83 / 184
第六章
北風エルフの女王さま 1
しおりを挟む
エルフの郷は、正式名称としては『北妖精の森林』と呼ばれている場所だった。
北妖精というからには東西や南もあるか、との問いに、デッドさんからの回答はYESであり、この世界でエルフは大まかに4種に分類されているとのことだった。
その中でもデッドさんは北エルフに属しており、風と水の精霊との親交が厚いエルフの中でも、北エルフは特に風の精霊と親密な関係にあるため、『北風エルフ』と称されることもあるらしい。
そんな豆知識を聞きながら、俺たちは森の入り口とでも呼べそうな、深い木々の生い茂る場所の前に立っていた。
背後の平原から一変――大地を深緑の線で区切ったかのように、前方には広大な森が広がっている。
この先にエルフが住んでいると考えただけで、思わず喉が鳴る。
これから憧れのエルフに出会えるのだから、高揚を抑えきれないのも仕方ないというものだ。
繰り返すが、決してデッドさんがどうこうというわけではない。たぶん。
なにせ、今回の件で異世界を見て回れると期待したはいいものの、想像以上だった疾風丸と精霊魔法のコラボにより、旅がただの移動になってしまった。
鈍行列車で行くぶらり旅のはずが、新幹線に乗り換えてしまったことで、ほぼ防音壁とトンネルばかりで景色すら碌に見れずじまいだった、というと伝わりやすいか。
途中では、集落や村や町、大規模な街なども遠目に見かけたが、すべて素通りだった。
安全無事かつ迅速な移動手段の確保にこそ苦悩するこちらの人々にとっては、贅沢極まりない文句だろうが、頭での理性的な部分ではともかく、異世界での旅路を楽しみにしていた心情的にはどうにも残念でならない。
ちなみに、簡単に精霊の加護が得られるなら、異世界の交通事情も改善するのではと、デッドさんに今現在で風の加護を受けている人間が、どれだけいるかを訊いてみたところ――両手の指の数もいないだろうとの回答だった。
成り行きによる不可抗力だったにせよ、なんだかすごく申し訳ない。
デッドさんを先頭に、俺たちは森に足を踏み入れた。
当たり前のことだが、周囲には薄暗い木々の群れが広がっている。
この辺りは森の外周部で、実際のエルフの住む場所は、森の中央部――ここからさらに3時間ほども中に入ったところにあるらしい。
スマホの時間で今は16時。
今からだと、ぎりぎり日没には間に合う時間帯だろう。
一見しただけで、バギーの走行に適する場所ではなかったので、木々に埋もれた程よいスペースを見つけて停車させて、意味があるかはわからないが一応鍵をかけておく。
念のため、デッドさんが目隠しの魔法も施してくれたので、盗まれる心配はないだろう。
積んでいた3つの保温バッグの内、ふたつはそのままに、残るもうひとつを肩に担ぐ。
さすがはエルフの住む森だけあって、そこは森というよりも樹海だった。
まともに日の差し込む隙間もないほどに鬱蒼としており、樹齢数百年だかの大樹の枝々が入り組み、迷路のような立体的な構造を形作っていた。
実際、地面には障害物もろもろで通れない場所も多く、デッドさんは慣れた様子で枝葉や幹を足場として、身軽に歩を進めている。
俺も習ったばかりの精霊魔法のおかげで、不恰好にせよなんとか後についていけていた。
ふと思うが、これって精霊の加護を受けていなかったら、身体強化の魔石のアシストがあっても、進むなんて絶対に無理な気がするが。
「おーおー、やんじゃねえの、アキ!」
先導するデッドさんが、駆ける足はそのままに、顔だけわずかに振り返って笑っていた。
「もっと、おたおたするかと思ったんだけどな。風の精霊との親和性も高くて、結構なこった!」
「そ、そう? かなり、いっぱいいっぱいな気が……」
「要は、慣れだな慣れ! アキなら、すぐに慣れるって! この森なら精霊力が強いから、精霊の姿も見えるんじゃねー? ほれ、その肩のとことか」
言われて目を向けると、肩口のところで、ほんのり光る球状のものが瞬いていた。
さらに意識を集中することで、輪郭だけがぼんやりと浮かぶ。それは全長5センチほどの、背中に翅をもつ人型をしていた。
目と目があったのかはわからないが、思わず見入っていると、その人型はもじもじと身を揺らした後、ぺこりとお辞儀した。
「あ。これはどうも、ご丁寧に」
つられてこちらも頭を下げる。
「いやあ~、正直、助かったぜ! 森に着いてからのことは、なんも考えてなかったかんな! いざとなりゃあ、アキをおんぶして行くしかないと、覚悟してたんだけどな! さすがは、あたい! きっとこれ見越して、アキに加護を与えたんだろーなあ! にひひっ」
かなり適当な気がするが、それがこのデッドさんというエルフの本質であり魅力なのだろう。
それにしても、そんな状況にならなくて本当によかったと思う。
年齢はさておくとしても、ふたりでは大人と小学校低学年ほどの体格差がある。
女子小学生に背負われる姿を想像しただけで、情けないを通り越して犯罪チックだろう。知人にはとてもお見せできない。
北妖精というからには東西や南もあるか、との問いに、デッドさんからの回答はYESであり、この世界でエルフは大まかに4種に分類されているとのことだった。
その中でもデッドさんは北エルフに属しており、風と水の精霊との親交が厚いエルフの中でも、北エルフは特に風の精霊と親密な関係にあるため、『北風エルフ』と称されることもあるらしい。
そんな豆知識を聞きながら、俺たちは森の入り口とでも呼べそうな、深い木々の生い茂る場所の前に立っていた。
背後の平原から一変――大地を深緑の線で区切ったかのように、前方には広大な森が広がっている。
この先にエルフが住んでいると考えただけで、思わず喉が鳴る。
これから憧れのエルフに出会えるのだから、高揚を抑えきれないのも仕方ないというものだ。
繰り返すが、決してデッドさんがどうこうというわけではない。たぶん。
なにせ、今回の件で異世界を見て回れると期待したはいいものの、想像以上だった疾風丸と精霊魔法のコラボにより、旅がただの移動になってしまった。
鈍行列車で行くぶらり旅のはずが、新幹線に乗り換えてしまったことで、ほぼ防音壁とトンネルばかりで景色すら碌に見れずじまいだった、というと伝わりやすいか。
途中では、集落や村や町、大規模な街なども遠目に見かけたが、すべて素通りだった。
安全無事かつ迅速な移動手段の確保にこそ苦悩するこちらの人々にとっては、贅沢極まりない文句だろうが、頭での理性的な部分ではともかく、異世界での旅路を楽しみにしていた心情的にはどうにも残念でならない。
ちなみに、簡単に精霊の加護が得られるなら、異世界の交通事情も改善するのではと、デッドさんに今現在で風の加護を受けている人間が、どれだけいるかを訊いてみたところ――両手の指の数もいないだろうとの回答だった。
成り行きによる不可抗力だったにせよ、なんだかすごく申し訳ない。
デッドさんを先頭に、俺たちは森に足を踏み入れた。
当たり前のことだが、周囲には薄暗い木々の群れが広がっている。
この辺りは森の外周部で、実際のエルフの住む場所は、森の中央部――ここからさらに3時間ほども中に入ったところにあるらしい。
スマホの時間で今は16時。
今からだと、ぎりぎり日没には間に合う時間帯だろう。
一見しただけで、バギーの走行に適する場所ではなかったので、木々に埋もれた程よいスペースを見つけて停車させて、意味があるかはわからないが一応鍵をかけておく。
念のため、デッドさんが目隠しの魔法も施してくれたので、盗まれる心配はないだろう。
積んでいた3つの保温バッグの内、ふたつはそのままに、残るもうひとつを肩に担ぐ。
さすがはエルフの住む森だけあって、そこは森というよりも樹海だった。
まともに日の差し込む隙間もないほどに鬱蒼としており、樹齢数百年だかの大樹の枝々が入り組み、迷路のような立体的な構造を形作っていた。
実際、地面には障害物もろもろで通れない場所も多く、デッドさんは慣れた様子で枝葉や幹を足場として、身軽に歩を進めている。
俺も習ったばかりの精霊魔法のおかげで、不恰好にせよなんとか後についていけていた。
ふと思うが、これって精霊の加護を受けていなかったら、身体強化の魔石のアシストがあっても、進むなんて絶対に無理な気がするが。
「おーおー、やんじゃねえの、アキ!」
先導するデッドさんが、駆ける足はそのままに、顔だけわずかに振り返って笑っていた。
「もっと、おたおたするかと思ったんだけどな。風の精霊との親和性も高くて、結構なこった!」
「そ、そう? かなり、いっぱいいっぱいな気が……」
「要は、慣れだな慣れ! アキなら、すぐに慣れるって! この森なら精霊力が強いから、精霊の姿も見えるんじゃねー? ほれ、その肩のとことか」
言われて目を向けると、肩口のところで、ほんのり光る球状のものが瞬いていた。
さらに意識を集中することで、輪郭だけがぼんやりと浮かぶ。それは全長5センチほどの、背中に翅をもつ人型をしていた。
目と目があったのかはわからないが、思わず見入っていると、その人型はもじもじと身を揺らした後、ぺこりとお辞儀した。
「あ。これはどうも、ご丁寧に」
つられてこちらも頭を下げる。
「いやあ~、正直、助かったぜ! 森に着いてからのことは、なんも考えてなかったかんな! いざとなりゃあ、アキをおんぶして行くしかないと、覚悟してたんだけどな! さすがは、あたい! きっとこれ見越して、アキに加護を与えたんだろーなあ! にひひっ」
かなり適当な気がするが、それがこのデッドさんというエルフの本質であり魅力なのだろう。
それにしても、そんな状況にならなくて本当によかったと思う。
年齢はさておくとしても、ふたりでは大人と小学校低学年ほどの体格差がある。
女子小学生に背負われる姿を想像しただけで、情けないを通り越して犯罪チックだろう。知人にはとてもお見せできない。
0
お気に入りに追加
537
あなたにおすすめの小説

竹林にて清談に耽る~竹姫さまの異世界生存戦略~
月芝
ファンタジー
庭師であった祖父の薫陶を受けて、立派な竹林好きに育ったヒロイン。
大学院へと進学し、待望の竹の研究に携われることになり、ひゃっほう!
忙しくも充実した毎日を過ごしていたが、そんな日々は唐突に終わってしまう。
で、気がついたら見知らぬ竹林の中にいた。
酔っ払って寝てしまったのかとおもいきや、さにあらず。
異世界にて、タケノコになっちゃった!
「くっ、どうせならカグヤ姫とかになって、ウハウハ逆ハーレムルートがよかった」
いかに竹林好きとて、さすがにこれはちょっと……がっくし。
でも、いつまでもうつむいていたってしょうがない。
というわけで、持ち前のポジティブさでサクっと頭を切り替えたヒロインは、カーボンファイバーのメンタルと豊富な竹知識を武器に、厳しい自然界を成り上がる。
竹の、竹による、竹のための異世界生存戦略。
めざせ! 快適生活と世界征服?
竹林王に、私はなる!

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

番から逃げる事にしました
みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。
前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。
彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。
❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。
❋独自設定有りです。
❋他視点の話もあります。
❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる