異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

文字の大きさ
上 下
93 / 184
第七章

異世界で遭難しました 2

しおりを挟む
 もう3日も太陽を拝んでいない。

 真の闇ではなく、辛うじてでも自分の手足の輪郭が見えるのは、どこかしらから外界の光が漏れ出ているからだろうが、それに感謝するほど殊勝にはなれなかった。
 普段から夜は部屋を暗くしないと眠れない性質だったが、暗いからといって寝れるわけではないことを、あらためて思い知った。

 いつ、どの物陰から、なにが飛びだしてくるかわからない現状。
 ほんの短時間でも意識を手放しただけで、次に目を覚ますことができるのかすらわからない。
 これで爆睡できるような酔狂な者がいたら、是非お目にかかりたいものだ。

 この3日間、まともに寝れていない。神経が極限まで研ぎ澄まされ、寝るどころの話ではなかった。
 ”おかげで”と言っていいのかは微妙だが、この状況ではありがたい。

 ただ、眠気こそ感じないが、疲労は着実に溜まっていた。
 悪い兆候であり、限界が近いということも自覚している。
 持ってあと2日……3日持てば僥倖だろう。考えたくもないが、それがタイムリミットになる。

 カルディナの街で魔族に襲撃を受けた際にも、死を覚悟して恐怖した瞬間はあったが、これはまた質がまったく異なっていた。
 一過性の恐怖、ましてや戦闘の昂揚と興奮に抑制されて麻痺していたあのときと違い、今のこれはじわじわと理性と心を蝕んでくる恐怖だ。

 3日間も地下を這いずり回ってわかったことだが、この地下空洞は単に横に広いだけの空間ではなかった。
 むしろ、恐るべきはその立体構造にあるだろう。
 蟻の巣を想像すればいいだろうか。地下通路はいくつもの層に分岐しており、縦横無尽に広がっている。

 地表を目指して進んでいるはずが、上へ向かうのは至難でも下へ落ちるのは容易いらしい。
 もともと地盤が弱いようで、小規模の崩落や滑落には何度も巻き込まれた。

 ゲームのように、傍目でわかるような上りの階段でも用意されていると楽なのだが、現実でそうは問屋が卸してくれない。
 せっかく覚えた精霊魔法で上層へ駆け上がろうにも、脆い足場と狭い場所で上手くいきそうになかった。
 一応、試してはみたものの、壁や天井に激突するリスクばかりが高く、ましてや視界も悪い中での不意の怪我は死に直結するだけに、とても現実的とはいえなかった。

 だからこそ地道に踏み固められた通路を選び、しっかりとした足場をよじ登り、前へ上へと進むわけだが――問題はそういう場所こそ、他の生物にとっても行動しやすいということだ。
 この空洞を根城にした生物は意外に多く、地下ゆえに食料に乏しいようで、どいつもこいつも貪欲だった。

 当初、疾風丸で3層ほどの地下階層を突き破って墜落した先は、ちょっとした広間になっていた。
 そして、まだ闇に目が慣れないうちから、手酷い歓迎を受ける破目となった。

 襲いかかってきたのは、体長1メートルほどのオオトカゲの群れ。
 群れといっても5匹にも満たないものだったため、炎の魔法石で難なく撃退できた。

 しかしそれは完全な誤りで、暗闇の中に浮かぶ炎の灯りは、周囲からはとても魅惑的に映ったらしい。
 見る間に他のオオトカゲまでが押し寄せてきた。

 必死に撃退するものの、今度はオオトカゲの血の匂いに誘き寄せられ、もっと大型の捕食者が現われる始末。
 次第に広間が埋め尽くされるほどになり、捕食者同士の争いや共食いまで始まる中、最終的には最大の捕食者――地竜までもが登場して、場は壮絶の一言に尽きた。

 混乱に乗じて、運よく岩棚に避難することができて難を逃れたものの――隠れた岩棚から丸半日以上も身動きが取れず、眼下の弱肉強食の嵐が過ぎるのをじっと待つばかりとなった。

 あの叔父ならばともかく、俺は悲しいまでに凡人だ。
 多勢に無勢を覆せるだけの力はない。下手な攻撃や反撃は、逆効果になるだろう。

 それ以降、俺は逃げの一手だ。
 地を這い、陰から陰へ、汚泥にまみれ、どうにか危険をやり過ごしている。

 ただ、入り組んだ洞窟の構造上、どうしても避けて通れない場所もある。
 現状、俺の前面に広がっているのがそんな場所だ。

 大規模な空洞になっており、薄明かりの中を見渡す限り、身を隠して移動できるような岩陰もない。
 こういった広いところなど、捕食者にとっては絶好の狩場だろう。現に、いくつもの動物の骨が地面に散らばっているのが見て取れる。

 ここは全力で駆け抜けたいところだが、なにせ奥が見通せないほどに広い。
 危険を承知でスマホのライトで照らしてみたが、ちっぽけな明かりでは全容を知るには至らなかった。
 ただ、辛うじて右手の奥に、上層からの崩落跡が窺えた。

(あそこなら、精霊魔法の『風精の舞靴』で駆け上がって、上層にショートカットできる……かもしれないな)

 些細な希望ではあるものの、少しでも早く地上に逃れたい欲求には抗い難く、意を決して空洞に足を踏み入れることにした。

 身を屈め、周囲に気を配りながら、壁沿いに少しずつ進んでゆく。
 暗闇の向こう――中央付近から、なにかの唸り声が聞こえた気がしたが、あえて考えないようにした。
 すでに戻るのも進むのも、危険度は変わらない状況だ。ならば、少しでも進んだほうがいいに決まっている。

 それにどういうわけか、このデラセルジオ大峡谷の地下洞窟に棲む生物は、聴覚も嗅覚も鈍いらしい。
 日頃からこんな暗闇で過ごしているのだから、夜目でも利きそうなものだが……こちらが目視できない距離で察知されたことはいまだになかった。

(だから大丈夫!)

 根拠の薄い望みに縋り、鼓舞しつつ進み続ける。

 もう少しで崩落跡に着く――そんなところで、耳障りな音が聞こえた。

(上……?)

 頭上を仰ぎ見たと同時に、上空の闇の中から黒い塊が急下降してきて、頬をかすって通り過ぎた。
 疼痛と、なにかが頬を伝う感触に頬を撫でると、掌が血で染まっていた。

「――!?」

 次いで、別の方向からまた黒い物体が飛来する。

 反射的に肩にかけていた保温バッグを振り回すと、タイミングよくぶつかって、そいつを叩き落すかたちとなった。

 耳を突く「キィッ!」という金切り声を上げて地面に転がった物体を確認すると、それは大型の蝙蝠だった。
 名前通りの蝙蝠羽に、鋭い牙。

 ここ数日で、何度か見たことがある。
 大型の獣すら集団で襲っていた吸血蝙蝠だ。
 虫の死骸にたかる蟻の如く、纏わりつかれた獲物は瞬く間に体液を吸われて、干物と化していた。

 ってことは。

 頭上の闇に目を凝らすと、闇と潜む夥しい数の蝙蝠と目が合った。
 それを皮切りに、いっせいに蝙蝠の天井が落ちてくる。

 叫び声が出そうになるのを咄嗟に抑えて、考える前に横っ飛びした。
 蝙蝠の群れが下半身を通り過ぎていったが、何故か怪我はなかった。
 勢いに任せて一回転し、慣れない受身を取る。

 吸血蝙蝠の群れは、一己の生物であるかのように統率の取れた飛行で大きく旋回し、再びこちらに向かってきた。

 間合いが開いた分、今度は対応する余裕がある。
 先ほどの唸り声が気にはなったが、そのような場合でもなく、俺は炎の魔法石に念じた。

(炎の膜で包み込むイメージ!)

 魔法は具現化し、盛んな炎を撒き散らしながら蝙蝠の群れを包囲する。
 数羽が炎にまみれて地面に落ち、大部分が飛び去って一応は事なきを得た。

 しかしながら、その行為は盛大に狼煙を焚いてこちらの存在をアピールしてしまったに等しく、すぐさま続く一難が順番待ちしていた。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...