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第十二章
悪魔からの招待状 1
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俺たち一行は、獣人の郷での別れもそこそこに帰路に着くことにした。
叔父やリィズさんと相談して、件の封筒は獣人の郷から充分に距離を取ってから、ひらけた丘の上で開けることになった。
なにせ、『合わせ鏡の悪魔』こと魔族序列3位、リシェラルクトゥからの贈り物だ。
リシェラルクトゥが俺に懇親とも取れる執着を見せているのは承知だが、それすら戯れのためのフェイクである可能性は否めない。
些細な気まぐれや心変わりで、簡単に命を奪おうとする危険性も孕んでいる。
封筒を開けたが最後、周囲を巻き込むような魔法を仕組まれていたとしても、なんら不思議ではないだろう。
決して油断はできない。
実際に封筒を開けるのは、叔父が引き受けてくれた。
というか、他の者ではいざというときに対処ができないからだ。
丘の中央に叔父が立ち、俺・リィズさん・リオちゃんの面々は、念のために離れた岩陰に身を隠すことを指示された。
遠目に様子を窺っていると、その動作から叔父が一気に封筒を引き裂いたのが見て取れた。
反射的に身を竦めたものの、物音ひとつしかなった。
叔父はその後、封筒を引っ繰り返しては覗いてを繰り返し――なにやら首を傾げている。
ひとしきり封筒を弄ってから、叔父が手を大きく掲げて、手招きしてきた。
「……叔父さん、どうだった?」
小走りで駆け寄ると、叔父は肩を竦めながら出迎えた。
「封筒自体に罠の類はなかったな。こんなものが入ってた。見てみろ」
叔父から手渡された封筒の中身を恐る恐る探ってみると、中には1枚のカードが残されていた。
形状的にメッセージカードのようだが、裏表共にカード自体にはなにも記載されていない。
材質が単なる紙ではないにしろ、見る角度を変えたり陽光に透かしてみても、それはただの真っ白なカードに過ぎなかった。
「なにこれ? どんな意味が?」
「さてな。現状では俺にもわからん」
叔父が訝る俺の手からカードを抜き取った。
足元では興味津々のリオちゃんが、カードを奪い取ろうとぴょんぴょんジャンプしていたが、叔父は素知らぬ顔で躱している。
「ただ、なんか妙な気配はするな。危険な感じじゃないから大丈夫だろうが、なんらかの魔法が施されているな、これは」
「魔法って、そんなこともできるんだ?」
「ああ。魔族の魔法は特殊だからな。強力な火力に目を奪われがちだが、単純な魔法を模倣するだけの魔法具とは比較にならん汎用性がある」
脳裏に、真っ先にサルバーニュの魔法が浮かんだ。
姿形を真似る幻術はともかく、他人の記憶すらも我が物とする魔法は明らかに異端だろう。
上位魔族の使う転移魔法だってそうだ。魔法具の技術では、そこまで到底至っていない。
「餅は餅屋。魔法なら魔法具技師だ。専門家に鑑てもらうとするか。カルディナには『ガトー魔法具店』って店がある。そこのじっさまに――」
「あ、『ガトー魔法具店』。デジーのとこだね」
「デジー? ああ、そういやじっさま、もうずいぶん前に引退して、弟子に店を任せきりって話だったっけか。知り合いか?」
「うん。ウチの常連」
「なるほどな。魔法具素材のお得意様はあそこだったか。……そういや、いたなー。ちっさな無愛想な娘っ子に、昔会った記憶がある」
「ははっ、そうなんだ」
尖がり帽子の下の、デジーの仏頂面が思い返される。
「今でもあんまり変わらないけどね。腕はいいから、街に戻ったら訪ねてみるよ」
物が魔法に関するものだけに、普段と打って変わったデジーの興奮顔が今から目に浮かぶ。
思い出し苦笑いしながら、叔父からカードを受け取った。
勇者である叔父は、おいそれと街で姿を晒すわけにはいかない。
だったら、鑑定の役目は必然的に俺の仕事になる。
「そうと決まれば、急いで戻るか。悪いが、秋人は街に直行してくれ。俺たちはいったん家に戻る。結果が出たら、電話でいいから知らせてくれ。ま、碌でもないもんだとは思うがよ」
思うどころか確実にそんな気がする。
否定したくてもできない確信があった。
「同感だね。はぁ……」
嘆息してから、移動のために再び疾風丸に跨った。
目的が墓参りだったとはいえ、ほんの先日に出発した時点では、異世界の新たな地、そこに住む獣人と出会える期待に満ち溢れていたのだが……行きと帰りでこうも心情が違うものかと、嘆きたくなる。
なんというか、ちょっと街を離れただけでいつもそんな感じになってしまうのは、呪われてでもいるのだろうか。
そんな胸中も知らず、座席に座る股の間のリオちゃんは、呑気にたまごろーの殻を齧りつくのを再開していた。
叔父やリィズさんと相談して、件の封筒は獣人の郷から充分に距離を取ってから、ひらけた丘の上で開けることになった。
なにせ、『合わせ鏡の悪魔』こと魔族序列3位、リシェラルクトゥからの贈り物だ。
リシェラルクトゥが俺に懇親とも取れる執着を見せているのは承知だが、それすら戯れのためのフェイクである可能性は否めない。
些細な気まぐれや心変わりで、簡単に命を奪おうとする危険性も孕んでいる。
封筒を開けたが最後、周囲を巻き込むような魔法を仕組まれていたとしても、なんら不思議ではないだろう。
決して油断はできない。
実際に封筒を開けるのは、叔父が引き受けてくれた。
というか、他の者ではいざというときに対処ができないからだ。
丘の中央に叔父が立ち、俺・リィズさん・リオちゃんの面々は、念のために離れた岩陰に身を隠すことを指示された。
遠目に様子を窺っていると、その動作から叔父が一気に封筒を引き裂いたのが見て取れた。
反射的に身を竦めたものの、物音ひとつしかなった。
叔父はその後、封筒を引っ繰り返しては覗いてを繰り返し――なにやら首を傾げている。
ひとしきり封筒を弄ってから、叔父が手を大きく掲げて、手招きしてきた。
「……叔父さん、どうだった?」
小走りで駆け寄ると、叔父は肩を竦めながら出迎えた。
「封筒自体に罠の類はなかったな。こんなものが入ってた。見てみろ」
叔父から手渡された封筒の中身を恐る恐る探ってみると、中には1枚のカードが残されていた。
形状的にメッセージカードのようだが、裏表共にカード自体にはなにも記載されていない。
材質が単なる紙ではないにしろ、見る角度を変えたり陽光に透かしてみても、それはただの真っ白なカードに過ぎなかった。
「なにこれ? どんな意味が?」
「さてな。現状では俺にもわからん」
叔父が訝る俺の手からカードを抜き取った。
足元では興味津々のリオちゃんが、カードを奪い取ろうとぴょんぴょんジャンプしていたが、叔父は素知らぬ顔で躱している。
「ただ、なんか妙な気配はするな。危険な感じじゃないから大丈夫だろうが、なんらかの魔法が施されているな、これは」
「魔法って、そんなこともできるんだ?」
「ああ。魔族の魔法は特殊だからな。強力な火力に目を奪われがちだが、単純な魔法を模倣するだけの魔法具とは比較にならん汎用性がある」
脳裏に、真っ先にサルバーニュの魔法が浮かんだ。
姿形を真似る幻術はともかく、他人の記憶すらも我が物とする魔法は明らかに異端だろう。
上位魔族の使う転移魔法だってそうだ。魔法具の技術では、そこまで到底至っていない。
「餅は餅屋。魔法なら魔法具技師だ。専門家に鑑てもらうとするか。カルディナには『ガトー魔法具店』って店がある。そこのじっさまに――」
「あ、『ガトー魔法具店』。デジーのとこだね」
「デジー? ああ、そういやじっさま、もうずいぶん前に引退して、弟子に店を任せきりって話だったっけか。知り合いか?」
「うん。ウチの常連」
「なるほどな。魔法具素材のお得意様はあそこだったか。……そういや、いたなー。ちっさな無愛想な娘っ子に、昔会った記憶がある」
「ははっ、そうなんだ」
尖がり帽子の下の、デジーの仏頂面が思い返される。
「今でもあんまり変わらないけどね。腕はいいから、街に戻ったら訪ねてみるよ」
物が魔法に関するものだけに、普段と打って変わったデジーの興奮顔が今から目に浮かぶ。
思い出し苦笑いしながら、叔父からカードを受け取った。
勇者である叔父は、おいそれと街で姿を晒すわけにはいかない。
だったら、鑑定の役目は必然的に俺の仕事になる。
「そうと決まれば、急いで戻るか。悪いが、秋人は街に直行してくれ。俺たちはいったん家に戻る。結果が出たら、電話でいいから知らせてくれ。ま、碌でもないもんだとは思うがよ」
思うどころか確実にそんな気がする。
否定したくてもできない確信があった。
「同感だね。はぁ……」
嘆息してから、移動のために再び疾風丸に跨った。
目的が墓参りだったとはいえ、ほんの先日に出発した時点では、異世界の新たな地、そこに住む獣人と出会える期待に満ち溢れていたのだが……行きと帰りでこうも心情が違うものかと、嘆きたくなる。
なんというか、ちょっと街を離れただけでいつもそんな感じになってしまうのは、呪われてでもいるのだろうか。
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