異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第六章

妖精と出会いました 1

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 翌朝。
 疾風丸での初めての通勤だったのだが、家を出発してから僅か10分ちょっとで街まで着いてしまった。

 これまで毎朝早起きして、片道2時間かけて延々と歩いていたのが、なんだったのかと思うほどの進歩ぶりだ。
 さすがは文明の利器――いや、文明と魔法の利器と言ったところだろう。

 積載量もそこそこありそうなので、今後の物資輸送にも期待大だけに、厚意で譲ってくれた叔父の友人に感謝したい。

 後から聞いた話だが、その友人の趣味で、疾風丸こと4輪バギーは、いろいろとカスタマイズされている逸品とのことだった。
 完全に趣味の領域で、足回りやサスペンションも特注どころかパーツを自作するほど凝ってあり、特に規格外のパワーと持続性を可能とする大容量バッテリーと、高出力高機能で小型化を実現したモーターには、かなりのお金と手間がかかっているらしい。

 にもかかわらず、後ろふたつはすでに叔父の手により大破して、庭の片隅の燃えないゴミと化しているが。
 友人の方、うちの叔父が本当にごめんなさい。

 今日は約束通り、妹の春香も同伴である。
 今日に限ってはどうしてか野犬が追っかけてきたり、珍しいゴブリンふうの魔物を見かけたのだが、疾風丸の速度にはついてこれずに難なく振り切ることができた。

 なぜか、春香の口数が少なかった。

 街に到着してからは、さすがに4輪バギーは目立つので、布で覆ってそのまま店の裏の倉庫まで手押しで運んだ。

 街に着いたら途端に元気になった春香は、軽い足取りで道向かいの『春風のパン屋』に行ってしまった。

 春香にしてみれば、リコエッタに会うのも1週間ぶりほどになる。
 再会を心待ちにしていたのを知っているだけに、兄として俺も素直に喜ばしい。
 異世界での親友というのは、羨ましいほどだ。

 俺は俺で開店前にやるべきことがいくつかある。
 店中の窓を開けて、空気の入れ替え。店内の素材商品のチェック。簡単な清掃を行なってから表に出る。
 店の前を掃き、素材『シラキ屋』の看板を出して準備はOK。

 いつもより1時間半以上も早く着いてしまったので、まだ朝の空気が冷たい。
 人通りもまだまばらな通りを眺めて、大きく一息吐いた。

 あの衝撃だった魔族の襲撃から、まだ幾ばくも経ってはいないが、街の人々の復興に対する意欲はすごかった。
 瞬く間に復興を成し、今では表面上は以前と変わらぬ――それ以上の活気に満ちている。
 商人の街という意地もあったのだろうが、それ以上にこの街が好きなんだな、ということが新参者の俺にも見て取れた。

 あの大勇者に助けられたという、精神的支援も大きいのだろう。
 勇者まんじゅうという便乗商売まで出てくるあたり、商人の街らしい。

 今となっては、春香や叔父の問題でろくに復興に関われなかったことが悔やまれるが、だからこそ街の人に対する尊敬も厚い。
 俺も頑張ろう、と心の底から思った。
 この街で商売をすることは、ひいては還元されて街のためにもなるだろう。




 とはいえ。

 素材屋という商売柄、繁忙時間があるわけでもなく。
 朝の開店準備で買い足しにくる馴染みのお客数人を捌いた後は、いつも通りの平穏な時間が訪れた。

 一度、目の回る忙しさというものを味わってみたい気もするが、素材屋に足を運んでくるのは基本的にお店屋さんだけに、材料が足りずに慌てて駆け込んでくるようでは、それはそれでそのお店が心配になるだろうけど。

 窓の向こう――道向かいのパン屋は、こちらと違って大層な繁盛ぶりだ。
 朝食には遅く昼食には早い微妙な時間帯なのだが、精算待ちの客の列が道まで溢れている。

 リコエッタと一緒にお揃いの制服にまで着替えて、売り子をしている春香の姿も見えた。

 春香の手には、お手製の販促のぼり。
 デフォルメされた可愛い蜂がガラスの小瓶を抱え、小瓶からとろ~りこぼれる琥珀色の液体が、置かれた山型パンの上に滴っている絵だ。

 昨晩、叔父になにをねだっていたかと思いきや、街を救った英雄になにを描かせているのだ、妹よ。
 でも、無駄に繊細なコミカルタッチでフルカラー、そのまま絵本の挿絵にも使えそうな完璧な絵――叔父の溢れる才能の一端に若干引かないでもない。

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