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第九章
騎士団、強襲 2
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玄関から出たときには、すでにリィズさんは臨戦態勢に入っていた。
着替える時間を惜しんだのだろう。服装こそ普段のワンピースのスカート姿だったが、玄関前の地面にはありったけのナイフや短刀などの武器が、無造作に突き刺してある。
多勢相手、しかも武装した対人戦。
金属同士の衝突は、思いの他に武器を傷めるそうだから、破損を見越しての予備のための武器だろう。
「アキトさんは、リオと一緒にわたしの視界内に居てください。あまり離れると、守りきれません」
「……わかりました」
リィズさんの言葉に、素直に従うことにした。
いざ戦闘になれば、素人の俺なんてリオちゃんと同じく足手まといだ。
恥だの外聞だのと言っている場合ではない。
リィズさんがもっとも恐れているのは、人質を取られることだろう。
リィズさんのことだから、叔父が家の間近まで戻ってきていることは感じているはず。
ならば勝利条件は、叔父が戻るまでの20分を耐え抜くことにある。
カルディナの街の方角から、土煙が上がっているのが遠目に見えた。
最初は小さな豆粒ほどだった陰影も、集団が近づくにつれ、その一糸乱れぬ陣形で駆けるさまが否応なくわかるようになる。
武装した騎兵100騎が整然と並んで迫るとなると、もはや長大な壁が押し寄せてくるに等しい。
思わず息を呑んでしまう。
(そうだ、リオちゃんは……)
右腕に抱えたままだったリオちゃんを見下ろすと、小さな従姉妹殿は二度寝の真っ最中だった。
腰を抱えられるままに、だらんと四肢を垂らし、幸せそうに寝息を立てている。
口をもごもごとして、なにか食べている夢でも見ていそうな。
(……ははっ。やっぱ、リオちゃんは大物だな)
さすがはあの叔父とリィズさんの娘といったところか。
おかげで、こちらの腹も据わった。
我が家のお姫様の手前、無様は晒せない。
いざというときは、身を挺しても守らないといけない。
待つこと幾ばくもなく、次第に騎馬の蹄の音まで聞こえてくるようになった。
もはや、騎乗する騎士の鎧兜まで判別できるほどだ。
リィズさんは身構えたまま、動かない。
その背を見つめながら、俺も静かに時を待つ。
騎馬の軍勢は、家の手前50メートルほどの位置で停止した。
集団の中央に位置する鎧の騎士が手を挙げ、他の騎士たちが申し合わせたようにいっせいに下馬する。
お互いに微動だにせず、しばしの時を睨み合うことになった。
100もの騎士と相対する中――唯一、騎乗したままだった先ほどの騎士が、悠然と馬をこちらに進めてきた。
「馬上から失礼。昨日は世話になったな、小僧」
脱いだ兜の下にあったのは、ベルデン騎士団のダナン副団長だった。
昨日と違い、上から下まで金属で覆い尽くされた完全武装だ。
髭を撫でながら嫌味な笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている。
「どうしてここが? 尾行はなかったと思うんですけど」
「なに。馬鹿正直に後ろを付いていくばかりが尾行ではない。あれだけ盛大に音と土埃を撒き散らす奇妙な乗り物だ。各所に見張りを立てておけば、見逃すこともあるまいよ。大まかな移動先くらいは推定できる」
「なるほど。で、拉致未遂の次は集団恫喝で? 騎士道って言葉を知ってますか?」
「騎士でもない者に、騎士道を説かれる謂れはないな」
必死の虚勢も、歯牙にもかけずに一蹴される。
ならばと、せめてもの抵抗で睨みつけた。
リィズさんはまだ動かないが、獣耳は忙しなくぴくぴく反応している。
相手の手が剣柄にかかるなりでもすれば、一気に動くはずだ。
その後に待っているのは乱戦だろう。
わずか一瞬後に、状況がどう変わるかわからないだけに、心構えだけは済ませておいた。
だが、意外なところからの意外な声に、俺の覚悟は霧散した。
「どうしたんです、ダナン? こんな朝早くから陣を離れて、皆をこんなところまで連れだして。いったい誰と話して……」
鎧姿に隠れて見えなかったが、ダナンの馬の背にはもうひとり別の人物がいた。
ダナンの陰にすっぽり隠れるほどの小柄なせいで、四苦八苦して鎧越しに顔を出している。
その顔からの視線と、こちらの視線が真っ向からぶつかった。
「あれ? アキトさま?」
「え? フェブ?」
お互いに呆れるほど素っ頓狂な声。
ベルデンで別れ、俺にしてみれば4日ぶりの対面となるフェブラント・アールズ、その人だった。
着替える時間を惜しんだのだろう。服装こそ普段のワンピースのスカート姿だったが、玄関前の地面にはありったけのナイフや短刀などの武器が、無造作に突き刺してある。
多勢相手、しかも武装した対人戦。
金属同士の衝突は、思いの他に武器を傷めるそうだから、破損を見越しての予備のための武器だろう。
「アキトさんは、リオと一緒にわたしの視界内に居てください。あまり離れると、守りきれません」
「……わかりました」
リィズさんの言葉に、素直に従うことにした。
いざ戦闘になれば、素人の俺なんてリオちゃんと同じく足手まといだ。
恥だの外聞だのと言っている場合ではない。
リィズさんがもっとも恐れているのは、人質を取られることだろう。
リィズさんのことだから、叔父が家の間近まで戻ってきていることは感じているはず。
ならば勝利条件は、叔父が戻るまでの20分を耐え抜くことにある。
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最初は小さな豆粒ほどだった陰影も、集団が近づくにつれ、その一糸乱れぬ陣形で駆けるさまが否応なくわかるようになる。
武装した騎兵100騎が整然と並んで迫るとなると、もはや長大な壁が押し寄せてくるに等しい。
思わず息を呑んでしまう。
(そうだ、リオちゃんは……)
右腕に抱えたままだったリオちゃんを見下ろすと、小さな従姉妹殿は二度寝の真っ最中だった。
腰を抱えられるままに、だらんと四肢を垂らし、幸せそうに寝息を立てている。
口をもごもごとして、なにか食べている夢でも見ていそうな。
(……ははっ。やっぱ、リオちゃんは大物だな)
さすがはあの叔父とリィズさんの娘といったところか。
おかげで、こちらの腹も据わった。
我が家のお姫様の手前、無様は晒せない。
いざというときは、身を挺しても守らないといけない。
待つこと幾ばくもなく、次第に騎馬の蹄の音まで聞こえてくるようになった。
もはや、騎乗する騎士の鎧兜まで判別できるほどだ。
リィズさんは身構えたまま、動かない。
その背を見つめながら、俺も静かに時を待つ。
騎馬の軍勢は、家の手前50メートルほどの位置で停止した。
集団の中央に位置する鎧の騎士が手を挙げ、他の騎士たちが申し合わせたようにいっせいに下馬する。
お互いに微動だにせず、しばしの時を睨み合うことになった。
100もの騎士と相対する中――唯一、騎乗したままだった先ほどの騎士が、悠然と馬をこちらに進めてきた。
「馬上から失礼。昨日は世話になったな、小僧」
脱いだ兜の下にあったのは、ベルデン騎士団のダナン副団長だった。
昨日と違い、上から下まで金属で覆い尽くされた完全武装だ。
髭を撫でながら嫌味な笑みを浮かべ、こちらを見下ろしている。
「どうしてここが? 尾行はなかったと思うんですけど」
「なに。馬鹿正直に後ろを付いていくばかりが尾行ではない。あれだけ盛大に音と土埃を撒き散らす奇妙な乗り物だ。各所に見張りを立てておけば、見逃すこともあるまいよ。大まかな移動先くらいは推定できる」
「なるほど。で、拉致未遂の次は集団恫喝で? 騎士道って言葉を知ってますか?」
「騎士でもない者に、騎士道を説かれる謂れはないな」
必死の虚勢も、歯牙にもかけずに一蹴される。
ならばと、せめてもの抵抗で睨みつけた。
リィズさんはまだ動かないが、獣耳は忙しなくぴくぴく反応している。
相手の手が剣柄にかかるなりでもすれば、一気に動くはずだ。
その後に待っているのは乱戦だろう。
わずか一瞬後に、状況がどう変わるかわからないだけに、心構えだけは済ませておいた。
だが、意外なところからの意外な声に、俺の覚悟は霧散した。
「どうしたんです、ダナン? こんな朝早くから陣を離れて、皆をこんなところまで連れだして。いったい誰と話して……」
鎧姿に隠れて見えなかったが、ダナンの馬の背にはもうひとり別の人物がいた。
ダナンの陰にすっぽり隠れるほどの小柄なせいで、四苦八苦して鎧越しに顔を出している。
その顔からの視線と、こちらの視線が真っ向からぶつかった。
「あれ? アキトさま?」
「え? フェブ?」
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