異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

文字の大きさ
上 下
180 / 184
第十一章

墓所にて

しおりを挟む
 しばし歩き、丘を越えたその先に、それはあった。

 見渡す一面に広がる黒ずんだ大地。
 すでに10数年もの歳月を経てなお、戦火で焼けた地には緑が蘇える気配はない。
 その一画に、墓地と呼ばれる場所があり、簡素ながら墓石代わりの石が等間隔に置かれ、それが視界の果てまで延々と続いていた。

 ここはかつての戦争で魔族襲撃の折、大多数の獣人の部族が結集して防衛線を築いた場所らしい。
 事前に聞かされていたことだったが、実際に目の当たりにすると、どれほどの激戦がここで繰り広げられ、どれほどの犠牲を積み上げることになったのか容易に知れた。

 リィズさんの父親は獣人であり、母親は人間だった。
 両親の馴れ初めまでリィズさん自身も聞いたことはなかったらしい。
 ただそれでも、ふたりは種族の垣根を越えて愛し合い、そしてリィズさんが生まれたことは事実だ。

 実際のところ、この場でリィズさんの両親が亡くなったわけでも、遺体がここに埋められているわけでもない。
 かつてはこの郷で暮らしていたリィズさんの一家は、差別と偏見から故郷を追われた。
 リィズさんの父親は、隠れ住む場所で魔族との戦闘に巻き込まれて亡くなり、母親も後を追うように亡くなったという。

 ひとり残された幼いリィズさんは、当時、冒険者だったグリズ長老に半死半生だったところを拾われた。
 リィズさんは両親の遺体の行方も、どこで亡くなったかということすら覚えていない。
 だからこそ、父の故郷であるこの場所に墓を作ったそうだ。

 魂だけでも、故郷を守るために命を落とした仲間たちと共にあることを願って。

「父さん、母さん……ご無沙汰しておりました」

 とある墓石の前で、リィズさんが胸に手を添え、片膝を付いて跪いた。
 リオちゃんもそれに倣っている。

 これが、獣人の祈りの捧げ方らしい。

「秋人。こういうのは形式じゃなくて気持ちの問題だ」

「……そうだね。そうするよ」

 俺は自分がもっとも親しみ深い、両手を合わせて小さく念仏を唱えた。

 そうして、しばらく無言の刻が流れる。

「今回はありがとうございました。アキトさん」

 祈りを捧げ終えたリィズさんは、どこか清々しい顔をしていた。

 両親とどんな話をしたのかわからないが、リィズさんが隣のリオちゃんの頭を撫でる手には、普段に増して慈しみを感じられた。

「いえ。そんな……か、家族ですから」

 気恥ずかしくて、思わずどもってしまうと、後頭部に叔父の張り手が飛んできた。

「ばかたれ。そこで照れんな! はっはっ!」

「……ちょっと、叔父さん。冗談抜きで、死ぬほど痛いんだけど」

 恨めしそうに見ると、叔父はよりいっそう楽しげに笑っていた。
 リィズさんもつられて笑い、リオちゃんなどは転げて腹を抱えている。

 仕方がないので、俺も笑うことにした。

「やーやー! 楽しそうじゃねーの、セージ! 俺も混ぜてくれよ!」

 いつの間に来たのだろう。
 唐突な声と共に、先ほど別れたはずのラッシさんが、陽気に両手を掲げてやってきた。

「どうした、ラッシ? まだやられ足りなかったってか?」

「いやー、そういうわけじゃねえんだけどよ。ちっと野暮用ができてな」

「ほう、野暮用?」

「……叔父さん」

 俺は、叔父の陰に身を隠すように寄り添い、そっと告げた。

 背筋に緊張が走る。
 そう、感じるのだ。この漠然とした違和感には覚えがある。

「わかってるさ」

 叔父が俺の肩に手を置き、ラッシさんとの間合いを1歩だけ詰めた。

「ひとつ教えておいてやるよ、ラッシ。獣人は先祖を尊ぶ。故人との語らいの場に、のこのこ横から首を突っ込む獣人なんていないんだよ。いくら、いろいろ足りないラッシでもな」

 叔父の纏う気配が、剣呑なものに変わる。

 それを見たラッシさんの獣面から、不意にいっさいの感情が消えた。
 代わりに、つい今し方までとは明らかに違う、歳を経た老年の声音が響く。

「……これはこれは、失礼いたしました。やはり、見た目だけ真似ただけでは、ぼろが出てしまうようですな」

 獣人の強靭な体躯が、老紳士の痩身のスーツ姿に置き換わる。

 シルフィの警戒信号が最大限にまで跳ね上がった。
 シルクハットを載せた白髪の下では、銀色の双眸が瞬いている。

「”影法師”サルバーニュ……高位魔族」

 緊張で喉が鳴るのが聞こえた。
 ベルデンの一件での暗躍、フェブに行なった唾棄すべき非道は、記憶に新しい。

「覚えていただけたようで、なによりですな」

 サルバーニュが恭しく礼をした。

「墓前を血で穢したりはしたくない。今回は見逃してやる。消えろ」

「おお、怖いですな。勇者殿。わたくしとて、争いをしに参ったわけではありません。言ったでしょう、用があると。ただし、用があるのは、そちらのアキト様にですが」

「お、俺?」

「我が主より、これを」

 サルバーニュが指を鳴らすと、俺の眼前に1枚の封筒が出現し、ゆっくり手の中に収まった。

「主って……リシェラルクトゥ?」

「さようで。たしかにお渡しいたしましたよ」

 封筒には封蝋が施してあり、中身は見えない。
 ただ、こうして持っているだけでも、言い知れない滲み出る悪意のようなものを感じてしまう。

「それにしても、主の酔狂にも困ったものです。わたくし個人の意見としましては、わたくしの影をいとも容易く見破ってしまうアキト様は、この場で早々に排除しておきたいのですが――」

 紳士的な笑みは絶やさぬまま、サルバーニュからおぞましい殺気が迸る。

 だが、それはほんの一瞬だけで、すぐに霧散した。

「残念なことですが、アキト様を害することのないよう、主より厳命されておりますゆえ」

「人の身内に、くだらない脅しをかけてるんじゃねえぞ」

「くくっ、お許しを。ほんの軽い冗談です。ではこれにて、失礼させていただきます」

 サルバーニュは会釈した姿勢のまま、足元に発生した闇の渦に呑まれて姿を消した。

 墓地は、にわかにもとの静寂を取り戻す。

「大丈夫だったか、秋人?」

「ははは……なんとかね」

 空元気を見せてみるものの、腰砕けになってしまい、地面にしゃがみ込んでしまった。
 ほんの瞬間的だったが、殺気にあてられてしまった。

「ちっ! リィズには悪いが、最後が胸糞悪い墓参りになっちまったな。ただ、その手紙の件もある。急いで帰って対策を練るとするか」

「……うん、そうだね」

「ええ」

「あいー」

 各々返事をする。

 こうして、目的の墓参りだけは無事に終えたのだが――なにが起ころうとしているのか、今後を考えるだけでも頭の痛い日々は続きそうだった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~

月芝
ファンタジー
庭師であった祖父の薫陶を受けて、立派な竹林好きに育ったヒロイン。 大学院へと進学し、待望の竹の研究に携われることになり、ひゃっほう! 忙しくも充実した毎日を過ごしていたが、そんな日々は唐突に終わってしまう。 で、気がついたら見知らぬ竹林の中にいた。 酔っ払って寝てしまったのかとおもいきや、さにあらず。 異世界にて、タケノコになっちゃった! 「くっ、どうせならカグヤ姫とかになって、ウハウハ逆ハーレムルートがよかった」 いかに竹林好きとて、さすがにこれはちょっと……がっくし。 でも、いつまでもうつむいていたってしょうがない。 というわけで、持ち前のポジティブさでサクっと頭を切り替えたヒロインは、カーボンファイバーのメンタルと豊富な竹知識を武器に、厳しい自然界を成り上がる。 竹の、竹による、竹のための異世界生存戦略。 めざせ! 快適生活と世界征服? 竹林王に、私はなる!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

やっと買ったマイホームの半分だけ異世界に転移してしまった

ぽてゆき
ファンタジー
涼坂直樹は可愛い妻と2人の子供のため、頑張って働いた結果ついにマイホームを手に入れた。 しかし、まさかその半分が異世界に転移してしまうとは……。 リビングの窓を開けて外に飛び出せば、そこはもう魔法やダンジョンが存在するファンタジーな異世界。 現代のごくありふれた4人(+猫1匹)家族と、異世界の住人との交流を描いたハートフルアドベンチャー物語!

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...