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第五章 回想編
獣人の戦奴たち 1
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リィズの住んでいる家から5キロほど離れた程近い場所に、その施設はあった。
施設といっても単一の建物ではなく、いくつかの建物が集まり、住居群や田畑なども加わることで、そこは村として機能していた。
獣人たちの収容施設にして、活動の拠点となっている、いわばリィズの職場である。
征司は早くからその存在を知っていたが、リィズから止められていたこともあり、訪問するのはこれが初めてだった。
リィズに先導されて、征司は村に足を踏み入れた。
途端に、来訪者に気づいた獣人たちから、懐疑的な視線が無遠慮に投げつけられてくる。
収容人数は、およそ100人余り。
そのすべてがリィズと同じ獣人にして、奴隷の戦奴である。
住人たちの首には一様に、奴隷の証たる黒いチョーカーが巻かれて、見え隠れしていた。
事前にリィズから聞いていたことだが、獣人の中でも部族によって種族に偏りがあり、外見はかなり異なるらしい。
一見しただけでも、犬系や猫系をはじめとした獣人が入り乱れているのがよくわかる。
いずれも獣顔であり、年齢は判別しにくいが、戦奴を集めた村だけあって、極端な老人や幼子は見受けられない。
男女性別を問わず、最年少で10歳程度といったところだろう。
さすがに大柄な者が多く、獣が二足歩行しているようで、人間と比べて迫力が段違いだ。
道程でのすれ違いがてら、露骨に威嚇してくる者もいる。
「堂々としてればいい。怯んだ様子を見せるなよ。獣人は他者の弱みには敏感だ。不用意に背中を見せたりすると襲われるぞ? 目が合ったとしても、視線は逸らさず、冷静にどうやり過ごすか判断しろ」
リィズが小声で伝えてきた。
(それって、まんま野生の獣に遭遇したときの対処法じゃねえの?)
そうこうしながら、リィズの目指す目的地に着いた。
村のほぼ中央にあって、村の大部分を占める大きい施設だった。
リィズが扉脇の格子の向こうに座る獣人に声を掛けると、守衛らしき獣人は征司を胡散臭そうに垣間見てから、内側から扉を開いた。
観音開きの大きな扉が開くと、内部からの熱気と怒気が溢れ出てくる。
そこは獣人たちの訓練施設であり、いくつのも仕切りで区切られた各区画では、大勢の獣人たちがさまざまな訓練に勤しんでいた。
「くあー、圧巻だな。これは!」
征司は思わず感嘆を漏らした。
まさに軍隊の訓練模様そのままだった。
実戦さながらの隊規模の連携訓練。個人対集団での模擬戦。各種の状況を想定した戦闘訓練風景が、征司の眼前で繰り広げられている。
魅入って突っ立っている征司と、付き添っているリィズの前に、ひときわ大柄の獣人が足音を響かせてやってきた。
身長は2メートル強。頭部は虎と思しき獣顔。
見事な銀毛で全身を覆い、その強靭な肉体を誇示するように、身に着けているのは下半身の腰巻のみという出で立ちだった。
滲み出る貫禄から、相当な実力者とひと目で知れる。
虎の獣人は、征司を値踏みするように見下ろしてから、リィズに視線を転じた。
「これが、報告にあった例の人間か?」
「そうだ。セージ様だ。本人たっての希望で連れてきた」
リィズは簡単に紹介してから、「しっかりな」と征司に耳打ちして、さっさとその場を離れてしまった。
いつの間にか、周囲は手を止めた獣人たちに囲まれており、孤立無援の中、征司はひとり取り残されてしまう。
しかしそれも、リィズとの事前の打ち合わせ通りだった。
「わしは銀虎族のグリズ。ここで獣人の取り纏めを行なっている」
どすの利いた低い声。
声音とは別に喉元から、ぐるるる――と唸り声が聞こえてくる。
「俺は白木征司だ。征司と呼んでくれ」
征司は自分を親指で指差して、不敵に笑った。
「では、セージとやら。あらためて問うが、ここへなにをしに来た? 興味本位の見学なら、隅で膝を抱えて大人しく見ているがいい。陣中見舞いなら、手土産を置いてさっさと去ぬがいい。ない尻尾を丸めてな」
ギャラリーから嘲笑が巻き起こる。
(なるほど、リィズから聞いていた通りの展開だな)
征司は動じない。
「いーや、ちょっくら諸事情があってよ。強くなりたいんだ。ここには強い奴らが大勢いると聞いた。手合わせ願えないかと思ってよ」
「ほほう?」
グリズの気配が変わった。獰猛に、そして愉悦に。
大きく裂けて牙の並ぶ口蓋を、長い舌で舌舐めずりしている。
「わしらは奴隷だ。人間に手出しすることは厳罰とされている。だが、人間のほうからの要望では、その限りではない」
「あんたが相手してくれるってか? 願ってもない」
「よい度胸だ、人間」
すでにグリズは臨戦態勢だ。
獣毛に隠れた四肢の筋肉が、はち切れんばかりに盛り上がっているのがわかる。
獣人は好戦的――そこもリィズの情報通りだ。
獣人の価値観とは、強いこと。
個人の力量を示さねば、何人であろうとも歯牙にもかけられない。
以前からおぼろげに考えていたことではあったが、征司にはひとつの思惑があった。
ここを訪れることが決まり、それは確固たるものとなった。
この世界での身の振り方である。
これまでは、ただ巻き込まれて戦う破目となり、身体を癒すために時間を費やした。
心身が回復した今、では、これからは――?
リィズにも話していないが、征司はすでに目標を定めていた。
そのためには、まずは自身が強くならないと話にもならない。
「牙や爪は使わん。当然、武器もな。きさまは好きにしろ」
「いんや、不要だね。ステゴロのほうが得意でね」
「このわしに素手で挑むか! いいぞ、きさま! 人間にしておくには惜しい!」
周囲から歓声が巻き起こる。
喧騒に呼び寄せられた人並みが自然と円を描き、観客による闘技場が形成されていた。
「じゃあ……いかせてもらうぜ、おっさん!」
征司から仕掛けた。
助走をつけ、固く握りこんだ拳を、真っ向から鳩尾に叩きつける。
厚いタイヤを殴ったような感触が、征司の腕を伝わった。
渾身の一撃だったが、グリズは身構えたまま、微動だにせずに征司の拳を受けて退けている。
今度は、グリズの拳が征司を襲った。
あまりの威力に、踏ん張った足ごと身体が横にずれる。
直撃に意識が飛びかけるが、倒れることも膝をつくこともなく、どうにか征司も受けきった。
追撃のチャンスだったはずだが、グリズは動かない。
仁王立ちしたまま、真っ直ぐに征司を睨み、待ち構えている。
(なるほど、そうくるか――)
征司は、獣さながらの獰猛な笑みを浮かべた。
「熱いな、虎のおっさん! だが、俺も嫌いじゃない! はっはっ――!」
征司が殴り、グリズが受ける。
グリズが蹴り、征司が受ける。
そういった単純な攻防を幾度か繰り返したところで、不意にグリズが哄笑した。
「いやはや気に入ったぞ、人間! いや、セージだったな! わしとの根性試しにここまで付き合えるのは、獣人でもなかなか居らんぞ!?」
「そりゃあどーも! だったら、こういうのはどうだい!?」
言うが早いか、征司は一気にグリズの懐に潜り込んだ。
咄嗟に迎撃しようと伸ばしたグリズの腕を掴んで捻じり――次の瞬間には、推定体重200キロ以上のグリズの巨体が宙を舞っていた。
「おお?」
地面に大の字になり、グリズは自分の身に起きたことを理解できず、目をぱちくりとしていた。
周囲の観客の反応も同様である。
「ははっ、我ながら見事に決まったな!」
次いで沸き上がる大歓声。
獣人たち全員が、てんわやんわの大騒ぎとなった。
獣人たるグリズは、投げのひとつくらいで大したダメージは受けていなかったが、続行する気は失せたようだった。
感心した面持ちで、自身の身体と地面とを交互に見比べていた。
「なんだ、今のは? 魔法か?」
「んな、不可思議なものは使えねーよ。今のは単なる技だ。四方投げの応用だな」
柔術の達人である父親の直伝である。
もっとも教えてもらうのではなく、主に一方的に投げられるだけだったが。
獣人はその膂力ゆえ、相手の力を応用するという技に慣れていないのが、功を奏した結果だろう。
興奮した獣人たちにもみくちゃにされて、征司は手荒い歓迎を受けた。
そんな輪の向こうで、リィズが複雑な表情で微笑んでいた。
施設といっても単一の建物ではなく、いくつかの建物が集まり、住居群や田畑なども加わることで、そこは村として機能していた。
獣人たちの収容施設にして、活動の拠点となっている、いわばリィズの職場である。
征司は早くからその存在を知っていたが、リィズから止められていたこともあり、訪問するのはこれが初めてだった。
リィズに先導されて、征司は村に足を踏み入れた。
途端に、来訪者に気づいた獣人たちから、懐疑的な視線が無遠慮に投げつけられてくる。
収容人数は、およそ100人余り。
そのすべてがリィズと同じ獣人にして、奴隷の戦奴である。
住人たちの首には一様に、奴隷の証たる黒いチョーカーが巻かれて、見え隠れしていた。
事前にリィズから聞いていたことだが、獣人の中でも部族によって種族に偏りがあり、外見はかなり異なるらしい。
一見しただけでも、犬系や猫系をはじめとした獣人が入り乱れているのがよくわかる。
いずれも獣顔であり、年齢は判別しにくいが、戦奴を集めた村だけあって、極端な老人や幼子は見受けられない。
男女性別を問わず、最年少で10歳程度といったところだろう。
さすがに大柄な者が多く、獣が二足歩行しているようで、人間と比べて迫力が段違いだ。
道程でのすれ違いがてら、露骨に威嚇してくる者もいる。
「堂々としてればいい。怯んだ様子を見せるなよ。獣人は他者の弱みには敏感だ。不用意に背中を見せたりすると襲われるぞ? 目が合ったとしても、視線は逸らさず、冷静にどうやり過ごすか判断しろ」
リィズが小声で伝えてきた。
(それって、まんま野生の獣に遭遇したときの対処法じゃねえの?)
そうこうしながら、リィズの目指す目的地に着いた。
村のほぼ中央にあって、村の大部分を占める大きい施設だった。
リィズが扉脇の格子の向こうに座る獣人に声を掛けると、守衛らしき獣人は征司を胡散臭そうに垣間見てから、内側から扉を開いた。
観音開きの大きな扉が開くと、内部からの熱気と怒気が溢れ出てくる。
そこは獣人たちの訓練施設であり、いくつのも仕切りで区切られた各区画では、大勢の獣人たちがさまざまな訓練に勤しんでいた。
「くあー、圧巻だな。これは!」
征司は思わず感嘆を漏らした。
まさに軍隊の訓練模様そのままだった。
実戦さながらの隊規模の連携訓練。個人対集団での模擬戦。各種の状況を想定した戦闘訓練風景が、征司の眼前で繰り広げられている。
魅入って突っ立っている征司と、付き添っているリィズの前に、ひときわ大柄の獣人が足音を響かせてやってきた。
身長は2メートル強。頭部は虎と思しき獣顔。
見事な銀毛で全身を覆い、その強靭な肉体を誇示するように、身に着けているのは下半身の腰巻のみという出で立ちだった。
滲み出る貫禄から、相当な実力者とひと目で知れる。
虎の獣人は、征司を値踏みするように見下ろしてから、リィズに視線を転じた。
「これが、報告にあった例の人間か?」
「そうだ。セージ様だ。本人たっての希望で連れてきた」
リィズは簡単に紹介してから、「しっかりな」と征司に耳打ちして、さっさとその場を離れてしまった。
いつの間にか、周囲は手を止めた獣人たちに囲まれており、孤立無援の中、征司はひとり取り残されてしまう。
しかしそれも、リィズとの事前の打ち合わせ通りだった。
「わしは銀虎族のグリズ。ここで獣人の取り纏めを行なっている」
どすの利いた低い声。
声音とは別に喉元から、ぐるるる――と唸り声が聞こえてくる。
「俺は白木征司だ。征司と呼んでくれ」
征司は自分を親指で指差して、不敵に笑った。
「では、セージとやら。あらためて問うが、ここへなにをしに来た? 興味本位の見学なら、隅で膝を抱えて大人しく見ているがいい。陣中見舞いなら、手土産を置いてさっさと去ぬがいい。ない尻尾を丸めてな」
ギャラリーから嘲笑が巻き起こる。
(なるほど、リィズから聞いていた通りの展開だな)
征司は動じない。
「いーや、ちょっくら諸事情があってよ。強くなりたいんだ。ここには強い奴らが大勢いると聞いた。手合わせ願えないかと思ってよ」
「ほほう?」
グリズの気配が変わった。獰猛に、そして愉悦に。
大きく裂けて牙の並ぶ口蓋を、長い舌で舌舐めずりしている。
「わしらは奴隷だ。人間に手出しすることは厳罰とされている。だが、人間のほうからの要望では、その限りではない」
「あんたが相手してくれるってか? 願ってもない」
「よい度胸だ、人間」
すでにグリズは臨戦態勢だ。
獣毛に隠れた四肢の筋肉が、はち切れんばかりに盛り上がっているのがわかる。
獣人は好戦的――そこもリィズの情報通りだ。
獣人の価値観とは、強いこと。
個人の力量を示さねば、何人であろうとも歯牙にもかけられない。
以前からおぼろげに考えていたことではあったが、征司にはひとつの思惑があった。
ここを訪れることが決まり、それは確固たるものとなった。
この世界での身の振り方である。
これまでは、ただ巻き込まれて戦う破目となり、身体を癒すために時間を費やした。
心身が回復した今、では、これからは――?
リィズにも話していないが、征司はすでに目標を定めていた。
そのためには、まずは自身が強くならないと話にもならない。
「牙や爪は使わん。当然、武器もな。きさまは好きにしろ」
「いんや、不要だね。ステゴロのほうが得意でね」
「このわしに素手で挑むか! いいぞ、きさま! 人間にしておくには惜しい!」
周囲から歓声が巻き起こる。
喧騒に呼び寄せられた人並みが自然と円を描き、観客による闘技場が形成されていた。
「じゃあ……いかせてもらうぜ、おっさん!」
征司から仕掛けた。
助走をつけ、固く握りこんだ拳を、真っ向から鳩尾に叩きつける。
厚いタイヤを殴ったような感触が、征司の腕を伝わった。
渾身の一撃だったが、グリズは身構えたまま、微動だにせずに征司の拳を受けて退けている。
今度は、グリズの拳が征司を襲った。
あまりの威力に、踏ん張った足ごと身体が横にずれる。
直撃に意識が飛びかけるが、倒れることも膝をつくこともなく、どうにか征司も受けきった。
追撃のチャンスだったはずだが、グリズは動かない。
仁王立ちしたまま、真っ直ぐに征司を睨み、待ち構えている。
(なるほど、そうくるか――)
征司は、獣さながらの獰猛な笑みを浮かべた。
「熱いな、虎のおっさん! だが、俺も嫌いじゃない! はっはっ――!」
征司が殴り、グリズが受ける。
グリズが蹴り、征司が受ける。
そういった単純な攻防を幾度か繰り返したところで、不意にグリズが哄笑した。
「いやはや気に入ったぞ、人間! いや、セージだったな! わしとの根性試しにここまで付き合えるのは、獣人でもなかなか居らんぞ!?」
「そりゃあどーも! だったら、こういうのはどうだい!?」
言うが早いか、征司は一気にグリズの懐に潜り込んだ。
咄嗟に迎撃しようと伸ばしたグリズの腕を掴んで捻じり――次の瞬間には、推定体重200キロ以上のグリズの巨体が宙を舞っていた。
「おお?」
地面に大の字になり、グリズは自分の身に起きたことを理解できず、目をぱちくりとしていた。
周囲の観客の反応も同様である。
「ははっ、我ながら見事に決まったな!」
次いで沸き上がる大歓声。
獣人たち全員が、てんわやんわの大騒ぎとなった。
獣人たるグリズは、投げのひとつくらいで大したダメージは受けていなかったが、続行する気は失せたようだった。
感心した面持ちで、自身の身体と地面とを交互に見比べていた。
「なんだ、今のは? 魔法か?」
「んな、不可思議なものは使えねーよ。今のは単なる技だ。四方投げの応用だな」
柔術の達人である父親の直伝である。
もっとも教えてもらうのではなく、主に一方的に投げられるだけだったが。
獣人はその膂力ゆえ、相手の力を応用するという技に慣れていないのが、功を奏した結果だろう。
興奮した獣人たちにもみくちゃにされて、征司は手荒い歓迎を受けた。
そんな輪の向こうで、リィズが複雑な表情で微笑んでいた。
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