64 / 184
第五章 回想編
辺境の勇者 2
しおりを挟む
「称号の由来はともかく、このカルディナや周辺に住む者にとっては、おまえさんは紛れもなく勇者じゃよ。おまえさんが率先して魔物や魔獣の駆除、魔王軍の尖兵の撃退まで行なってくれとるからこそ、こうして平穏に暮らせとる者がどれほどいることか。おまえさんが身を挺してくれとるおかげじゃよ。町の連中からも、いかに感謝されとるのか知っておるじゃろう?」
「いーや。それこそ買いかぶり過ぎだ。俺だって、顔も知らない奴のために身体張るほど、お偉い聖人さまじゃないぞ?」
「ほほう。では、顔を知っている者のためにやっておると?」
「ああ。守ってやりたい奴がいてな。そいつの背負い込む危険が少しでも減って、手助けになればと思ってる。わかったろ? 理由なんてそんなもんだ、たいそうな志なんてものがあるわけじゃない。勇者なんて称号は、本気で万人を救いたいと思ってる奴にこそ相応しいだろ」
「女か?」
「女だ」
からかい口調のガトーに、征司は真顔で即答した。
「なんじゃ、つまらんのう。面白味もない。まだ若いくせに、少しは照れるとか照れ隠しとかはないのか?」
「照れる理由がないだろーに。事実は事実だし、惚れた女のために男が格好つけるなんて当たり前のことだろ? ただし問題は、その惚れた女が靡いてくれる気配がちっともないってことだな! はっはっ!」
征司は冒険者になってからも、今現在に至るまで、リィズの家でずっと生活している。
冒険者という仕事柄、数日から数週間も家を空けることはあるが、「ただいま」と言うのはあの家に帰ったときだけだ。
リィズとの関係は3年経った今でも相変わらずで、男女としての進展はないまま、家族とも友人ともつかない曖昧な共同生活が続いている。
ただ、征司にとっては、それは決して居心地の悪いものではない。
愛情には至らずとも信頼を受けているのは感じている。
こんな関係も、お互いにとっては「らしい」と思えるようになってきた。
ちなみに家のほうはというと、余暇を見つけては増改築に努めた結果、6DKにまで改良されている。
これ以上は部屋を増やしても余分になるので、今ではもっぱら室内のリフォームと畑作りに精を出しているところだ。
「笑っとる場合か。なんともまあ、望めばなんでも手に入れられる立ち位置にあって、女ひとりのためと断言できる……見た目は立派に勇者しとるのに、中身はそこらの普通の若者と変わらんのう。じゃからこそ、皆から親しまれ、好かれているのかもしれんが……」
ガトーが小声で呟く。
「それで。結局のところ、今日はなに用だったんじゃ? わざわざ世間話をしにきたわけでもあるまいに」
征司は一瞬きょとんとした後、自分の膝をぺしんと叩いた。
「ああ、そうそう! 脱線してすっかり忘れちまってたぜ! 魔法だよ、魔法! 話を戻すとな、俺が魔族の魔法相手にてこずったのは話したろ? 今日はじっさまに、魔法への対策を相談しに来たんだった。魔法に対抗できるのは、じっさまのとこの魔法具くらいだろ?」
「ほう。魔法具に苦手意識を持つおまえさんが珍しいのう」
「さすがに今日は、痛い目を見たからなあ。正直、魔族がもう1体いたら、俺のほうがやられててもおかしくなかった。最近は戦線が押されてきて、ここいらでも魔族を見かけることが増えてきたからな。苦手だからってそのまんまにしておくわけにもいかないだろ」
「2年くらい前に、渡した炎の魔法石はどうしたんじゃ?」
「これか?」
征司は、胸元から赤っぽく光るペンダント状の魔法石を取り出した。
魔法石――魔力を溜め込む性質を持った魔石と呼ばれる自然石である。
魔法は本来魔族特有のもので、己が魔力と引き換えに超常現象を引き起こす人知を超えた奇跡。
当然、魔力そのものを持たない人間には、どう足掻いても使うことはできない道理だ。
しかし、魔石はさまざまな要因を付加して指向性を持たせることで、魔族の魔法に似た擬似的な現象を引き起こすことができる。
その技術を確立したのが魔法具技師と呼ばれる職人であり、ガトーもその一員として名を連ねていた。
「一応、毎回身には着けているけどよ。使いどころがなくってなあ……攻撃に使うには射程が短い上に威力も弱い。正直、突っ込んで斬ったほうが早いしな」
「防御には使っておらんのか? その魔法石は火属性、同じく火系統の魔法は吸収し、反属性の水系統の魔法は中和する性質があるから、なにかと勝手はいいと思うのじゃが……」
「おいおい、防御って……そりゃ無茶だ。相手の魔法を見てからアレやりだしても間に合わないだろ?」
「……アレ?」
「アレっていえば、アレだよ。こういうやつ」
征司は左手を胸の前に、右手を斜め上に掲げてポーズを取った。
「俺的には気に入ってるんだが、どんなに急いでも――って、どうした、じっさま?」
それを見たガトーは、とんがり帽子ごと頭を抱えていた。
言いにくそうにしていたガトーが吐露したことによると、このポーズも長ったらしい呪文も、実は無意味とのことだった。
いや、魔法石の発動効果に、使用者のイメージが関わってくる関係上、現象を意識する上では効果的ではあるのだが。
ただ、慣れてしまえば、まったく必要はないらしい。
これは魔法具を使う初心者の通過儀礼みたいなもので、通常は他人から指摘されたり、他人の魔法具の使用法を見て、真実を知って赤面する程度ですむ話なのだが――そもそも、征司はソロでの活動が多く、そんな機会自体が少なかった。
まして、本人がノリノリなために指摘する無粋な輩も居らず、知らずに2年間も経過してしまったわけである。
2年前のあの日、初めて魔法石を手に入れて、得意満面で征司がリィズの前で魔法を披露したとき、なぜか彼女が顔を背けて「げふんげふん」咳き込みながら肩を震わせていた理由が、2年越しで知れることになった。
「いーや。それこそ買いかぶり過ぎだ。俺だって、顔も知らない奴のために身体張るほど、お偉い聖人さまじゃないぞ?」
「ほほう。では、顔を知っている者のためにやっておると?」
「ああ。守ってやりたい奴がいてな。そいつの背負い込む危険が少しでも減って、手助けになればと思ってる。わかったろ? 理由なんてそんなもんだ、たいそうな志なんてものがあるわけじゃない。勇者なんて称号は、本気で万人を救いたいと思ってる奴にこそ相応しいだろ」
「女か?」
「女だ」
からかい口調のガトーに、征司は真顔で即答した。
「なんじゃ、つまらんのう。面白味もない。まだ若いくせに、少しは照れるとか照れ隠しとかはないのか?」
「照れる理由がないだろーに。事実は事実だし、惚れた女のために男が格好つけるなんて当たり前のことだろ? ただし問題は、その惚れた女が靡いてくれる気配がちっともないってことだな! はっはっ!」
征司は冒険者になってからも、今現在に至るまで、リィズの家でずっと生活している。
冒険者という仕事柄、数日から数週間も家を空けることはあるが、「ただいま」と言うのはあの家に帰ったときだけだ。
リィズとの関係は3年経った今でも相変わらずで、男女としての進展はないまま、家族とも友人ともつかない曖昧な共同生活が続いている。
ただ、征司にとっては、それは決して居心地の悪いものではない。
愛情には至らずとも信頼を受けているのは感じている。
こんな関係も、お互いにとっては「らしい」と思えるようになってきた。
ちなみに家のほうはというと、余暇を見つけては増改築に努めた結果、6DKにまで改良されている。
これ以上は部屋を増やしても余分になるので、今ではもっぱら室内のリフォームと畑作りに精を出しているところだ。
「笑っとる場合か。なんともまあ、望めばなんでも手に入れられる立ち位置にあって、女ひとりのためと断言できる……見た目は立派に勇者しとるのに、中身はそこらの普通の若者と変わらんのう。じゃからこそ、皆から親しまれ、好かれているのかもしれんが……」
ガトーが小声で呟く。
「それで。結局のところ、今日はなに用だったんじゃ? わざわざ世間話をしにきたわけでもあるまいに」
征司は一瞬きょとんとした後、自分の膝をぺしんと叩いた。
「ああ、そうそう! 脱線してすっかり忘れちまってたぜ! 魔法だよ、魔法! 話を戻すとな、俺が魔族の魔法相手にてこずったのは話したろ? 今日はじっさまに、魔法への対策を相談しに来たんだった。魔法に対抗できるのは、じっさまのとこの魔法具くらいだろ?」
「ほう。魔法具に苦手意識を持つおまえさんが珍しいのう」
「さすがに今日は、痛い目を見たからなあ。正直、魔族がもう1体いたら、俺のほうがやられててもおかしくなかった。最近は戦線が押されてきて、ここいらでも魔族を見かけることが増えてきたからな。苦手だからってそのまんまにしておくわけにもいかないだろ」
「2年くらい前に、渡した炎の魔法石はどうしたんじゃ?」
「これか?」
征司は、胸元から赤っぽく光るペンダント状の魔法石を取り出した。
魔法石――魔力を溜め込む性質を持った魔石と呼ばれる自然石である。
魔法は本来魔族特有のもので、己が魔力と引き換えに超常現象を引き起こす人知を超えた奇跡。
当然、魔力そのものを持たない人間には、どう足掻いても使うことはできない道理だ。
しかし、魔石はさまざまな要因を付加して指向性を持たせることで、魔族の魔法に似た擬似的な現象を引き起こすことができる。
その技術を確立したのが魔法具技師と呼ばれる職人であり、ガトーもその一員として名を連ねていた。
「一応、毎回身には着けているけどよ。使いどころがなくってなあ……攻撃に使うには射程が短い上に威力も弱い。正直、突っ込んで斬ったほうが早いしな」
「防御には使っておらんのか? その魔法石は火属性、同じく火系統の魔法は吸収し、反属性の水系統の魔法は中和する性質があるから、なにかと勝手はいいと思うのじゃが……」
「おいおい、防御って……そりゃ無茶だ。相手の魔法を見てからアレやりだしても間に合わないだろ?」
「……アレ?」
「アレっていえば、アレだよ。こういうやつ」
征司は左手を胸の前に、右手を斜め上に掲げてポーズを取った。
「俺的には気に入ってるんだが、どんなに急いでも――って、どうした、じっさま?」
それを見たガトーは、とんがり帽子ごと頭を抱えていた。
言いにくそうにしていたガトーが吐露したことによると、このポーズも長ったらしい呪文も、実は無意味とのことだった。
いや、魔法石の発動効果に、使用者のイメージが関わってくる関係上、現象を意識する上では効果的ではあるのだが。
ただ、慣れてしまえば、まったく必要はないらしい。
これは魔法具を使う初心者の通過儀礼みたいなもので、通常は他人から指摘されたり、他人の魔法具の使用法を見て、真実を知って赤面する程度ですむ話なのだが――そもそも、征司はソロでの活動が多く、そんな機会自体が少なかった。
まして、本人がノリノリなために指摘する無粋な輩も居らず、知らずに2年間も経過してしまったわけである。
2年前のあの日、初めて魔法石を手に入れて、得意満面で征司がリィズの前で魔法を披露したとき、なぜか彼女が顔を背けて「げふんげふん」咳き込みながら肩を震わせていた理由が、2年越しで知れることになった。
0
お気に入りに追加
538
あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる
十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

捨てられた転生幼女は無自重無双する
紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。
アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。
ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。
アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。
去ろうとしている人物は父と母だった。
ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。
朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。
クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。
しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。
アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。
王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。
アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。
※諸事情によりしばらく連載休止致します。
※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる