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第2話
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大国であるリセルドラ王国の王太子と、超大国であるアリシオーネ聖王国の公女との婚約発表に、会場は湧きに湧いた。
ここぞとばかりに貴族が詰めかけ、祝辞を述べてくる。
当の本人の私としては、戸惑うばかりだ。
「わ、私! そんなお話、聞いてもいないんですけど!」
混乱した私は、大声を張り上げた。
そのおかげで硬直も解け、私は動きにくいドレスの裾を掴み上げて、もうひとりの当人たる王太子のアーデルのもとに詰め寄った。
「殿下! どういうことかご説明いただけますか? 私、婚約など、なにも聞いていないのですが!」
アーデルは余裕の笑みでグラスのワインを傾けてから、やれやれといったふうで説明した。
「サプライズというやつだ。いくら嬉しいからといって、そのように興奮するものではないぞ。ははは」
私は思わず、頭がくらっとした。
どうして、私のほうが駄々こねてるみたいに言ってるんだ、この人間は。
(いけないけない。少しは冷静にならないと)
私は少し頭を落ち着かせることにした。
なんといっても、この場にアリシオーネ聖王国の者は私ひとり。
醜態を晒すわけにはいかない。
「サプライズ……ええ、それはもう驚きましたとも。なにぶん、婚約話など今宵初めて耳にしましたので」
「そうだな。今初めて言ったからな」
初めての部分をわざと強調して言ったのだけれど、あっさりと受け流された。
周囲の貴族たちは、私の言動に疑問を抱いたのかざわつき始めている。
よかった。人間全体が王太子みたいにおかしいわけじゃないみたいね。
「私たちは初対面のはずですが?」
「なにを言う。王宮で何度も顔を合わせただろう。私に会うために留学までして、そなたの気持ちは知っている。ういやつだ」
「それは――」
シャルに――と続けようとして、すんでのところで思い止まった。
ここにはシャルがいる。こんなついでのような告白などしたくはない。
私は王太子の顔は知らなかった。正直に言うと、どうでもよかったから。
きっとなにかと理由をつけてはシャルに会うために、足繁く王宮に通う過程で、王太子ともすれ違ったりしていたのだろう。
それを勘違いされた? 当のシャルは気づいてもくれなかったのに!
なんだか、別のもやもやまで湧いてくる。
「とにかく! それは王子の勘違いです。婚約の話はお断りさせていただきます」
「なっ!? なにをそんな我侭を! もう発表してしまったのだぞ!? そなたは私の顔を泥を塗るつもりか!」
逆ギレされた。
なんなのもう、この人間は。
「亜人でありながら、その美貌に免じて、栄えあるリセルドラ王国の次期王妃にしてやるというのだぞ!? 平民には及びもつかない栄誉なことだぞ! そこは喜んで受けるところであろうが!」
「ええ!?」
ちょっと待った。
内容もあんまりだけど、もしかしてこの人間――リセルドラ王国の王子である自分のほうが、身分が高いと思ってる?
海と魔竜の山脈に挟まれているせいで、アリシオーネ聖王国と領土が接している人間の国は、リセルドラ王国しかない。
そのため、はっきり言うと欲深くて信用ならない人間相手は面倒、相手するなら1ヶ国だけで充分ということで、アリシオーネ聖王国はリセルドラ王国と友好関係を結んでいる。
リセルドラ王国が周囲の国々に於いて大国扱いされているのは、アリシオーネ聖王国の後ろ盾のおかげだ。
それが失われると、おそらくリセルドラ王国は1年持たずに他国の手に落ちるだろう。
リセルドラ王国は、アリシオーネ聖王国の事実上の属国に過ぎないことは、子供だって知っているはずなのに。
しかも、私は平民ではない。聖樹六花の三花の出身。人間ふうに言うと、つまりは王族だ。
リセルドラ王国の王太子どころか国王すらも、権力という点では年若い私にすら遠く及ばない。
(なのに、そんなことも知らないわけね。この王太子は……)
呆れるどころか、いっそ哀れに思えてくる。
「亜人の身体はまだ味わったことないからな……楽しみだ」
私のドレス姿を舐め回すように見て呟いている。
エルフは耳がいい。聞こえてるって!
こんなことなら、頑張って胸元が開いたドレスなんて着てくるんじゃなかった。最悪だ。
「ともかくお断りします。ええそれはもう、きっぱりと」
断固として断る私の本気を悟り、アーデルが初めて怯んだ。
「無礼なっ! 王族侮辱は万死に値するぞ!」
私も王族で、先ほどから侮辱されまくっているわけですけど。
本気で本国の聖王に告げ口しようかと思ったけれど――血族中、最も年若な私は、叔父様はじめ一族から猫可愛がりされている。
今回の留学の許可だって、その弱みに付け込んでゴリ押ししたようなものだ。
もし、叔父様にこの件が知られてしまうと、国ごと滅亡させかねない。王太子はどうでもいいけれど、シャルまで巻き添えとなるのはダメ。それはダメだ。
「無礼無礼と申されますが、私をどうなさるおつもりで?」
「あまりに聞き分けがないようなら、いくらそなたとはいえ、衛兵に捕らえさせ、それなりの罰を受けてもらうことになるなぁ……ふっふっ」
すでに目つきがやらしい。どんな罰とやらをするつもりなのだか……
「アリシオーネ聖王国との外交問題になりますよ?」
やりたくはなかったが、権力を嵩にかけて脅してみた。
「ふふん。強がるな、できもしないことを! 仮にアリシオーネ聖王国との戦争になったとて、我が国には最強の魔法兵団がある!」
いえ、その兵団。アリシオーネ聖王国が貸与しているものですよ、念のため。
なぜ、王太子が知らないのか……
頭痛い。誰か助けて。
ここぞとばかりに貴族が詰めかけ、祝辞を述べてくる。
当の本人の私としては、戸惑うばかりだ。
「わ、私! そんなお話、聞いてもいないんですけど!」
混乱した私は、大声を張り上げた。
そのおかげで硬直も解け、私は動きにくいドレスの裾を掴み上げて、もうひとりの当人たる王太子のアーデルのもとに詰め寄った。
「殿下! どういうことかご説明いただけますか? 私、婚約など、なにも聞いていないのですが!」
アーデルは余裕の笑みでグラスのワインを傾けてから、やれやれといったふうで説明した。
「サプライズというやつだ。いくら嬉しいからといって、そのように興奮するものではないぞ。ははは」
私は思わず、頭がくらっとした。
どうして、私のほうが駄々こねてるみたいに言ってるんだ、この人間は。
(いけないけない。少しは冷静にならないと)
私は少し頭を落ち着かせることにした。
なんといっても、この場にアリシオーネ聖王国の者は私ひとり。
醜態を晒すわけにはいかない。
「サプライズ……ええ、それはもう驚きましたとも。なにぶん、婚約話など今宵初めて耳にしましたので」
「そうだな。今初めて言ったからな」
初めての部分をわざと強調して言ったのだけれど、あっさりと受け流された。
周囲の貴族たちは、私の言動に疑問を抱いたのかざわつき始めている。
よかった。人間全体が王太子みたいにおかしいわけじゃないみたいね。
「私たちは初対面のはずですが?」
「なにを言う。王宮で何度も顔を合わせただろう。私に会うために留学までして、そなたの気持ちは知っている。ういやつだ」
「それは――」
シャルに――と続けようとして、すんでのところで思い止まった。
ここにはシャルがいる。こんなついでのような告白などしたくはない。
私は王太子の顔は知らなかった。正直に言うと、どうでもよかったから。
きっとなにかと理由をつけてはシャルに会うために、足繁く王宮に通う過程で、王太子ともすれ違ったりしていたのだろう。
それを勘違いされた? 当のシャルは気づいてもくれなかったのに!
なんだか、別のもやもやまで湧いてくる。
「とにかく! それは王子の勘違いです。婚約の話はお断りさせていただきます」
「なっ!? なにをそんな我侭を! もう発表してしまったのだぞ!? そなたは私の顔を泥を塗るつもりか!」
逆ギレされた。
なんなのもう、この人間は。
「亜人でありながら、その美貌に免じて、栄えあるリセルドラ王国の次期王妃にしてやるというのだぞ!? 平民には及びもつかない栄誉なことだぞ! そこは喜んで受けるところであろうが!」
「ええ!?」
ちょっと待った。
内容もあんまりだけど、もしかしてこの人間――リセルドラ王国の王子である自分のほうが、身分が高いと思ってる?
海と魔竜の山脈に挟まれているせいで、アリシオーネ聖王国と領土が接している人間の国は、リセルドラ王国しかない。
そのため、はっきり言うと欲深くて信用ならない人間相手は面倒、相手するなら1ヶ国だけで充分ということで、アリシオーネ聖王国はリセルドラ王国と友好関係を結んでいる。
リセルドラ王国が周囲の国々に於いて大国扱いされているのは、アリシオーネ聖王国の後ろ盾のおかげだ。
それが失われると、おそらくリセルドラ王国は1年持たずに他国の手に落ちるだろう。
リセルドラ王国は、アリシオーネ聖王国の事実上の属国に過ぎないことは、子供だって知っているはずなのに。
しかも、私は平民ではない。聖樹六花の三花の出身。人間ふうに言うと、つまりは王族だ。
リセルドラ王国の王太子どころか国王すらも、権力という点では年若い私にすら遠く及ばない。
(なのに、そんなことも知らないわけね。この王太子は……)
呆れるどころか、いっそ哀れに思えてくる。
「亜人の身体はまだ味わったことないからな……楽しみだ」
私のドレス姿を舐め回すように見て呟いている。
エルフは耳がいい。聞こえてるって!
こんなことなら、頑張って胸元が開いたドレスなんて着てくるんじゃなかった。最悪だ。
「ともかくお断りします。ええそれはもう、きっぱりと」
断固として断る私の本気を悟り、アーデルが初めて怯んだ。
「無礼なっ! 王族侮辱は万死に値するぞ!」
私も王族で、先ほどから侮辱されまくっているわけですけど。
本気で本国の聖王に告げ口しようかと思ったけれど――血族中、最も年若な私は、叔父様はじめ一族から猫可愛がりされている。
今回の留学の許可だって、その弱みに付け込んでゴリ押ししたようなものだ。
もし、叔父様にこの件が知られてしまうと、国ごと滅亡させかねない。王太子はどうでもいいけれど、シャルまで巻き添えとなるのはダメ。それはダメだ。
「無礼無礼と申されますが、私をどうなさるおつもりで?」
「あまりに聞き分けがないようなら、いくらそなたとはいえ、衛兵に捕らえさせ、それなりの罰を受けてもらうことになるなぁ……ふっふっ」
すでに目つきがやらしい。どんな罰とやらをするつもりなのだか……
「アリシオーネ聖王国との外交問題になりますよ?」
やりたくはなかったが、権力を嵩にかけて脅してみた。
「ふふん。強がるな、できもしないことを! 仮にアリシオーネ聖王国との戦争になったとて、我が国には最強の魔法兵団がある!」
いえ、その兵団。アリシオーネ聖王国が貸与しているものですよ、念のため。
なぜ、王太子が知らないのか……
頭痛い。誰か助けて。
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