異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第十一章

墓所にて

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 しばし歩き、丘を越えたその先に、それはあった。

 見渡す一面に広がる黒ずんだ大地。
 すでに10数年もの歳月を経てなお、戦火で焼けた地には緑が蘇える気配はない。
 その一画に、墓地と呼ばれる場所があり、簡素ながら墓石代わりの石が等間隔に置かれ、それが視界の果てまで延々と続いていた。

 ここはかつての戦争で魔族襲撃の折、大多数の獣人の部族が結集して防衛線を築いた場所らしい。
 事前に聞かされていたことだったが、実際に目の当たりにすると、どれほどの激戦がここで繰り広げられ、どれほどの犠牲を積み上げることになったのか容易に知れた。

 リィズさんの父親は獣人であり、母親は人間だった。
 両親の馴れ初めまでリィズさん自身も聞いたことはなかったらしい。
 ただそれでも、ふたりは種族の垣根を越えて愛し合い、そしてリィズさんが生まれたことは事実だ。

 実際のところ、この場でリィズさんの両親が亡くなったわけでも、遺体がここに埋められているわけでもない。
 かつてはこの郷で暮らしていたリィズさんの一家は、差別と偏見から故郷を追われた。
 リィズさんの父親は、隠れ住む場所で魔族との戦闘に巻き込まれて亡くなり、母親も後を追うように亡くなったという。

 ひとり残された幼いリィズさんは、当時、冒険者だったグリズ長老に半死半生だったところを拾われた。
 リィズさんは両親の遺体の行方も、どこで亡くなったかということすら覚えていない。
 だからこそ、父の故郷であるこの場所に墓を作ったそうだ。

 魂だけでも、故郷を守るために命を落とした仲間たちと共にあることを願って。

「父さん、母さん……ご無沙汰しておりました」

 とある墓石の前で、リィズさんが胸に手を添え、片膝を付いて跪いた。
 リオちゃんもそれに倣っている。

 これが、獣人の祈りの捧げ方らしい。

「秋人。こういうのは形式じゃなくて気持ちの問題だ」

「……そうだね。そうするよ」

 俺は自分がもっとも親しみ深い、両手を合わせて小さく念仏を唱えた。

 そうして、しばらく無言の刻が流れる。

「今回はありがとうございました。アキトさん」

 祈りを捧げ終えたリィズさんは、どこか清々しい顔をしていた。

 両親とどんな話をしたのかわからないが、リィズさんが隣のリオちゃんの頭を撫でる手には、普段に増して慈しみを感じられた。

「いえ。そんな……か、家族ですから」

 気恥ずかしくて、思わずどもってしまうと、後頭部に叔父の張り手が飛んできた。

「ばかたれ。そこで照れんな! はっはっ!」

「……ちょっと、叔父さん。冗談抜きで、死ぬほど痛いんだけど」

 恨めしそうに見ると、叔父はよりいっそう楽しげに笑っていた。
 リィズさんもつられて笑い、リオちゃんなどは転げて腹を抱えている。

 仕方がないので、俺も笑うことにした。

「やーやー! 楽しそうじゃねーの、セージ! 俺も混ぜてくれよ!」

 いつの間に来たのだろう。
 唐突な声と共に、先ほど別れたはずのラッシさんが、陽気に両手を掲げてやってきた。

「どうした、ラッシ? まだやられ足りなかったってか?」

「いやー、そういうわけじゃねえんだけどよ。ちっと野暮用ができてな」

「ほう、野暮用?」

「……叔父さん」

 俺は、叔父の陰に身を隠すように寄り添い、そっと告げた。

 背筋に緊張が走る。
 そう、感じるのだ。この漠然とした違和感には覚えがある。

「わかってるさ」

 叔父が俺の肩に手を置き、ラッシさんとの間合いを1歩だけ詰めた。

「ひとつ教えておいてやるよ、ラッシ。獣人は先祖を尊ぶ。故人との語らいの場に、のこのこ横から首を突っ込む獣人なんていないんだよ。いくら、いろいろ足りないラッシでもな」

 叔父の纏う気配が、剣呑なものに変わる。

 それを見たラッシさんの獣面から、不意にいっさいの感情が消えた。
 代わりに、つい今し方までとは明らかに違う、歳を経た老年の声音が響く。

「……これはこれは、失礼いたしました。やはり、見た目だけ真似ただけでは、ぼろが出てしまうようですな」

 獣人の強靭な体躯が、老紳士の痩身のスーツ姿に置き換わる。

 シルフィの警戒信号が最大限にまで跳ね上がった。
 シルクハットを載せた白髪の下では、銀色の双眸が瞬いている。

「”影法師”サルバーニュ……高位魔族」

 緊張で喉が鳴るのが聞こえた。
 ベルデンの一件での暗躍、フェブに行なった唾棄すべき非道は、記憶に新しい。

「覚えていただけたようで、なによりですな」

 サルバーニュが恭しく礼をした。

「墓前を血で穢したりはしたくない。今回は見逃してやる。消えろ」

「おお、怖いですな。勇者殿。わたくしとて、争いをしに参ったわけではありません。言ったでしょう、用があると。ただし、用があるのは、そちらのアキト様にですが」

「お、俺?」

「我が主より、これを」

 サルバーニュが指を鳴らすと、俺の眼前に1枚の封筒が出現し、ゆっくり手の中に収まった。

「主って……リシェラルクトゥ?」

「さようで。たしかにお渡しいたしましたよ」

 封筒には封蝋が施してあり、中身は見えない。
 ただ、こうして持っているだけでも、言い知れない滲み出る悪意のようなものを感じてしまう。

「それにしても、主の酔狂にも困ったものです。わたくし個人の意見としましては、わたくしの影をいとも容易く見破ってしまうアキト様は、この場で早々に排除しておきたいのですが――」

 紳士的な笑みは絶やさぬまま、サルバーニュからおぞましい殺気が迸る。

 だが、それはほんの一瞬だけで、すぐに霧散した。

「残念なことですが、アキト様を害することのないよう、主より厳命されておりますゆえ」

「人の身内に、くだらない脅しをかけてるんじゃねえぞ」

「くくっ、お許しを。ほんの軽い冗談です。ではこれにて、失礼させていただきます」

 サルバーニュは会釈した姿勢のまま、足元に発生した闇の渦に呑まれて姿を消した。

 墓地は、にわかにもとの静寂を取り戻す。

「大丈夫だったか、秋人?」

「ははは……なんとかね」

 空元気を見せてみるものの、腰砕けになってしまい、地面にしゃがみ込んでしまった。
 ほんの瞬間的だったが、殺気にあてられてしまった。

「ちっ! リィズには悪いが、最後が胸糞悪い墓参りになっちまったな。ただ、その手紙の件もある。急いで帰って対策を練るとするか」

「……うん、そうだね」

「ええ」

「あいー」

 各々返事をする。

 こうして、目的の墓参りだけは無事に終えたのだが――なにが起ころうとしているのか、今後を考えるだけでも頭の痛い日々は続きそうだった。
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