異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第十章

たまごろー、産まれる

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「俺が持っている卵というのは……これです!」

 保温バッグからたまごろーを取り出して、両種族が見守る中央の地面にどんと置く。
 竜人、ドワーフ、人間が神妙な様子で卵を囲んでいる図はシュールすぎたが――今はどうでもいい。

(賽は投げられた。後は野となれ山となれだ!)

 なかばヤケクソ気味に思いながら、両目を瞑って両者の反応を待った。

 しかし、しばらく待っても反応がないため、恐る恐る片目ずつ開けると――ほぼ同時に、落胆の吐息が聞こえてきた。

 ――ということは。

「わしらの探し物とは違うようじゃのう」
「竜の卵、でない」

「……そうでしたか」

 素知らぬ顔で言うものの、俺は内心でガッツポーズを決めていた。
 会長の言いつけを守り、顔は平静としていても、服の下では冷や汗だらだらの心臓ばっくばっくである。

(あー、よかった! 寿命縮んだ、間違いなく!)

「そもそも、わしらが探していたのは、本物の卵ではない。太古にわしらのねぐらより発掘されたという、卵状のミスリル鉱石だからな」

「竜の卵、こんなに小さくない。オレ身長くらい、大きさある」

(なんだ……もとから似ても似つかぬものだったんだ……)

 これで心底安堵できた。
 結果的に、骨折り損のくたびれ儲けだったが、それで全然構わない。

(フェブにも教えてあげないと……でも、結局これで、たまごろーの正体はわからなくなったわけか。まあ、こっちはおいおいでいいかな)

 晴れやかな気分で、たまごろーを再び保温バッグにしまおうとすると、

 ――ぴしっ。

 なにかがひび割れる音がした。

 慌てて見ると、たまごろーの殻にひびが入っている。

(げ! さっき、もしかして地面に強く置きすぎた!?)

 知らずに力みすぎていたのか、それとも地面の下に石でもあったのか。
 焦るこちらを他所に、卵の亀裂はどんどん広がっていき――ついに中央からぱっくりと真っ二つに割れてしまった。

 その中から出てきたものは。

 ……………

 なんというかもう、普通のまあるい羽毛の雛鳥だった。
 強いて言うと、灰色のヒヨコっぽい。

 なんの変哲もない、ごく普通というのが唯一の特徴というか……
 頭と足が身体の羽毛に完全に埋もれ、シルエットからして全体的に丸い。横にした卵そのまんまの卵体型というか。うん、丸い。

 羽ばたきひとつ、鳴き声ひとつ、愛想のひとつもなく、たまごろー(?)は、俺をじいっ~と見上げている。うん、丸いね。

 まさかの正解は8だった。
 1周回って、意外性の欠片もなく、普通の鳥の卵だったとは。深読みしすぎたということだろう。

「よ、よろしく?」

 手を差し出すと、心なしかたまごろーの顔がぽっと染まった。

(ん?)

 たまごろーは意外に機敏な動きで、すててててーと駆けると、疾風丸の陰に身を隠した。
 そして、半身でこちらをじっ~と窺っている。

(んんんん?)

 ま、いいか。
 たまごろーの謎の行動はさておき、とにかく危機は去った。
 なんというか、ひとり相撲だった気もするが。

「手間をかけたな、アキトとやら。わしらの勘違いだったようだ、侮辱したことを謝罪しよう。あの坊やにも伝えておいてくれ」

 ドワーフ5人組は、既に帰り支度を始めていた。

「協力、感謝する」

 竜人も立ち上がり、もはや意識は次の目的地へと向いているようだ。

「ちょっと待ってもらえませんか?」

 俺は両者を引き止めた。
 わだかまりがなくなったのだから、せっかくの異世界でのこの出会い、もう少し楽しんでも罰は当たらないだろう。

「実は、とっておきのお酒があるんです。現代――じゃなくって、俺の故郷の酒なんですけど、かなり珍しい物ですよ?」

 まず、ドワーフの全員の動きが止まった。
 竜人もまた、そそくさと座り直している。

(そういえば、竜ってもともと伝承では酒好きだっけ)

「珍しい酒と言われて、飲まずに帰る馬鹿なドワーフはいないな!」

 そうだそうだと他のドワーフも賛同している。
 竜人は無言だが、大きく裂けた口の隙間からのぞく舌が、舌舐めずりしていた。ドワーフに負けず飲む気満々だ。

 俺は疾風丸の荷台から、積み込んでいた酒のボトルの詰め合わせと、人数分のグラスを用意した。
 今回は、卵の件で立場が悪くなったときのご機嫌取りで持参したものだけど、もともとこの異世界に持ち込んだのは友好を示すための贈り物のつもりだった。
 だったら、打算で使うのではなく、本来の目的で使用するのが有意義というものだろう。

(まさかこんな場所で、異種族間での酒盛りができるとは)

 正直なところ、初の体験に内心うきうきだ。
 ボトルを空け、ショットグラスに透明な液体を注ぎ、全員に配る。

「なんじゃい、これっぽっちか。もっと盛大に行かんと」

「いえ、かなり強い酒なんですよ、これ」

「わしらの飲む『火酒』より強い酒なんぞ――うひょー!」

 ドワーフは変な声を上げていた。
 続いた面々も顔を紅潮させ、喉をさすっている。

 アルコール度数96。ポーランドのウォッカ『スピリタス』はさすがにやりすぎたか……なんて思いきや。

「こいつぁ、すごい! お代わりだ!」

 こぞってグラスが突き出された。

「この酒の名前はなんてんだ?」

「ウォッカです」

「なに、『猛火』? 火酒の上ってか! わはははは!」

「いえ、ウォッカ……」

 既に聞いちゃいない。

 黙々と飲んでいた竜人は、5杯目でダウン。いきなり大の字で地面に倒れた。
 竜を倒した。これもドラゴンスレイヤーになるのだろうか。

 さすがにドワーフたちは潰れることなく、3本ものボトルを瞬く間に空けてしまった。
 これほど強い酒が、まるでビールでも飲むペースで消えていくのには、さすがに酒豪の種族と呆れるほかなかった。

 ちなみに俺は――ちょっと舌先で舐めて、早々に諦めた。
 俺自身、初めて味わったが、これは一般人にとって飲み物ではない。どちらかというと劇物だろう。拷問器具といってもいい。

 夕刻はとっくに過ぎ、周囲は既に夜だった。
 焚き火を囲み、酒宴はまだまだ続く。5本目のボトルも開き、俺はお酌係に専念することにした。

「あら。おねーさんをそんなに酔わせてどうするの?」

 お酌するときに、ひとりのドワーフにそんなことを言われた。

 見た目一緒で、女性が交じってた。髭が生えてるんだけど。
 その日一番の驚きだった。

 そんなとき、夜空を横切る赤い筋が見えた。

「ほう、こんな人里近いところで、こりゃあ珍しい。火の鳥たぁな!」

 巨大な炎が鳥の姿を形取り、大きく炎の翼を広げて天空を滑空している。

「火の鳥、ですか?」

「おう。神獣で、別名は不死鳥だ! お目にかかると寿命が延びるって言い伝えだ。山奥ではたまに見られるけどな、こんな辺鄙なところに仲間でも探しにでも来たか?」

 不死鳥は上空を通り過ぎ、そのまま遥か彼方へ飛び去っていってしまった。

 今日はどうも、いろいろついていないどころか、ラッキーデーだったらしい。
 用意していた6本のウォッカのボトルを全て空け、酒宴は終わりを迎えた。

「あー、わしらはここで一眠りしてから帰るから、気にせんどいてくれ」

 ドワーフたちは、言うが早いか、豪快ないびきを立て始める。

「ははっ。じゃあ、俺も戻ろうかな。……フェブも店で待たせたまんまだったし」

 途中で忘れかけていたのは秘密である。

(たまごろーも連れて帰らないと……でも、自然に帰したほうがいいのかな? あれ、たまごろーどこ行った?)

 なにか、すごいこちらを凝視したまま動こうとしなかったので、放っておいたのだが――

 俺が呼ぶ前にたまごろーは、てってってっと軽快な足取りで戻ってきた。

 こうして無事に?孵化した以上、たまごろーにとって俺たちと一緒にいるのと、自然の中で暮らすのとどちらが幸せか……判断しないといけない。

 言葉が通じるのかはわからないが、

「たまごろー、これからどうする? どうしたい? ……って――えええええ!」

 問いかけは無視して、たまごろーは真っ二つに割れた殻の中央に立ち、そのまましゃっきーんと効果音でも出そうな動作で、引き寄せた殻の中に収まった。

「なにそれっ!? 元に戻れんの?」

 殻には亀裂があった形跡さえ見受けられない。

 ……仕組みはわからないが、そういうものなのだろうか。

 ついでに、卵に戻ってなんの反応もないところをみると、つまり連れて帰れということらしい。

 誰ともなしに笑いかけてから、俺はたまごろーを保温バッグに入れて、疾風丸に跨った。

「まあ、またよろしくね。たまごろー」

 そう語りかけると、バッグがもぞりと動いた気がした。
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