上 下
177 / 184
第十一章

獣人の郷 3

しおりを挟む
 ラッシさんとリムさんの先導で案内されたのは、森のちょっと奥まった位置にある集落だった。

 そもそも獣人の暮らしとは質素――というか、雨露さえしのげれば他に拘りもないのか、無造作に立ち並ぶ小屋は大雑把に丸太を組み合わせた実に簡素なもので、窓の戸や出入り口の扉の替わりには、ただの布がぶら下がっているだけという有様だった。

 以前に実家で聞いた、昔話に出てきた現在の住居の原型――当初のリィズさんの掘っ立て小屋の状況が思い返される。
 話に聞いただけなのでイメージでしかないが、きっとこのような感じの小屋だったに違いない。
 あれは別にリィズさんだったからどうということではなく、もともとの種族柄として住居に興味がないのだろう。
 この集落から、自然と共に生きる獣人の生活が垣間見えた気がした。

 集落の中、子供の獣人たちが楽しそうに駆け回る横を通り過ぎ、俺たち一行はとある住居の前で立ち止まった。

 ここが長老の住む場所ということらしい。
 ただし、長老の住居ではあっても、その周辺に建てられている小屋と代わり映えしない簡素なものだった。

「俺だ、征司だ。邪魔するぜ」

 叔父は返事も待たず、慣れたふうに入り口の布を潜っていた。
 リィズさんがそれに続き、リオちゃんも鼻歌交じりに元気よく入っていく。

 ラッシさんとリムさんの案内役はここまでらしく、すでに来た道を引き返すところだった。
 それを見送ってから、俺も小屋にお邪魔することにする。

 小屋の内部は明るい外との明暗の差もあってか、よりいっそう薄暗く感じられた。
 内部は外見よりも広く、天井の高さもかなりある。
 部屋には絨毯代わりか藁が一面に敷き詰められており、その中央に胡坐で座するひとりの獣人がいた。

 銀虎と呼べばいいのだろうか。巨躯に纏うように広がる全身の毛色は見事な銀。
 虎のトレードマークたる黒い毛の模様が映え、荘厳ともいえる野生の雄々しさで威圧されるようだった。
 頭部は完全に野生の虎まんまだが、その双眸には落ち着いた知性を滲ませている。
 右腕は古い傷なのだろうが、肘から先が失われていた。

 長老というからには、年老いたご老体を想像していたのだが、目の前にいるのは間違いなく屈強な獣人の戦士だった。
 一言で言ってしまうと、なんかもうリアルタイガーマスク的な。

「よお、長老。久しぶりだな、はっはっ!」

 叔父は気安く片手を上げて挨拶し、リィズさんは立ち止まって深々とお辞儀をしていた。

 リオちゃんは顔見知りだからか物怖じした様子もなく、登山よろしくその巨体によじ登ろうとしたところをリィズさんに掴まって即連行されていた。

「セージもリィズも息災そうだな。おチビは相変わらずチビっこいな。そっちの坊主は?」

「俺の甥だよ」

「秋人です。はじめまして」

 リィズさんに倣い、頭を下げる。

「わしはグリズだ。獣人たちの取り纏めをやらせてもらっておる。ふむ、血縁というだけあって、雰囲気や匂いが昔のセージに似ているな。ただ誰かさんとは違い、礼をわきまえとるようだな」

「おいおい、俺だって相手がいきなり喧嘩腰じゃなけりゃあ、それなりの礼節は取るぞ?」

「よくも言う。もう15年くらいも前になるか……あのときは、最初から闘る気満々だったくせにな」

「否定はしない」

「だろうが」

 叔父とグリス長老が声を上げて笑い合う。
 なんとなくだが、このグリズ長老がこの異世界で、叔父にとっての父親のような存在だったのではないかと感じられた。

「今年も墓参りだろう? 時間が許すなら、若いもんの相手をしてやってもらえんか? 嘆かわしいことだが、最近は実戦離れして軟弱な獣人も増えてきた。一度、死ぬくらいまで痛めつけてやって、強さとはどういうもんか教えてやってくれ。なに、数人くらいなら殺しても構わん」

「物騒なことを抜かす爺さんだな」

「それくらいで死ぬならその程度ということよ。まあ、そんな簡単にくたばる獣人は居らんと願っておるがな」

「へいへい。んじゃあ、2時間ばかり若い奴借りとくぜ」

「頼んだ」

 叔父は後ろでに手を振り、さっさと小屋から退出してしまう。

(え? もう?)

 本当に挨拶だけで終わってしまった。
 リィズさんもリオちゃんを抱えたまま、来たときと同じように礼をして、出て行ってしまう。

 5分にも満たない会合に若干の拍子抜けを覚えつつも、俺も会釈だけして小屋を出た。
 置いてかれないように小走りで後を追うと――意外にも叔父は沈痛な表情をしていた。

「爺さん、だいぶ悪いみたいだな……」

 ひとり言のように呟いた叔父に、リィズさんがこちらも覇気なく返す。

「ええ。かなりお歳を召されている上、昔、戦場で負った古傷が原因で、もう長くはないと……」

(……あんなに元気そうだったのに?)

 意外なやり取りを耳にして小屋を振り返ると、咳き込む音が小さく聞こえてきた。

「純粋な獣人は、人間より寿命が短いんです。グリズさまは年齢的には50歳ほどですが、人間に換算すると80以上のご高齢なのです。ああして人前では気丈にされていますが、きっと起きているだけでもかなりお辛いはずです」

 リィズさんが説明してくれた。

 純粋な、とリィズさんは言ったが――ではハーフのリィズさんは? クォーターのリオちゃんは?
 ふとそんな疑問が脳裏を過ぎったのだった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

異世界キャンパー~無敵テントで気ままなキャンプ飯スローライフ?

夢・風魔
ファンタジー
仕事の疲れを癒すためにソロキャンを始めた神楽拓海。 気づけばキャンプグッズ一式と一緒に、見知らぬ森の中へ。 落ち着くためにキャンプ飯を作っていると、そこへ四人の老人が現れた。 彼らはこの世界の神。 キャンプ飯と、見知らぬ老人にも親切にするタクミを気に入った神々は、彼に加護を授ける。 ここに──伝説のドラゴンをもぶん殴れるテントを手に、伝説のドラゴンの牙すら通さない最強の肉体を得たキャンパーが誕生する。 「せっかく異世界に来たんなら、仕事のことも忘れて世界中をキャンプしまくろう!」

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

成長チートと全能神

ハーフ
ファンタジー
居眠り運転の車から20人の命を救った主人公,神代弘樹は実は全能神と魂が一緒だった。人々の命を救った彼は全能神の弟の全智神に成長チートをもらって伯爵の3男として転生する。成長チートと努力と知識と加護で最速で進化し無双する。 戦い、商業、政治、全てで彼は無双する!! ____________________________ 質問、誤字脱字など感想で教えてくださると嬉しいです。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

やがて最強の転生者 ~超速レベリング理論を構築した男、第二の人生で無双する~

絢乃
ファンタジー
スキルやレベルが存在し、魔物が跋扈する世界――。 男は魔物を討伐する「冒険者」になりたいと願っていたが、虚弱体質なので戦うことができなかった。そこで男は数多の文献を読み漁り、独自の超速レベリング理論を組み立て、他の冒険者に貢献しようとした。 だが、実戦経験のない人間の理論を採用する者はいない。男の理論は机上の空論として扱われ、誰にも相手にされなかった。 男は失意の中、病で死亡した。 しかし、そこで彼の人生は終わらない。 健康的な肉体を持つ陣川龍斗として生まれ変わったのだ。 「俺の理論に狂いはねぇ」 龍斗は冒険者となり、自らの理論を実践していく。 そして、ゆくゆくは超速レベリング理論を普及させるのだ。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

処理中です...