異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第十章

珍しい来客 2

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 フェブラントは店のカウンターで悩んでいた。
 カウンターの机の上に突っ伏したくなるのを、どうにか堪えている現状だ。

 悩み事がなにかというと、先刻のドワーフとのやり取りだった。
 秋人を侮辱される発言に、柄にもなくついかっとなってしまったわけだが――

 本人の了承を得ずして、話を決めてしまったのは早計だったかもしれない。せめて帰ってきてから相談すべきだったと、フェブラントは後悔していた。

 それ以前に、もし秋人の帰りが遅くなり、夕刻までに伝えられないなどという事態に陥れば、相手側からすると必然的に秋人が約束を破ったようなかたちになってしまう。
 大口を叩いた手前、それは非常にまずい。秋人の名誉にもかかわる。
 こうなれば、もはやフェブラントにできることは、一刻も早い秋人の帰りを願うばかりである。

 ただそれでも仕事は仕事であり、店番という与えられた役目は果たさないといけない。

「はーい。いらっしゃいませ!」

 店のドアをノックする音に、フェブラントはカウンターから立ち上がり、客が入店してくるのを待った。

 しかし、10秒、20秒と経過しても、次に続くはずのドアベルの音がない。
 代わりに、再びのノック音がした。

「はい、ただいまー!」

(ドアの鍵はかけてなかったはずだよね?)

 フェブラントは店の出入口まで駆け寄り、ドアを開けた。
 なんの抵抗もなく開くドアには、やはり施錠などされていない。

 ただ、ドアを開けてすぐに、フェブラントの目の前に壁が立ちはだかっていた。
 壁には緑色の鱗がびっしりと生えており、実に生々しいものだ。

「どこを見ている。人間の少年」

 遥か頭上から降ってきた声に、フェブラントが壁に沿って視線を上げていくと……腹部があり、胸があり、首があり――そして最後に、フェブラントを見下ろす顔があった。

 一見すると、爬虫類を彷彿させる容貌をしている。
 顔の細部に至るまで肌の代わりに鱗が並び、耳元まで裂けた口には鋭利な無数の牙、瞳は蜥蜴を髣髴させるように細い縦筋となっていた。

 推定身長2メートル以上、3メートル未満。その強靭な肉体を誇るかのように、身に着けているものは腰布のみ。
 小柄なフェブラントとの身長差では、視線を合わせそうとしただけで、フェブラントの顔が垂直になってしまうほどだ。

 相手のその姿は、時折、風の噂に上る竜に近い。
 竜を直立歩行させたような感じだった。

(そういえば……)

 フェブラントが兄と慕うマドルクの話に、竜の眷族の中には姿形が人間に近い種族もいると聞いたことがあった。
 秘境を棲家とし、人里では滅多にお目にかかれないという高位の竜に仕え、下界での雑事を行なうこともあるとか。

 その種族の名称は、『竜人』。
 初見とはいえ、フェブラントにはそれ以外に考えられなかった。

 店の周囲には、見慣れない種族の登場に、野次馬の輪ができていた。

「……ご用でしたら、どうぞ店内へ」

 店の入り口で騒動はまずいと判断したフェブラントは、すぐさま竜人を店内へと招いた。

「招かれよう」

 竜人はほぼ屈んだ状態でドアを抜けて、店内に入った。

 普通に立っているだけだが、天井に頭が届きそうになっている。

「それで、当店にはどのようなご用件で……?」

 買い物客には到底思えなかったので、フェブラントは単刀直入に訊ねてみた。

 竜人は、背伸びをして懸命に問いかけるフェブラントを見て、どすんと床に胡坐をかいた。

「あ。これはお気遣いいただきまして」

「構わぬ」

 片や座った格好にもかかわらず、どうにか視線の高さが一致する状態だ。
 ただそこにいるだけなのに、生物としての存在感が半端ではない。
 フェブラントは思わず息を呑んだ。

「卵を、知らぬか?」

 あまりに唐突な物言いだっただけに、フェブラントはそれが自分に対する問いかけだとしばらく気づかなかった。

「卵、ですか……?」

「そうだ」

(またですか?)

 という言葉が出そうになるのを、フェブラントはどうにか押し留める。

「我らが主の卵、行方知れず。探している」

「……ドワーフさま一行と、関係ありますか?」

「? 知らぬ」

 別件らしいという事実に、フェブラントは頭が痛くなってきた。
 本人が留守中のこんな日に限って、初めて見るような種族の訪問が短期間に2件。
 しかも同じ卵がらみとくれば、頭を抱えたくなるのも仕方のないことだろう。

「卵のことなら知っています。ただ、あなたの言われる卵と同じかはわかりませんけれど」

「どこにある。見たい」

 フェブラントは背後の棚の上をちらりと肩越しに窺う。
 当然ながら、依然としてたまごろーは外出中だ。卵に外出中という言葉もなんだろうが。

「今はこの場にありません。アキト店長と共に外出中です」

「そうか。待たせてもらう」

 竜人は、目を瞑る。
 そして、それっきり動かなくなってしまった。
 5分ほど経つも、あまりに身動きひとつしないので、フェブラントが近づいて確かめてみると、空気の抜けるような独特の呼吸音はしていた。

 店内の中央で、身じろぎせずに座る竜人――お店として、非常にまずい状況ではないかと、新人店員のフェブラントでも、ひしひしと感じてしまう。

 窓の外には、興味本位でへばりつく野次馬。
 あの中にお客が混じっていたとしても、とても入店できる状況ではない。

「あの、すみませんけど」

 思い切ってフェブラントが話しかけると、竜人の右目だけが器用に開いた。

「申しにくいことなのですが……そこにそうしていられると、お店としてとてもまずいかたちで注目されると言いますか」

 竜人の眼球が横に動き、周囲の――窓付近の野次馬へと向く。
 視線を向けられた野次馬は、悲鳴を上げて逃げ出していた。

「目立つ、本位ではない。どうすれば」

 見かけにそぐわず常識人だということに、思わずフェブラントは胸を撫で下ろした。

「時間を改めて、というのはいかがでしょうか?」

 先ほどと同じ失敗は繰り返さない。
 まずは秋人が戻るのを待ち、相談してから今後の対応を決める。それがフェブラントにとっても店にとっても最良という判断だ。

「いつだ」

「最低でも夕刻までは待っていただかないと。場所もここは避けたほうがいいと思います。街中ですと、どうしても今のように目立ってしまいますから」

「心得た。夕刻、南東の丘の上で。約束」

 竜人は窮屈そうに起き上がった。

「ええ。では、アキト店長に――」

 フェブラントが碌に返事する間もなく、用はすんだとばかりに、竜人は店から出て行ってしまう。
 巨体の割には流れるように機敏な動作だ。

 フェブラントもすぐに後を追って店を出たが、竜人の体躯が体躯だけに歩幅が違うのか、ほんの十数秒でかなりの距離を移動していた。

 野次馬の一部が、立ち去る竜人を遠巻きにして付いていっている。
 そうして、竜人と野次馬の姿が道の向こうに見えなくなるまで見送ってから――フェブラントは安堵の息を吐いた。

 店内に戻り、カウンターの席に座る。

(ああ、緊張しました……ベルデンにいた頃は気づきませんでしたが、外の世界は過激すぎですね)

 そこで、ふと気づく。最後のやり取り……あれは。

「もしかして、夕刻に丘で会う約束をしたことになってません、か……?」

 フェブラントは、今度こそカウンターの上に突っ伏した。
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