異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第六章

妖精からの依頼 1

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 デッドさんからの叔父への依頼――それは、つまるところ採取依頼らしかった。

 エルフの祭事に必要な『とある』ものが尽きてしまい、『とある』ところまで採りに行かないといけない。
 しかし、そこに至るのは容易ではなく、腕利きの冒険者――ここではデッドさんの知人でもあった叔父に、白羽の矢が立ったというわけだ。

 肝心な部分をぼかしているのは、それがエルフの秘事にかかわることで、外界で安易に口にすることが禁じられているのが理由だった。
 詳細を知るためにはエルフの郷まで赴き、女王の口から直接聞くしかないらしい。
 なにせ、冒険者としては破格であろう勇者を頼ってくるだけに、難易度も自ずと知れてくるというものだ。

 ただ、俺にしてみれば、叔父を以って解決できないことなどないと信じているから、どちらかというと依頼内容そのものより、話に出てきた『エルフの女王』のほうに興味津々だった。
 女王というからには、今度こそ想像通りの高貴な妖精に違いない。いや決して、デッドさんがどうこうというわけではなく。
 もし許されるなら、同行してエルフの郷に行ってみたい――とまあ、他人事のように考えていたのだけれど……

 デッドさんの申し出に、叔父はなにか思うことがあるらしく、話を聞き終えてしばらく黙考した後、

「よし、今回の件は秋人に任せよう」

 などと、思いもよらぬ無茶ぶりをしてきた。

「……へ?」

(俺が? なんで?)

 あまりの唐突っぷりに、二の句が継げなかった。

「アキで大丈夫なんか? セージが太鼓判を押すほど?」

 デッドさんの疑わしい眼差しに微塵も揺るがず、叔父は確固たる口調で断言する。

「ああ、大丈夫だ!」

(いやいや、大丈夫じゃないでしょ! 駄目でしょ! それ無理でしょ、絶対!)

 なにが大丈夫なのか皆目見当がつかないまま、当の本人である俺を置いてけぼりに、あれよあれよと話は進み――本当にひとりでデッドさんに随伴することが決定してしまった。

「あたいとしちゃあ、解決すんならどっちでもいいさ。頼んだぜ、アキ!」

 上機嫌に背中をばしばし叩かれてから、デッドさんはさっさと部屋を出て行ってしまった。

 茫然自失のままその後姿を見送って――我に返って叔父に詰め寄った。

「ちょっ、ちょっと、叔父さん! なにがどうなったらそうなるのさ?」

「落ち着け、秋人。俺の予想では、この一件、案外簡単に片がつく。まあ待ってろ」

 叔父はキッチンのほうに行くと、リィズさんに何事か申し伝えて、なにかを受け取って戻ってきた。

「これを持っていけ」

 そのまま今度はこちらに受け渡される。

 手の中に押しつけられたそれを見て、さらに不可解に陥ることになった。

「……どゆこと? まったく、これっぽっちも理解できないんだけど」

「まずはエルフのところで、話を聞いてこい。頼んだぜ、秋人!」

 強引に押し切られる形で、俺はデッドさんと共に送り出された。

 それが、ほんの30分ほど前の出来事である。


◇◇◇


 荒野を疾風丸で快走する。

 不安は拭えなかったが、こうなればエルフの郷を見るためだと割り切ることにした。

 第一、あの叔父がなんの根拠もなく、人任せにするはずもない。
 きっと、大丈夫だといったら大丈夫なのだろう。

 ――そう、なかば自棄くそである。

 デッドさんによると、エルフの郷は地図上でもかなり北方に位置する場所らしい。
 叔父の家を出発点に、いったんカルディナの街を通り過ぎて、さらに進路を北にとった先にあるとのことだ。

 距離的にも数日はかかるそうなので、街で食料の買出しも済ませてきた。
 携帯用の保温バッグで3つ。これだけあれば、デッドさんとふたり旅、片道分には足りるだろう。

 それに経緯はともあれ、せっかくエルフの郷に行くことになったのだから、それなりの準備もしておいた。

「いい心がけだぜ、アキ!」

 鼻をひくつかせながら、デッドさんが親指をぐっと立ててくる。
 目ざといというか鼻ざといというか、こちらの目論見は早々に看破されたようだ。

 精霊魔法の『風精の舞靴』で先行するデッドさんの足取りは前以上に軽い。
 叔父との再会、リィズさんとの再戦で、どうもすっきりした感がある。
 すでに疾風丸の時速は50キロを超えているが、ややもすれば置いていかれそうになる。ついていくだけで精一杯だ。

「このペースなら、どれぐらいで着きそうですかー?」

 風圧に負けないように、前方に向けて声を張り上げる。

「ん~? そうさねえ、3日くれえ?」

(3日かあ、道のりは長そうだ)

 正直なところ、俺は異世界に来てから、これまで街と家とを往復したことしかない。
 あらためて、こうして見知らぬ風景を目にすると、この世界に来てから1ヵ月余りも過ごしたにもかかわらず、自分の行動範囲がいかに狭かったかを思い知る。

 通常なら一生に一度もない経験、今さらながらに勿体ないことをしたと思う。
 今回のことは、異世界を見て回る意味でも、有意義でよかったのかもしれない。
 どうせなら、異世界の旅を楽しもう。

 そう考えた矢先、いきなりの足止めを喰うことになった。

 前方に渓谷が現われたのだ。
 向こう側までは10メートルほどもある。とてもバギーで飛び越えられる距離ではない。

 どうにか急ブレーキで疾風丸を停止させたが、先行するデッドさんは何食わぬ顔で渓谷を飛び越えて先に進んでいた。

「ちょっとデッドさーん! 待った待ったー!」

 大慌てで叫ぶと、後ろを振り返ったデッドさんが、舌を出しながら戻ってきた。

「あー、わりわり! いつも基本ひとり旅だから、うっかりしてたぜ!」

 デッドさんが音もなく、疾風丸の後部座席に着地する。

「でも、どうすっかなー。ここを渡れないとなると、ずぅぅぅっ~と向こうの橋のほうまで、迂回しないとなんねえ。半日は無駄にするなあ……」

「う~ん。悩んでも仕方ないですし、とりあえず向かいましょうよ」

 とりあえず、デッドさんを乗せたまま、谷間の崖沿いを走りはじめる。
 もしかすると、飛び越えられそうな崖幅の狭い場所があるかもしれない。

「おい、アキ!」

 座席に屈んで大人しくしているかと思いきや、デッドさんはいきなり俺の頭をわしっと両手で掴んで、首を強引に真上に向けさせた。

「どわわっ!?」

 驚いた反動でハンドル操作を誤り、危うく崖にダイブしそうになるのをどうにか持ち直す。
 車体は崖っぷちすれすれで、奇跡的に停車していた。

「ああああ、危ないじゃないですか!」

 デッドさんがガッチリとホールドした手を離さないため、俺は相変わらず空を見上げたままだ。
 背後から覗き込んでいる上下逆さまのデッドさんの顔が、すぐ目の前にある。

 にんまりと、デッドさんが笑った。
 そして、その顔がどんどん下に――ゆっくりと俺の鼻先へと降りてくる。
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