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あんまりですよね

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 暗い。狭い。ぬめぬめする。息苦しい。生臭い。

 僕が目覚めと共に感じたのは、そんなことだった。

 あと、なんか揺れている。

 僕、どうしたんだっけ?
 最後の記憶を反芻してみると、空飛んでた。いや、落ちてた?
 そうそう、滝から滝壺にダイブしたんだっけ。飛んで落ちたが正解。

 ということは、ここは水の底?
 その割りには、少なくとも息できてるし、寒くもないし、むしろ生温かい。それっぽくない。
 暗いのと息苦しいのはわかるけど、狭くて、ぬめぬめして、生臭いのは、これ如何に?

 あと、やっぱり揺れている。
 『ぐらぐら』ではなく、『ゆっさゆっさ』。なんか、規則正しく揺れている感じ。
 これ。もしかして、運ばれているんじゃなかろうか。

 生臭い麻袋にでも詰められて運搬中、みたいな。
 そういや耳を澄ますと、なにか大勢の気配みたいなものがある。

 ……待った。それって一大事じゃあ?

 ようやく寝ぼけた脳に血が回り始めた。
 誘拐? 拉致? いずれにしても、こんなにのんびりしているしている場合じゃなかった!

 身動き取れない。しろもいない。
 もしかしなくても、僕、ただ今ピンチの真っ最中なんですか!?

 薄れる意識の中、溺れる心配はしてたけど、これは予想の範疇を超えていた。
 斜め上どころかベクトルが逆じゃないですか!

 いやいや、まずは落ち着こう。暴れて騒いだって、いいことなんてない。
 ここ数日で、僕も学んだ。成長した。
 まずは現状確認しよう。

 見えないけど、完全に拘束されてはいない。もぞもぞとだけど、手足は動く。OK。
 バッグは肩にかけたまま。感触的に服は着てる。身ぐるみ剥がされてたわけじゃないみたい。OK。
 はぐれたのか、しろはいない。心細いけど、それはそれで、しろに危険はないということ。まあ、OK。

 とにかくまずは、このぬめぬめした袋みたいなもの、どうにかならないかな?
 爪を立ててみるが、効果はない。

 身体を捩って方向を変えてみるけれど、360度、どこも同じような感じ。どうしよう。

 そのとき、指先になにかが触れた。

 これはなんだろ。なにか固い物がある。

 手探りで、それが木片だとわかった。
 ラフティングで使った木の棒の成れの果て。

 折れて尖ったそれを、ぬめぬめの壁に突き立ててみる。

 ずぶりとした嫌な感触を伴ない、やけにあっさりと棒は袋に突き刺さった。

(いけるかも!)

 よし、プランを立てよう!

 まずはここからの速やかな脱出がプランのステップ1。
 ステップ2で、僕をさらおうとしている相手の見極め。なんらかの手違いということもある。
 ステップ3で、話が通じそうなら交渉もよし。ダメそうなら問答無用で逃げる。服も着ているし拘束されていないなら、無限の体力に任せて逃げ切れる。

 よし! それでいこう!

 僕は深呼吸ひとつ。
 あらためて棒を袋に突き立てる。
 そのまま両手で渾身の力を込めて押し出すと、枝の先が袋を貫通した手応え。
 ここぞとばかりに、そのまま力任せに押し下げると、切り裂いた感触と共に、僕の身体は外界に投げ出された。

 溢れる光と新鮮な空気。そして、解放感。

 明暗の差に、一瞬、目がくらんだが、それも次第に慣れてくる。

(ステップ1、こんぷりーと!)

 地面の感触に、四つん這いで踏み締め、体勢を整える。

 どよめきが四方から聞こえる。
 やはり、周囲には大勢いたようだ。

 実に数日振りの他人との触れ合いだけど、こんな状況ではまったく嬉しくない!

(ステップ2! 相手の見極め!)

 視力の回復した僕の眼に真っ先に飛び込んできたのは――視界いっぱいの魚面とのご対面だった。

 へ?

 数秒思考が停止してから、それが棒に括られて搬送中の巨大な魚だとわかった。
 体長およそ3mオーバーの、縁日の金魚を大きくしたような巨大魚。
 その腹部が、でろんと大きく切り裂かれている。……内部から。

 ちょっと待った、落ち着こう! これって、つまりあれですか?

 滝からダイブ → 滝壺の巨大魚に捕食ぱっくんちょ → 巨大魚が捕獲。という3段活用みたいな。

 …………

 落ち着けるか! いやー、どうしてそうなった!

 僕は頭を抱えて髪を振り乱し、天を仰いだ。

 神さま、今までどれだけの人が捕食ぱっくんちょされた経験があるというのでしょう? 僕に当たりが厳しくないですか!? もっと優しくしようよ、こんちくしょー!

 衝撃の事実に錯乱しかけたけど、僕の危機が去ったわけではないことを奇跡的にも思い出した。

 とはいえ、相手が僕をさらったのではなく、あくまで巨大魚を捕獲しただけというなら、話し合いの余地は充分すぎるほどある。

(Re:ステップ2! 相手を見極……め?)

 相手に向き直ってから、思わず固まる。
 僕の目に飛び込んできたのは、10人ほどの緑色の肌をした――ゴブリンだった。
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