアを通して返してきたのは、たった今、話題にしていた件のディノワール大公家ご令嬢だった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

愛しの婚約者は王女様に付きっきりですので、私は私で好きにさせてもらいます。

梅雨の人
恋愛
私にはイザックという愛しの婚約者様がいる。 ある日イザックは、隣国の王女が私たちの学園へ通う間のお世話係を任されることになった。 え?イザックの婚約者って私でした。よね…? 二人の仲睦まじい様子を見聞きするたびに、私の心は折れてしまいました。 ええ、バッキバキに。 もういいですよね。あとは好きにさせていただきます。

処理中です...