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翠の危機

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 それは明け方近くだったと思う。

 爆弾が爆発でもしたような轟音と相次ぐ地響きで、僕の意識は強制的に眠りから覚まされた。

 ベッドから転げ落ちた――というより落とされたのは、自覚できる。
 ただ、あの衝撃はベッドから落ちただけのものでは決してない。
 なにが起こったのか、寝起きの頭で判断できないけれど、尋常ではない事態になっていることだけは理解できた。

 村中から絶え間なく大声が聞こえる。

「しろ、しろ。起きて」

「……キュイ?」

 布団の上で丸まって、まだ寝ぼけ眼のしろを腕に抱く。
 これでも起きない辺り、さすがしろは大物だね。

 僕は部屋を出て、状況を確認しようとした。
 1歩部屋から足を踏み出し、そこで絶句する。

「なっ――!?」

 

 代わりにその場を埋め尽くしているのは、大量の土砂と岩石。あとは破損した植物や建物の残骸など。
 見るも無残な様相となっていた。

 咄嗟に思い浮かんだのは、ニュース映像。
 雨天時の土砂災害。

 昨日一昨日と大雨が続いていて、今でこそ止んでいるが、今日も未明までは降っていたはずだ。
 地盤が緩んでいてもおかしくはない。
 しかも、村の裏手は小高い丘となっていた。条件は揃ってしまっている。

 村長さんの声がする。村長さんは無事だったようだ。さすがはチート戦士。
 だけど、スイの声がしないのはなんで?

「スイ! スイは無事!?」

 僕はスイの寝室に駆け込んだ。
 しかし、スイの寝室であったところは、完全に土砂に埋もれてしまっていた。

 いち早く駆けつけていた村長さんが、大きな岩石の前にしゃがみ込み、必死に声を上げている。
 まさか――

 いた!
 岩石の下から、スイの上半身が見える。


 ―――――――――――――――
 レベル18

 体力 68
 魔力 20

 筋力 63 敏捷 52
 知性 90 器用 76
 ―――――――――――――――


(よかった! 生きてる!)

 とはいえ、体力は残り少ない。2割を切ってしまっている。
 土砂に半ば埋もれた顔は、血色を失い、素人目にも危険な状態であることがわかる。
 こうしている間にも、ゆっくりと体力値は目減りしていく。

 一刻も早く岩の下から助け出さないと、圧死してしまう。

 村長さんも、岩の扱いに戸惑っているよう。
 今は上に載った大岩のバランスが奇跡的に保たれている。
 もし、これを下手に動かして、バランスが崩れようものなら、その重量が下のスイに一気に――ということが充分に考えられる。

 ただ状況は、悠長に迷っている時間も悩んでいる時間もくれそうにはない。

 普段、温厚そうな村長さんが決死の表情を見せた。
 あの顔は、なにかを決意している。

 村長さんは、拳を腰だめに構えた。

 裂帛の息吹と共に、豪腕が大岩に向けて放たれた。

 ――どぉん!

 豪快な音と共に、大岩に亀裂が走った。だけど、壊れてはくれない!

「アアァ、ァ――!」

 スイの悲壮な悲鳴が漏れる。


 ―――――――――――――――
 レベル18

 体力 47
 魔力 20

 筋力 58 敏捷 41
 知性 86 器用 73
 ―――――――――――――――


 衝撃でスイにかかる重さが増したのか、一気に体力が減った。


 ―――――――――――――――
 レベル ー

 体力 3490
 魔力 0

 筋力 ー 敏捷 ー
 知性 ー 器用 ー
 ―――――――――――――――


「うああ!」

 僕は頭が割れるほどの痛みに耐えながら、大岩のステータスを視た。
 無機物のステータス表示は、脳にとんでもない負荷がかかる。でも、僕だって、スイの命の危機にじっとはしてられない。

 再び、村長さんの豪腕が唸る。

 ――ごぉん!


 ―――――――――――――――
 レベル ー

 体力 2294
 魔力 0

 筋力 ー 敏捷 ー
 知性 ー 器用 ー
 ―――――――――――――――


 硬い大岩相手に、一気に1200ダメージ。さすが、筋力635は伊達じゃない。


 ―――――――――――――――
 レベル18

 体力 28
 魔力 20

 筋力 35 敏捷 22
 知性 83 器用 68
 ―――――――――――――――


 だけど、スイの体力が持たない!
 今はスイの悲鳴は聞こえなかった。すでに声を出す気力もないということだ。

 単純計算で、大岩の破壊には、村長さんでも後2発は必要。
 でも、スイは、その2回分に耐える体力が残されていない!

「待って!」

 それを知らない村長さんが3度、腕を振り上げるようとするのを、僕は大岩との間に身体を滑り込ませて阻止した。

「ちょっと待って! 僕に任せて!」

 元より言葉は通じないので、目で必死に訴えかける。

 村長さんは、僕からなにかを感じ取ってくれたようで、揚げた手をいったん下ろしてくれた。
 しかし、その視線には「早くしてくれ」という焦りがありありと見て取れる。

 僕だって、そのつもりだよ!

 僕は近くに転がっていた石の破片を手に取って、大岩に向き直った。

 気合を入れて、ステータスを視る。
 途端に、先ほど以上の凄まじい頭痛が走るが、無理やり痛みを忘れる!

「こんちくしょー!」

 ステータスを視ながら、石を岩にぶつける。
 当然、都合よく割れたりしないが、着実にダメージを与え、大岩の体力が1ずつ減っていく。

(どこ? どこだよ!?)

 至る箇所に石をぶつける。

 もちろん、こんな1ダメージずつ与えても、破壊には半日はかかってしまう。大岩のバランスが大崩れして、すぐさま押し潰されることはないとはいえ、その間に瀕死のスイは圧迫死するだろう。

 それでも、スイを助けるにはこれしかない!

 僕の口に鉄臭い血の味がした。
 どうやら鼻血が噴出しているらしいが、構っていられない。
 度重なる頭痛ももはや、気を失いかける寸前のレベルだけど構わない。

「キュイ……」

 しろも心配そうにしているけど、ごめん、しろ。今は無理してでもやるしかないんだ。

 視界がぼやける。意識が遠退く。でも、ステータスは視てないといけない。まだ、気を失ってはダメだ。

 スイには命を救ってもらった。看病してもらった。優しく笑いかけてもらった。
 今度は――僕の番だ!

 そして、ついに僕は見つけた。
 石で叩いた箇所で、1撃でダメージが2通る場所――大岩の急所――

「村長さん! ここを思い切り打って、早く!」

「おおおおおお――!」

 想いが通じたのか、村長さんの拳は、僕が示した場所を寸分違わずに打ち抜いた。

 他に比べて脆くなっている急所を打たれた大岩は、一撃で粉々に粉砕された。

 村長から助け出されたスイのステータスは――


 ―――――――――――――――
 レベル18

 体力 6
 魔力 20

 筋力 12 敏捷 10
 知性 75 器用 45
 ―――――――――――――――


 ぎりぎり。
 本当にぎりぎりだけど、命は助かった。

「よかった……」

 僕は力尽き、そのまま仰向けに倒れてしまった。
 けれど、僕はきっと、満足げに微笑んでいたのだと思う。
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