175 / 184
第十一章
獣人の郷 1
しおりを挟む
「ここから先は道が悪い。いったんバギーは置いてくか」
「あ、そういうことだったら」
叔父の言葉に、疾風丸を木陰に停めた。
「シルフィ、頼める?」
シルフィは即座に頷くと空中を滑るように飛んでいき、疾風丸の周囲を軽やかに旋回しはじめた。
見る間に疾風丸は透明な膜で覆われるようにその姿が薄れ――完全に周辺の景色と同化してしまった。
「ほほう。見事なもんだ」
叔父が珍しく感心し、まじまじと疾風丸のあった場所を眺めている。
普段は常に逆の立場なのでなんだか誇らしい気持ちだったが、頼んだのは俺でも実際に行なったのはシルフィなので、ちょっぴり微妙な感じがしないでもない。
リオちゃんはというと、疾風丸が見えなくなったのに触れられるのが余程不思議なのか、歓声を上げて車体をたまごろーでべしべし叩いていた。やめてあげて。
「匂いまで遮断できるのですね。あらためて精霊魔法とは秀逸ですね」
リィズさんが鼻を鳴らしている。
(へ~、そうなんだ)
匂いまでは気づかなかった。思い起こすと、あのデラセルジオ大峡谷の地下空洞でも、匂いに敏感なはずの野生の獣すら欺いていたのだから、よっぽどなのだろう。
(さすがはシルフィ)
肩口を飛び回るシルフィに目を向けると、小さな風の精霊は瞬く間に視界の外に逃げてしまった。
だいぶ慣れてきたと思っていたが、シルフィはまだまだ照れが強い。
なまじ感情の一部を共有しているだけに、感謝や賞賛の類もすぐに伝わってしまうことが難といえば難だろう。
「奇襲に便利そうですね……」
リィズさんがにこやかな笑顔のままで、ぼそりと呟いていた。
昨日の狩りで、野性の本能的ななにかが、いろいろ触発されたのかもしれない。ちょっと怖い。
「ほれほれ。のんびりしてないで、そろそろ行くぞ。こっからはしばらく歩きだ」
叔父が示す先には、細い獣道が続いている。
「あーい」
リオちゃんがたまごろーを抱えたまま、当然のように俺の肩に飛び乗った。おかげでたまごろーが脳天を直撃したのだが、それはまあご愛嬌。
「秋人は初めてだったな。こっから30分ほど歩いたら、いったんは森を抜けるが、出口辺りでは上に注意しとけよ」
「上? ……わかったよ」
よく意味はわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
俺がその意味を知ったのは、実際に森の出口まで来たときだった。
突然、遥か頭上の木の枝から、人影が5人ほど降ってきた。
叔父目がけてふたり、リィズさんにもふたり、そして俺にはひとり、の計5人。
さらに、降ってきただけならまだしも、その5人は明確な敵意を以って、襲い掛かってきた。
「うわっ!?」
先行するふたりは平然としていたが、こっちには当然そんな余裕なんてものはない。
頭上からの襲撃者は、落下速度に任せた蹴りを放ってきた。
俺も何度か死線を潜ったことはあるだけに、気配らしきものを感じて咄嗟に攻撃を察知できたが、肩車しているリオちゃんの存在を思い出して、逃げるか避けるか防ぐかの選択肢にどう対処するか迷ってしまった。
結果、瞬間的に硬直してしまい、致命的な隙となる。
(――まずっ!)
もはや、なにか対応できるタイミングではない。
棒立ちになったまま、かなりの威力を伴う蹴りが直撃するかと思われた寸前――蹴りの軌道がそれて、唸りを上げる爪先が鼻先を掠めるほどの距離で通過していった。
「ちっ!」
すれ違いざまに襲撃者の舌打ちが聞こえる。
襲撃者は、着地と同時に、しゃがんだままの姿勢から、鋭い棒状の物を3本ほど投擲してきた。
しかし、その内の2本は、再び不自然に軌道を変えて地面に突き刺さり、残りの1本は肩のリオちゃんがたまごろーを投げつけて撃墜させていた。
落ちていたのは、木を削って作られた、棒手裏剣のようなものだった。
飛来してきたときには殺気すら感じたが、こうして見るとさほど精巧に作られているわけではなく、致命傷を与えるには程遠い。
仮に直撃したとしても、せいぜい血がにじんで痛い程度だろう。
「やるねぇ。ぼーや」
襲撃者が楽しげな声音を漏らしつつ、立ち上がった。
もはやいっさいの敵意もなく、陽気なふうで近づいてくる襲撃者は、一見してわかるような獣人だった。
艶やかな黒い毛並みの体毛で半身を覆われ、その容貌は豹と猫の中間のようだ。
頭部はもはや完全な獣だったが、やたらと表情豊かで愛嬌すら滲ませている。
女性なのも、そのしなやかな肢体でわかった。
鍛えられたスレンダーな肉体だが、出るところは出たセクシー系。服装は、胸部と下半身を簡単に布で結わえてあるだけだ。
傾向としては今のリィズさんと同じで、見た目よりも機能性を重視しているのだろう。
相手に害意がなくなったので、秋人も肩の力を抜いた。
(俺はなんにもやってないけどね)
初撃を防いだのはシルフィで、追撃を防いだのは強いて言うとリオちゃんとたまごろーだ。まあ、たまごろーも投げられただけだけど。
「あ、そういうことだったら」
叔父の言葉に、疾風丸を木陰に停めた。
「シルフィ、頼める?」
シルフィは即座に頷くと空中を滑るように飛んでいき、疾風丸の周囲を軽やかに旋回しはじめた。
見る間に疾風丸は透明な膜で覆われるようにその姿が薄れ――完全に周辺の景色と同化してしまった。
「ほほう。見事なもんだ」
叔父が珍しく感心し、まじまじと疾風丸のあった場所を眺めている。
普段は常に逆の立場なのでなんだか誇らしい気持ちだったが、頼んだのは俺でも実際に行なったのはシルフィなので、ちょっぴり微妙な感じがしないでもない。
リオちゃんはというと、疾風丸が見えなくなったのに触れられるのが余程不思議なのか、歓声を上げて車体をたまごろーでべしべし叩いていた。やめてあげて。
「匂いまで遮断できるのですね。あらためて精霊魔法とは秀逸ですね」
リィズさんが鼻を鳴らしている。
(へ~、そうなんだ)
匂いまでは気づかなかった。思い起こすと、あのデラセルジオ大峡谷の地下空洞でも、匂いに敏感なはずの野生の獣すら欺いていたのだから、よっぽどなのだろう。
(さすがはシルフィ)
肩口を飛び回るシルフィに目を向けると、小さな風の精霊は瞬く間に視界の外に逃げてしまった。
だいぶ慣れてきたと思っていたが、シルフィはまだまだ照れが強い。
なまじ感情の一部を共有しているだけに、感謝や賞賛の類もすぐに伝わってしまうことが難といえば難だろう。
「奇襲に便利そうですね……」
リィズさんがにこやかな笑顔のままで、ぼそりと呟いていた。
昨日の狩りで、野性の本能的ななにかが、いろいろ触発されたのかもしれない。ちょっと怖い。
「ほれほれ。のんびりしてないで、そろそろ行くぞ。こっからはしばらく歩きだ」
叔父が示す先には、細い獣道が続いている。
「あーい」
リオちゃんがたまごろーを抱えたまま、当然のように俺の肩に飛び乗った。おかげでたまごろーが脳天を直撃したのだが、それはまあご愛嬌。
「秋人は初めてだったな。こっから30分ほど歩いたら、いったんは森を抜けるが、出口辺りでは上に注意しとけよ」
「上? ……わかったよ」
よく意味はわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
俺がその意味を知ったのは、実際に森の出口まで来たときだった。
突然、遥か頭上の木の枝から、人影が5人ほど降ってきた。
叔父目がけてふたり、リィズさんにもふたり、そして俺にはひとり、の計5人。
さらに、降ってきただけならまだしも、その5人は明確な敵意を以って、襲い掛かってきた。
「うわっ!?」
先行するふたりは平然としていたが、こっちには当然そんな余裕なんてものはない。
頭上からの襲撃者は、落下速度に任せた蹴りを放ってきた。
俺も何度か死線を潜ったことはあるだけに、気配らしきものを感じて咄嗟に攻撃を察知できたが、肩車しているリオちゃんの存在を思い出して、逃げるか避けるか防ぐかの選択肢にどう対処するか迷ってしまった。
結果、瞬間的に硬直してしまい、致命的な隙となる。
(――まずっ!)
もはや、なにか対応できるタイミングではない。
棒立ちになったまま、かなりの威力を伴う蹴りが直撃するかと思われた寸前――蹴りの軌道がそれて、唸りを上げる爪先が鼻先を掠めるほどの距離で通過していった。
「ちっ!」
すれ違いざまに襲撃者の舌打ちが聞こえる。
襲撃者は、着地と同時に、しゃがんだままの姿勢から、鋭い棒状の物を3本ほど投擲してきた。
しかし、その内の2本は、再び不自然に軌道を変えて地面に突き刺さり、残りの1本は肩のリオちゃんがたまごろーを投げつけて撃墜させていた。
落ちていたのは、木を削って作られた、棒手裏剣のようなものだった。
飛来してきたときには殺気すら感じたが、こうして見るとさほど精巧に作られているわけではなく、致命傷を与えるには程遠い。
仮に直撃したとしても、せいぜい血がにじんで痛い程度だろう。
「やるねぇ。ぼーや」
襲撃者が楽しげな声音を漏らしつつ、立ち上がった。
もはやいっさいの敵意もなく、陽気なふうで近づいてくる襲撃者は、一見してわかるような獣人だった。
艶やかな黒い毛並みの体毛で半身を覆われ、その容貌は豹と猫の中間のようだ。
頭部はもはや完全な獣だったが、やたらと表情豊かで愛嬌すら滲ませている。
女性なのも、そのしなやかな肢体でわかった。
鍛えられたスレンダーな肉体だが、出るところは出たセクシー系。服装は、胸部と下半身を簡単に布で結わえてあるだけだ。
傾向としては今のリィズさんと同じで、見た目よりも機能性を重視しているのだろう。
相手に害意がなくなったので、秋人も肩の力を抜いた。
(俺はなんにもやってないけどね)
初撃を防いだのはシルフィで、追撃を防いだのは強いて言うとリオちゃんとたまごろーだ。まあ、たまごろーも投げられただけだけど。
0
お気に入りに追加
538
あなたにおすすめの小説
誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)
葵セナ
ファンタジー
主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?
管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…
不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。
曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!
ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。
初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)
ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる