恋する妖精は、見知らぬ馬鹿に婚約発表されました??

まはぷる

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第15話

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「ぐぬうう、こうなれば背に腹は変えられん! 各国の大使を招聘せよ、今すぐだ!」

 アーデル王太子が兵に矢継ぎ早に告げていた。

(援軍の要請、かしら?)

 すでにすごい今さら感がするけれど。
 でも、これだけ国内の軍が当てにならないとなると、外に助けを求めたくなるのも頷ける。

 王太子が兵に命じてから30分もしない内に、リセルドラとは雰囲気の異なる数人の人間たちが、ここ謁見の間に詰め掛けていた。

 いくら各国の大使館が王都内にあるとはいえ、時間的にこれだけ早く集まったところをみると、おそらく内情が筒抜けになっていて、お呼びがかることを想定して準備していたのだろう。

 リセルドラ王国の西側には、大小含めた複数の人間の治める国々がある。
 各国はいがみ合い、小競り合いを続けている間柄らしいけれど、表面上は不可侵の同盟関係にあるとか。
 しかし、私を含めたアリシオーネ聖王国の者は、そこらへんの事情をよくは知らない。

 はっきり言うと、国として人間側の事情に興味がないのだ。
 アリシオーネ聖王国我が国としては極力、人間の相手はしたくないというのが実情で、防壁としてのリセルドラ王国に資金と軍事援助を行なって、以降の東のアリシオーネ聖王国に面倒事が起こらなければそれで充分、との政策を執っている。

 アリシオーネ聖王国内では一般的に、西端は人間が住まう地、としてひとまとめに考えられている。
 だからというわけではないけれど、聖樹三花の一族の私ですら、教わった知識としても、リセルドラ王国以外の人間の国々のことはよく知らない。どのような国風があり、どんな人種が住んでいるかという以前の問題で、国の名前さえも知られていないのだ。

 謁見の間に集まってくる人間の大使たちを、私は物珍しく眺めていた。
 同じ人間なのに、服装や肌の色を含めた容姿、言葉まで違うのはちょっと驚く。

 集まった人々は、部屋にいる私の存在に気づくと、リセルドラ王国の王妃と王太子が同室しているにもかかわらず、真っ先に私に挨拶をしに来た。
 大使というと各国の代表、駐在するリセルドラ王国を差し置いて、こぞって私に礼を取ることこそが、そのままリセルドラ王国とアリシオーネ聖王国の差を表わしている。

「各国の大使たる皆、わざわざ足を運んでもらい、ご苦労であった!」

 それを知ってか知らずか。自分の呼びかけに迅速に応じたことに対してか、王太子はご機嫌だった。
 周囲の目を引くよう、いつの間にか壇上の王座の前に立ち、声を張り上げている。

「皆ももう知っていると思うが、なにをトチ狂ったのか、同盟関係にありながらも我がリセルドラ王国がアリシオーネ聖王国の卑劣な侵略を受けている! 我が兵は勇猛なれど、数に押されて苦戦しているのが実情だ!」

 数に押されているというか、その勇猛な兵とやらが数に加わってるけど。

「我が軍の圧勝は確約されているが! ただ、戦は生き物だ! なにがあるかわからん!」

 この状況で覆ることはさすがにないと思うけど。

「そこでだ! 各国の各々方! 我が国への援軍を本国へ依頼していただきたい! なるべく早く! なるべく多くをだ! 我ら人間の同盟の力を見せつけ、不義理な亜人共に一泡吹かせようではないか!」

 王太子のことだから、相手国の王族がいる前で堂々と卑下することで、味方の戦意が煽れるとでも思っているのだろう。なんとも安直な。
 反して大使の方々が、不安げに私の顔色を窺っている辺り、なおのこと滑稽だ。

 王太子は見事に決まったとばかりに、オペラのクライマックスもかくやと天を仰いで目を瞑り、両手を大きく広げていた。

「ふざけるな!」

 自己陶酔の最中にあった王太子を呼び戻したのは、大使のひとりのそんな現実的な声だった。

「大国の威を借り、これまで散々我らに無理難題を押し付けてきた国がなにをほざく!?」

「同盟とは名ばかりの、貴国に都合のいい搾取ではないか!」

「こちらの国難は見て見ぬ振りをする癖に、自国の場合はこれか! 恥を知れ!」

 堰を切ったような非難轟々の嵐だった。

 数に押されて、さすがの王太子も、壇上でたじたじとなっている。
 同じ壇上にいる王妃は、耳を押さえ、我関せずと迷惑そうに耳を押さえていた。

「なにを言う!? リセルドラ王国は同盟の盟主! 従うのは当然の義務であろうが!?」

 壇上から階段を駆け降り、懸命に王太子が反論する。

 この見事なまでの人望の無さ。無関係だった私にすら、各国とのこれまでの経緯が垣間見えるよう。

 口論が止め処なく加熱しそうな空気の中、ひとりの老大使が周りを制して歩み出た。

「これでは話も進みますまい。リセルドラの王太子殿。まずは貴殿の誤解を解いておこう」

「お、おう。なんだ?」

 老大使の静かな――というか冷ややかな対応に、興奮していた王太子も頭が冷えたようだった。

「貴国と我らの国々が結んでいるのは不可侵条約。それはあくまでという互いに攻め込まないという条約であり、互助同盟ではないということ。出兵の義務どころか、そもそも援軍を出す出さないが前提には無い」

 老大使が1歩進むと、重圧に押されるように王太子が1歩引いた。

「次。同盟の盟主は確かに貴国なれど、あくまで条約には『アリシオーネ聖王国の麾下にあるリセルドラ王国』を盟主とするものと記してある。現状では、まずその前提も崩れておる。なぜに我らが貴国のためにアリシオーネ聖王国に叛意せねばならん?」

 さらに老大使が踏み込み、1歩ずつ両者の位置が動く。

「最後に。我らは大使、国主の代行としてここにいる。王太子風情が顎で呼びつけるとは何事ぞ!? せめてリセルドラ国王を連れてまいれ!」

「――ひっ!?」

 ずいっと老大使が詰め寄ったことで、王太子は足をもつらせ、その場に尻餅をついてしまった。

「ち、父上は病床で動けぬ……」

 今は心労でね。

「話にならんな!」

 下等な虫けらでも見下ろすように、老大使は王太子を蔑めてから、用は済んだとばかりに踵を返した。

 王太子とは役者が違う。
 きっと若かりし頃は、余程の切れ者か歴戦の勇士だったのだろう。もしくはその両方か。胆力が違いすぎる。

 老大使に率いられるように、大使たちはぞろぞろと王太子に背を向けた。

 彼らは私のところにやってきては、先ほどと同様に礼を取り、自国の名と共にアリシオーネ聖王国祖国に叛意なきことを告げ、共闘も惜しまないことを約束してきた。
 リセルドラ王国は人間の同盟国から完全に見放されたのだ。

 あえて私のいる場で、あのようなリセルドラ王国への決別姿勢を示したのは、此度のことに自国は一切関係ない――つまり、とばっちりが及ぶことを恐れたのだろう。
 そして、あわよくばリセルドラ王国の後釜に自国を、と。そういうことだろう。

 十数人からいた大使たちがすべて去り、この謁見の間には再び、私と王太子、王妃だけが残された。

 王妃は相変わらずなにを考えているのか退屈そうに椅子に腰かけて扇子で顔を扇ぎ、王太子は腰を抜かした格好のままで床にへたり込み、自失呆然に口をパクパクしていた。

 最後の都市と砦が陥落した情報がもたらされたのは、そのすぐ後だった。
 これでもう王都へ到る道中に、進軍を阻む障害物はなくなった。

 終わりの刻は近い――
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