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第3話
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外交問題に戦争と、物騒な単語が飛び出したせいで、周囲の貴族たちも動揺していた。
永らく、リセルドラ王国は戦火にさらされていない。
それは当然、アリシオーネ聖王国の恩恵だ。
平和ボケした貴族でも、そんなことくらいは理解している。
なのに、この最たるといっていい立場の馬鹿が、どうしてわからないのか理解に苦しむ。
王太子は相変わらず意味不明な自信に満ち溢れている。
これで、あの聡明で率直なシャルと兄弟とは思えない。
あ、異母兄弟なんだっけ、確か。こんなのと同じでなくてよかったと心底思う。
「わかりました」
相手はどれだけ正論を並べようとも、きっとどうやっても折れない。なぜなら、はなから他人の話を聞こうとしていないから。
だったら、私のほうから折れるしかない。
厚顔無恥とはよく言ったものだ。無恥の上、無知とは。救いようがない。
「そうか! 我が婚約者となることを決心したか!」
「していません! するわけないでしょう、そんなこと!」
どうしてこんなに前向き思考なのだろう。
少なくとも傍目には、私が嫌っていることくらい、わかりそうなものだけれど。
「あなたとこれ以上の話をするのが、無意味だと悟ったんです。話し合いで納得させるのは無理と判断しました。私はこれで失礼させていただきます」
言うが早いか、私は踵を返して退場しようとした。
本来なら、この場で正式な謝罪でもしてもらうのが筋だろう。
でも、それでは王太子の面目を完全に潰してしまう。会場の雰囲気から察するに、潰すだけ残っていればの話だけれど。
正直、こんな王太子などどうなってもいい。潰れてしまって大いに結構。
ただ、リセルドラ王国との関係性まで潰してはいけない。シャルと私のためにも。
「待て! 衛兵!」
アーデルが号令をかけると、会場の衛兵たちが私の行く手を塞いだ。
「これだけ周囲に迷惑をかけたのだ。なにより、私にな。退場するのは構わんが、まずは謝罪してからにしてもらおう」
「……はぁ? 誰が、誰に謝罪ですって……?」
「お前が私にだ。当然だろう? こういった貴族社会では面子は大事なのだ。いずれ、お前も私に連れ添って出席する機会も増えよう。追々覚えていってもらわないとな」
どうして私がこんな侮辱を受けないといけないのか、本当にわからなくなってきた。
なに、この人間。もしかして、言葉が通じていないの?
いつの間にか、私エルフ語で喋ってたのかしら? うふふ。
「仮に。仮にですよ? 私がこの場で謝罪すれば、婚約は諦めてくれますか?」
「またそんな我侭を。王太子の名に掛けて発表したことだ。婚約はすでに決定事項だ」
殺意ってこういうものだと、初めて知りました。
殴っていいかな? いいよね?
いくら人間の衛兵をけしかけられようと、私にはハイエルフの特技たる精霊魔法がある。
しかも、聖樹六花の一族は、アリシオーネ聖王国の王都にある、大いなる聖樹の加護を常にこの身に受けている。
10や20の衛兵くらい、無傷で相手するのも容易いものだ。
目の前の王太子を捻り潰すことも。
こうやって我慢しているのは、シャルに迷惑をかけたくないからだと、察してほしい。
このまま睨み合っていても話は平行線で、埒が明かなくなってきた。
進展するためには、第三者の介入が不可欠だろう。
私は、周囲を遠巻きに取り囲む貴族たちに視線で助けを求めてみた。
良識ある大人たちに期待して。
しかし、私と目が合うと、誰しもバツが悪そうに目を逸らす。
まあ、そうだよね、自分とこの馬鹿王子が超大国相手に一触即発やらかしてたら、下手に手を出したくはないよね。
どんな流れ矢飛んでくるかわからないし。しかもあの王太子相手だし。
王太子以上に、私にも下手にかかわりたくはないとは思う。
気持ちはわかる。でも助けて。
「――お待ちください!」
そんなとき、少女の声が上がった。
颯爽と歩み出てきたのは、気の強そうな金髪巻き毛の令嬢だ。
年は私やシャルと同じくらいだろう。
もしかしたら、同じ学園の生徒かもしれない。見覚えがある気もする。
正義感の強そうな毅然とした態度。
私には、少女が天使のようにも見えた。
「騙されてはいけません! アーデルお従兄弟様! その女は敵国の諜報員ですのよ!?」
「は?」
違った。天使どころか、また新たな馬鹿の登場だった。
永らく、リセルドラ王国は戦火にさらされていない。
それは当然、アリシオーネ聖王国の恩恵だ。
平和ボケした貴族でも、そんなことくらいは理解している。
なのに、この最たるといっていい立場の馬鹿が、どうしてわからないのか理解に苦しむ。
王太子は相変わらず意味不明な自信に満ち溢れている。
これで、あの聡明で率直なシャルと兄弟とは思えない。
あ、異母兄弟なんだっけ、確か。こんなのと同じでなくてよかったと心底思う。
「わかりました」
相手はどれだけ正論を並べようとも、きっとどうやっても折れない。なぜなら、はなから他人の話を聞こうとしていないから。
だったら、私のほうから折れるしかない。
厚顔無恥とはよく言ったものだ。無恥の上、無知とは。救いようがない。
「そうか! 我が婚約者となることを決心したか!」
「していません! するわけないでしょう、そんなこと!」
どうしてこんなに前向き思考なのだろう。
少なくとも傍目には、私が嫌っていることくらい、わかりそうなものだけれど。
「あなたとこれ以上の話をするのが、無意味だと悟ったんです。話し合いで納得させるのは無理と判断しました。私はこれで失礼させていただきます」
言うが早いか、私は踵を返して退場しようとした。
本来なら、この場で正式な謝罪でもしてもらうのが筋だろう。
でも、それでは王太子の面目を完全に潰してしまう。会場の雰囲気から察するに、潰すだけ残っていればの話だけれど。
正直、こんな王太子などどうなってもいい。潰れてしまって大いに結構。
ただ、リセルドラ王国との関係性まで潰してはいけない。シャルと私のためにも。
「待て! 衛兵!」
アーデルが号令をかけると、会場の衛兵たちが私の行く手を塞いだ。
「これだけ周囲に迷惑をかけたのだ。なにより、私にな。退場するのは構わんが、まずは謝罪してからにしてもらおう」
「……はぁ? 誰が、誰に謝罪ですって……?」
「お前が私にだ。当然だろう? こういった貴族社会では面子は大事なのだ。いずれ、お前も私に連れ添って出席する機会も増えよう。追々覚えていってもらわないとな」
どうして私がこんな侮辱を受けないといけないのか、本当にわからなくなってきた。
なに、この人間。もしかして、言葉が通じていないの?
いつの間にか、私エルフ語で喋ってたのかしら? うふふ。
「仮に。仮にですよ? 私がこの場で謝罪すれば、婚約は諦めてくれますか?」
「またそんな我侭を。王太子の名に掛けて発表したことだ。婚約はすでに決定事項だ」
殺意ってこういうものだと、初めて知りました。
殴っていいかな? いいよね?
いくら人間の衛兵をけしかけられようと、私にはハイエルフの特技たる精霊魔法がある。
しかも、聖樹六花の一族は、アリシオーネ聖王国の王都にある、大いなる聖樹の加護を常にこの身に受けている。
10や20の衛兵くらい、無傷で相手するのも容易いものだ。
目の前の王太子を捻り潰すことも。
こうやって我慢しているのは、シャルに迷惑をかけたくないからだと、察してほしい。
このまま睨み合っていても話は平行線で、埒が明かなくなってきた。
進展するためには、第三者の介入が不可欠だろう。
私は、周囲を遠巻きに取り囲む貴族たちに視線で助けを求めてみた。
良識ある大人たちに期待して。
しかし、私と目が合うと、誰しもバツが悪そうに目を逸らす。
まあ、そうだよね、自分とこの馬鹿王子が超大国相手に一触即発やらかしてたら、下手に手を出したくはないよね。
どんな流れ矢飛んでくるかわからないし。しかもあの王太子相手だし。
王太子以上に、私にも下手にかかわりたくはないとは思う。
気持ちはわかる。でも助けて。
「――お待ちください!」
そんなとき、少女の声が上がった。
颯爽と歩み出てきたのは、気の強そうな金髪巻き毛の令嬢だ。
年は私やシャルと同じくらいだろう。
もしかしたら、同じ学園の生徒かもしれない。見覚えがある気もする。
正義感の強そうな毅然とした態度。
私には、少女が天使のようにも見えた。
「騙されてはいけません! アーデルお従兄弟様! その女は敵国の諜報員ですのよ!?」
「は?」
違った。天使どころか、また新たな馬鹿の登場だった。
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