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第5話
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「まずは素晴らしい観劇をありがとうございました。ミシェリー様」
私はドレスの裾をつまみ、優雅に礼を取った。
馬鹿や馬鹿がちょっと怯んだように見えたのは、態度と正反対に、私の目が人を呪えるくらいには冷ややかだったせいだろう。
あらいけない、馬鹿と馬鹿では区別がつかないわね。
きちんと馬鹿令嬢と馬鹿王太子と言わないと。ふふっ。
「その上でひとつふたつ訂正を――いえ、本来はその程度では利かないところですけれど、割愛させていただくということで」
「ふ、ふんっ! な、なによ!? なにか文句でも――」
「――まずは!」
少しイラッとしたので、私は言葉を被せて語気を荒げた。
「ひっ!?」
「失礼。続けますわね? 私が自由に王宮を出入りできる許可を得ているとはいえ、頻繁にお伺いし、いらぬ誤解を与えていたこと、まずは謝罪いたします」
「そうよ、素直に謝れば――」
イラッ。
「――申し訳ありませんが!!」
「ひいっ!?」
「こほん、失礼。申し訳ありませんが、私の話が終わるまでは、し・ず・か・に、最後までお聞き願えませんでしょうか?」
残りわずかな忍耐が崩壊しそうなので。
「よ、よろしいですわ! そこまでお願いされるのであれば……まあ……聞くくらいは? ええ、聞いて差し上げますわ。わたくしは寛大ですからね! ほ、ほほほ!」
ミシェリーの膝は若干震えていたけれど、それでも矜持を示したいらしく尊大な態度だった。
まあ、この際はいいけれど。
「私は他国の者。この国内に専用の住居はございません。そこで、王都内にある、我が国の所有する施設を仮の住居とさせていただいています。平たく言うと、アリシオーネ大使館です」
努めて冷静な口調で、私は続けた。
「アリシオーネ聖王国はリセルドラ王国に対し、多大な国費の援助と、軍事提供を行なっています。それにより、リセルドラ王国には国内の詳細な資料提出の義務が生じ、我が国は内情を把握する権利を有しています。これは両国間で交わされた正式な決議であり、条約にも明記されている事項です。大使館内にそのような資料があったのは、そのためです」
これこそ、属国としての証なわけだけれども。
できるなら、このような諸侯居合わせる中で、自国の立場を再確認させるような侮蔑じみた発言はしたくなかった。
けれども、仕掛けたのはあちら。
無関係な人々には申し訳ないけれど、馬鹿犬が他人に咬みつき回ったと思って、我慢してもらうしかない。
「……ご自分がなにをされたか、もうお分かりでしょう? ミシェリー様」
ミシェリーは俯いて黙りこくっている。
さすがにショックだったのだろう。普通に考えると、とんでもないことだ。
勢いに任せて、私もむきになりすぎたかもしれない。
彼女にしてみれば、本当に自国愛からの行動だったかもしれないから。ちょっと考えなしのお馬鹿なだけで。
と、わずかな同情心が芽生えたのだけれど。
「なに言ってるのか、全然わからないですわっ!」
唐突に彼女が吼えた。
「なに? 自慢!? ちょっと小難しい言葉を知っているからって、ひけらかしてなんですの! 仮にも公爵家令嬢のわたくしに対して失礼でしょう!? もっとわかりやすい言葉で説明するくらいの気遣いをみせなさい! これだから亜人は――ふんっ!」
まさかのぶちギレだった。
考えなしではなく、考える脳がない馬鹿だった。理論立てて解説したはずが、それ以前にまさか言葉が通じなかったとは。想定外だ。
私、そんな難しい言葉を使ったっけ?
同い年だよね? 学園通っているよね?
「つまり! 貴女は治外法権である他国の大使館に不法侵入した上、機密文書を盗み見たってこと! どっちも犯罪よ! 重犯罪! 罪を犯したのは私ではなく、貴女だってこと!」
思わず私も息を荒げてしまう。
ただ、効果はあったようで、ミシェリーが「犯罪」という単語に反応して顔を青ざめた。
前半を理解できたかは甚だ疑問だけれど、少なくとも後半は理解できたはずだ。難しい単語もなかったし。
ミシェリーは再び俯いた。
今度はさすがにキレることはないだろう。
彼女がどういう反応をするか、私は待った。
周囲の観客と化した貴族たちも、固唾を呑んで成り行きをうかがっている。
「…………とよ」
ミシェリーが小声でなにか呟いた。
「え? なに?」
私が聞き返すと、ミシェリーは勢いよく顔を上げた。
その顔は後悔の念に歪んでいるかと思いきや――なぜか、勢いを取り戻していた。
むしろ、これでもかとばかりに勝ち誇ったような高慢さが滲んでいる。
「なんのことよ!?」
「……は?」
「見た目はそんな長い耳をしているのに、耳が悪いですのね!」
ついでにエルフをディスられた。
いや、もちろん聞き取れなかったわけではない。
あの流れで放たれる言葉としては、あまりに突拍子もなかっただけだ。
なに? 『なんのこと』って、こっちこそどういうこと?
「だ・か・ら! 私には身に覚えがないと言ったのですわ! ぜーんぜん! これっぽちも! なに? 不法侵入とか、盗み見たってなんのこと? わたくし、まったく存じませんわね! 証拠でもあるのかしら!?」
開き直った!
いえ、貴女。これだけ大勢の面前で堂々と自分のやった行ないに対して講釈したよね? 身振り手振り付きで!
家名まで出して、自分の名の下に証言したのに!
え、有りなの? そんなの有りなの? それで許されるの?
エルフと人間の常識って違うの? ねえ、誰か教えて!
混乱する私の前に、それまで静観していたもうひとりの馬鹿――もとい、もうひとりの馬鹿――あ、変わってなかった、アーデル王太子がゆっくりと歩み出た。
嫌な予感しかしない。
私はドレスの裾をつまみ、優雅に礼を取った。
馬鹿や馬鹿がちょっと怯んだように見えたのは、態度と正反対に、私の目が人を呪えるくらいには冷ややかだったせいだろう。
あらいけない、馬鹿と馬鹿では区別がつかないわね。
きちんと馬鹿令嬢と馬鹿王太子と言わないと。ふふっ。
「その上でひとつふたつ訂正を――いえ、本来はその程度では利かないところですけれど、割愛させていただくということで」
「ふ、ふんっ! な、なによ!? なにか文句でも――」
「――まずは!」
少しイラッとしたので、私は言葉を被せて語気を荒げた。
「ひっ!?」
「失礼。続けますわね? 私が自由に王宮を出入りできる許可を得ているとはいえ、頻繁にお伺いし、いらぬ誤解を与えていたこと、まずは謝罪いたします」
「そうよ、素直に謝れば――」
イラッ。
「――申し訳ありませんが!!」
「ひいっ!?」
「こほん、失礼。申し訳ありませんが、私の話が終わるまでは、し・ず・か・に、最後までお聞き願えませんでしょうか?」
残りわずかな忍耐が崩壊しそうなので。
「よ、よろしいですわ! そこまでお願いされるのであれば……まあ……聞くくらいは? ええ、聞いて差し上げますわ。わたくしは寛大ですからね! ほ、ほほほ!」
ミシェリーの膝は若干震えていたけれど、それでも矜持を示したいらしく尊大な態度だった。
まあ、この際はいいけれど。
「私は他国の者。この国内に専用の住居はございません。そこで、王都内にある、我が国の所有する施設を仮の住居とさせていただいています。平たく言うと、アリシオーネ大使館です」
努めて冷静な口調で、私は続けた。
「アリシオーネ聖王国はリセルドラ王国に対し、多大な国費の援助と、軍事提供を行なっています。それにより、リセルドラ王国には国内の詳細な資料提出の義務が生じ、我が国は内情を把握する権利を有しています。これは両国間で交わされた正式な決議であり、条約にも明記されている事項です。大使館内にそのような資料があったのは、そのためです」
これこそ、属国としての証なわけだけれども。
できるなら、このような諸侯居合わせる中で、自国の立場を再確認させるような侮蔑じみた発言はしたくなかった。
けれども、仕掛けたのはあちら。
無関係な人々には申し訳ないけれど、馬鹿犬が他人に咬みつき回ったと思って、我慢してもらうしかない。
「……ご自分がなにをされたか、もうお分かりでしょう? ミシェリー様」
ミシェリーは俯いて黙りこくっている。
さすがにショックだったのだろう。普通に考えると、とんでもないことだ。
勢いに任せて、私もむきになりすぎたかもしれない。
彼女にしてみれば、本当に自国愛からの行動だったかもしれないから。ちょっと考えなしのお馬鹿なだけで。
と、わずかな同情心が芽生えたのだけれど。
「なに言ってるのか、全然わからないですわっ!」
唐突に彼女が吼えた。
「なに? 自慢!? ちょっと小難しい言葉を知っているからって、ひけらかしてなんですの! 仮にも公爵家令嬢のわたくしに対して失礼でしょう!? もっとわかりやすい言葉で説明するくらいの気遣いをみせなさい! これだから亜人は――ふんっ!」
まさかのぶちギレだった。
考えなしではなく、考える脳がない馬鹿だった。理論立てて解説したはずが、それ以前にまさか言葉が通じなかったとは。想定外だ。
私、そんな難しい言葉を使ったっけ?
同い年だよね? 学園通っているよね?
「つまり! 貴女は治外法権である他国の大使館に不法侵入した上、機密文書を盗み見たってこと! どっちも犯罪よ! 重犯罪! 罪を犯したのは私ではなく、貴女だってこと!」
思わず私も息を荒げてしまう。
ただ、効果はあったようで、ミシェリーが「犯罪」という単語に反応して顔を青ざめた。
前半を理解できたかは甚だ疑問だけれど、少なくとも後半は理解できたはずだ。難しい単語もなかったし。
ミシェリーは再び俯いた。
今度はさすがにキレることはないだろう。
彼女がどういう反応をするか、私は待った。
周囲の観客と化した貴族たちも、固唾を呑んで成り行きをうかがっている。
「…………とよ」
ミシェリーが小声でなにか呟いた。
「え? なに?」
私が聞き返すと、ミシェリーは勢いよく顔を上げた。
その顔は後悔の念に歪んでいるかと思いきや――なぜか、勢いを取り戻していた。
むしろ、これでもかとばかりに勝ち誇ったような高慢さが滲んでいる。
「なんのことよ!?」
「……は?」
「見た目はそんな長い耳をしているのに、耳が悪いですのね!」
ついでにエルフをディスられた。
いや、もちろん聞き取れなかったわけではない。
あの流れで放たれる言葉としては、あまりに突拍子もなかっただけだ。
なに? 『なんのこと』って、こっちこそどういうこと?
「だ・か・ら! 私には身に覚えがないと言ったのですわ! ぜーんぜん! これっぽちも! なに? 不法侵入とか、盗み見たってなんのこと? わたくし、まったく存じませんわね! 証拠でもあるのかしら!?」
開き直った!
いえ、貴女。これだけ大勢の面前で堂々と自分のやった行ないに対して講釈したよね? 身振り手振り付きで!
家名まで出して、自分の名の下に証言したのに!
え、有りなの? そんなの有りなの? それで許されるの?
エルフと人間の常識って違うの? ねえ、誰か教えて!
混乱する私の前に、それまで静観していたもうひとりの馬鹿――もとい、もうひとりの馬鹿――あ、変わってなかった、アーデル王太子がゆっくりと歩み出た。
嫌な予感しかしない。
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