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第七章
異世界で遭難しました 1
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薄暗い洞窟の中を、スマホのか細い光を頼りに進んでいく。
足元はぬかるんでおり、時折足を取られそうになるが、立ち止まってはいられない。
視界の隅を小さな動物の影が横切るのにも神経をすり減らしながらも、ともかく前へ前へと歩むしかない。
隣の岩の向こうに、大きな影が見えた。
即座にスマホのライトを消し、岩陰に滑り込んで息を殺す。
地響きと荒い呼吸音を響かせながら、岩を境界としたほんの数メートルばかり先を、巨大な体躯を誇る生物が悠然と通り過ぎていく。
ちらりと見えた輪郭は、とても同じ生物とは思えないほど鋭利で歪な形をしており、いっそ岩石で組まれた彫刻といわれたほうがしっくりくるほどだった。
微かな明かりを、その独特な縦長の瞳孔が反射していた。無機質な眼に、背筋が凍りそうになる。
一瞬、瞳に自分の姿が映ったようで、心臓が止まりそうになったが、幸いにも杞憂に終わった。
爬虫類的なその生物は、こちらの存在には気づかず――無事に過ぎ去ってくれた。
「はあっ――」
盛大に息を吐き出した。
息を潜めるどころか、完全に止めてしまっていたらしい。
動悸が激しく、生きた心地がしない。
広大な地下の空間。ダンジョンといっても差し支えないこの場にいるのは、自分ひとりだ。
叔父はなんと言ったっけ。確か……『デラセルジオ大峡谷』。
デッドさんから聞いたのは、通称『竜の谷』、地竜――ドラゴンの巣窟。
そして、今こうしているのは、その周囲に広がる地下空洞。
渓谷自体、地表がこの地下に陥没して出来たものらしい。
ほんの数日前、ドラゴンを見たいなどと胸躍らせた自分が恨めしい。
絵物語のドラゴンは雄大にして勇壮だが、実物は醜悪で畏怖すべき、鱗に覆われた牙持つ凶悪な獣だった。
どうしてこうなった? と自問する。
が、当然、答えてくれる者はいないので、自答するしかない。
あれは、つい一昨日。エルフの郷からの帰り道だった。
帰りも付き添ってくれる予定だったデッドさんが、ディラブローゼスさんに掴まって、説教で足止めを喰って待ち合わせ場所に来なかった。
それで出発を遅らせればよかったのだろうが、一度は来た道だしデッドさんも大変だろうと、変な遠慮をしたのがまずかった。
他のエルフから地図と案内図を貰い、なんとかなるだろうと高をくくって帰路に着いたはいいものの、現実はそんなに甘くなかった。
最大の要因は、ここを異世界だと忘れかけていたことだろう。
GPSやナビもなく、そもそもこの世界の地図自体が正確とは限らないなどと、頭の片隅にもなく――結果、とんでもなく見当違いの方向に進んでいた。
それでも、行きと同じく疾風丸を乗りこなせていれば、時間はかかってもなんとかなったのかもしれない。
最後の誤算は、疾風丸の操縦に関して、陰でデッドさんがずいぶん気を使っていてくれていたことだ。
実際、ひとりで飛ばした疾風丸は、精霊魔法のド初心者に扱えるほど簡単ではなく――結果として、本物のロケットに成り果てた。
コントロール不能、制限速度無視のロケットは、乗り手をほったらかしで好き勝手に飛び回った挙げ句、見知らぬ場所へ墜落した。
大した怪我もなく、生きていたのは重畳だろう。
しかし、その代償は大きく、墜落先は渓谷の地下だった。
大地の裂け目に、すっぽりと飛び込んでいった感じになったらしい。
自業自得は自覚しているが、それにしては過分すぎないだろうか、と思わないでもない。
ここで貰っておいた『精霊の水鏡』がさっそく役に立ち、叔父にはすぐに連絡がついた。
これがなかったら、きっとこの時点で詰んでいた。
叔父からは、それまでの経緯と周囲の状況から、ここが『デラセルジオ大峡谷』だろうとの説明を受けた。
冒険者たちの間では有名な場所で、若き日の叔父も潜ったことがあるらしい。
叔父に連絡がついたことで、安堵してしまった。
これでなんとかなるだろうと。
だからこそ、あのとき最後に言われた叔父の声が耳に残る。
『必ず助けに行く。だから死ぬなよ、秋人』
つまりは、死ぬかもしれない――ということ。
いつもの軽口で返そうとしたが、叔父の真剣な声音に言葉が出なかった。
それが一昨日のことだ。
叔父の指示通り、まずは地上を目指して進んでいる。
地下は特に獰猛な生き物が徘徊しているらしく、一箇所に留まっていることすら命取りだということだ。
幸いというか、エルフの郷に向かう際に用意していた食料が、保温バッグふたつ分も丸々余っていたため、飲食には困っていない。
すでに叔父は家を出たらしく、電話は通じない。
他の相手なら通話はできるだろうが、いつも持参しているソーラー充電器も地下では大して役に立たず、次回いつ充電できるか読めない現状に、バッテリーの無駄遣いはできなかった。
そういや、街からエルフの郷に向かうときに、なにを思ったっけ。
通常なら一生に一度もない経験、異世界を見て回る意味でも有意義でよかった、異世界の旅を楽しもう――だったっけ。
「あはは、は……はぁ……」
乾いた笑いがため息に変わる。
それでも前を向くしかなかった。
足元はぬかるんでおり、時折足を取られそうになるが、立ち止まってはいられない。
視界の隅を小さな動物の影が横切るのにも神経をすり減らしながらも、ともかく前へ前へと歩むしかない。
隣の岩の向こうに、大きな影が見えた。
即座にスマホのライトを消し、岩陰に滑り込んで息を殺す。
地響きと荒い呼吸音を響かせながら、岩を境界としたほんの数メートルばかり先を、巨大な体躯を誇る生物が悠然と通り過ぎていく。
ちらりと見えた輪郭は、とても同じ生物とは思えないほど鋭利で歪な形をしており、いっそ岩石で組まれた彫刻といわれたほうがしっくりくるほどだった。
微かな明かりを、その独特な縦長の瞳孔が反射していた。無機質な眼に、背筋が凍りそうになる。
一瞬、瞳に自分の姿が映ったようで、心臓が止まりそうになったが、幸いにも杞憂に終わった。
爬虫類的なその生物は、こちらの存在には気づかず――無事に過ぎ去ってくれた。
「はあっ――」
盛大に息を吐き出した。
息を潜めるどころか、完全に止めてしまっていたらしい。
動悸が激しく、生きた心地がしない。
広大な地下の空間。ダンジョンといっても差し支えないこの場にいるのは、自分ひとりだ。
叔父はなんと言ったっけ。確か……『デラセルジオ大峡谷』。
デッドさんから聞いたのは、通称『竜の谷』、地竜――ドラゴンの巣窟。
そして、今こうしているのは、その周囲に広がる地下空洞。
渓谷自体、地表がこの地下に陥没して出来たものらしい。
ほんの数日前、ドラゴンを見たいなどと胸躍らせた自分が恨めしい。
絵物語のドラゴンは雄大にして勇壮だが、実物は醜悪で畏怖すべき、鱗に覆われた牙持つ凶悪な獣だった。
どうしてこうなった? と自問する。
が、当然、答えてくれる者はいないので、自答するしかない。
あれは、つい一昨日。エルフの郷からの帰り道だった。
帰りも付き添ってくれる予定だったデッドさんが、ディラブローゼスさんに掴まって、説教で足止めを喰って待ち合わせ場所に来なかった。
それで出発を遅らせればよかったのだろうが、一度は来た道だしデッドさんも大変だろうと、変な遠慮をしたのがまずかった。
他のエルフから地図と案内図を貰い、なんとかなるだろうと高をくくって帰路に着いたはいいものの、現実はそんなに甘くなかった。
最大の要因は、ここを異世界だと忘れかけていたことだろう。
GPSやナビもなく、そもそもこの世界の地図自体が正確とは限らないなどと、頭の片隅にもなく――結果、とんでもなく見当違いの方向に進んでいた。
それでも、行きと同じく疾風丸を乗りこなせていれば、時間はかかってもなんとかなったのかもしれない。
最後の誤算は、疾風丸の操縦に関して、陰でデッドさんがずいぶん気を使っていてくれていたことだ。
実際、ひとりで飛ばした疾風丸は、精霊魔法のド初心者に扱えるほど簡単ではなく――結果として、本物のロケットに成り果てた。
コントロール不能、制限速度無視のロケットは、乗り手をほったらかしで好き勝手に飛び回った挙げ句、見知らぬ場所へ墜落した。
大した怪我もなく、生きていたのは重畳だろう。
しかし、その代償は大きく、墜落先は渓谷の地下だった。
大地の裂け目に、すっぽりと飛び込んでいった感じになったらしい。
自業自得は自覚しているが、それにしては過分すぎないだろうか、と思わないでもない。
ここで貰っておいた『精霊の水鏡』がさっそく役に立ち、叔父にはすぐに連絡がついた。
これがなかったら、きっとこの時点で詰んでいた。
叔父からは、それまでの経緯と周囲の状況から、ここが『デラセルジオ大峡谷』だろうとの説明を受けた。
冒険者たちの間では有名な場所で、若き日の叔父も潜ったことがあるらしい。
叔父に連絡がついたことで、安堵してしまった。
これでなんとかなるだろうと。
だからこそ、あのとき最後に言われた叔父の声が耳に残る。
『必ず助けに行く。だから死ぬなよ、秋人』
つまりは、死ぬかもしれない――ということ。
いつもの軽口で返そうとしたが、叔父の真剣な声音に言葉が出なかった。
それが一昨日のことだ。
叔父の指示通り、まずは地上を目指して進んでいる。
地下は特に獰猛な生き物が徘徊しているらしく、一箇所に留まっていることすら命取りだということだ。
幸いというか、エルフの郷に向かう際に用意していた食料が、保温バッグふたつ分も丸々余っていたため、飲食には困っていない。
すでに叔父は家を出たらしく、電話は通じない。
他の相手なら通話はできるだろうが、いつも持参しているソーラー充電器も地下では大して役に立たず、次回いつ充電できるか読めない現状に、バッテリーの無駄遣いはできなかった。
そういや、街からエルフの郷に向かうときに、なにを思ったっけ。
通常なら一生に一度もない経験、異世界を見て回る意味でも有意義でよかった、異世界の旅を楽しもう――だったっけ。
「あはは、は……はぁ……」
乾いた笑いがため息に変わる。
それでも前を向くしかなかった。
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