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第九章
御曹司と副団長 3
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フェブラントは以前、祖父にふたりのことを問うたことがある。
そのとき祖父は、「マドルクはまだ若く情熱に溢れ、能動的で勇ましい。しかし反面、足元の落とし穴に陥りやすい危うさがある。カーティスは逆に冷静で達観した視野を持つが、深慮が過ぎて逡巡する癖がある。だから正反対のふたりが団を率い、カーティスが指揮しマドルクが先導することで、ベルデン騎士団は十全でいられるのだよ」と、笑って答えてくれた。
フェブラントがその見識の域に達するのは、まだまだ先のことらしい。
「俺個人としての意見を言わせてもらうなら、一両日中にでも、騎士団を派遣するべきだと思う。領民を守るのは騎士の務めだ。カルディナでは間に合わず、少なからず人的被害も出してしまった。あれは騎士として、痛恨の極みだった。部下の中にも、不甲斐なさを嘆いている奴は大勢いる。前回は勇者殿に助けられたが、それに甘んじるわけにはいかない。やはり領民を守るのは、騎士であるべきだ!」
熱く語り、マドルクは握り拳を掲げる。
フェブラントの前では、滅多に見せない熱意に驚いていると、マドルクはバツが悪そうに拳を降ろし、
「……と思う」
と、照れ隠しを浮かべながら、やや小声で付け加えた。
フェブラントは苦笑してから、胸を押さえてひとつ大きく深呼吸する。
「そうですね。今夜一晩、考えさせてください」
領主たる伯爵不在の現状、騎士団を動員する権限についてはフェブラントにある。
命令ひとつで、家臣を死傷させてしまうかもしれない。
子供で経験もない自分にそんな資格はあるのかとも不安になる。
しかし、年齢だの経験だのと自身がどう思おうとも、それが決して覆らないのは事実だ。
なればこそ、貴族としての心構えは幼き頃より教授を受けている。
ただ、実際の派遣となると、騎士団の長であるカーティスの合意の必要性がある。
騎士団内での団長の存在は絶大。それこそ民衆に於ける勇者にも匹敵する。
団長の頭越しでの命令も可能だが、それでは団員からの信を得られるわけがない。
「明朝を待ち、カーティス団長にも意見を仰いだのち、最終決定とします」
すでにフェブラントの心は決まっているため、実際には意見を仰ぐというよりただの確認だ。
マドルクの読み通り、カーティスが反対の意を示したならば、副団長のマドルクを同席させたとしても説得は難航するだろう。
ただでも苦手な、あの厳つい仏頂面を相手にしないといけないと思うと、今から頭痛がする。
「……悪いな。今日も発作を起こしたばかりだってのに、無理させちまったみたいだな」
こめかみを押さえたのを勘違いしたようで、マドルクは心配げにフェブラントを覗き込んだ。
「難しい話はこれくらいで止めとくか」
「無理はしてないですけど、マドルクも戻ったばかりで疲れているでしょうしね」
「俺はいいさ。元より、これから城下の酒場に繰り出す予定だからな!」
一転して、マドルクはにやけ顔になり、酒瓶をあおる仕草をした。
「えー……」
フェブラントがじと目になる。
つい今しがた、熱く騎士道を語っていた熱血漢はどこにいったのか。
マドルクは騎士の中でも堅苦しくない性格ゆえか、女性にも人気がある。特に夜の仕事を生業とした女性に。
もういい年なのだが、結婚どころか特に決まった相手を作らず、時間があれば酒と女に興じている。
年下の弟分から言わせてもらうと、実にだらしない。
「お、そうだ。酒の肴にちょうどいい。さっきメイドから聞いたんだが……いつぞや言っていた、フェブ憧れの勇者殿の親族が、ついに来たんだってな?」
「――そうなんです! 今日、ようやくお越しいただけまして!」
突然、ベッドから身を乗り出したフェブラントのあまりの勢いに、マドルクが後退った。
「うおっ! びっくりした! いきなり弾けたな。……たしかに無理はしてなさそうだ。まあ、フェブの勇者殿がらみの話じゃあこんなもんか。どうだった、勇者殿の甥って話は確認できたのか?」
はたとベッドから落ちそうな体勢のまま、フェブラントが固まる。
「……いえ、その方との約束で、詳しくは話せないんですけど。そんな感じというか……」
「あー、内密にってか。これまで吹聴してこなかった時点で、そりゃあそうか。フェブがわかり易すぎて、意味ない気もするけどな。そいつ、今日は城に泊まりか?」
「ええ、そう――のはずです。カーティス団長からの伝言で、そう聞いています。途中で発作を起こして倒れてしまい、とんだ無作法をしてしまって。どこの部屋に泊まられているかもわかりませんが……」
しゅんとなる。
せっかくの機会、どうせなら夜通しでも語り合いたかったのだが、これも己の不手際だけに諦めるしかない。
「でも、マドルクが男性のことを気にかけるなんて、珍しいですね?」
「ええぃ、他人に聞かれたら誤解されそうな言い回しは止めろ。まあなんだ、せっかくなら飲みにでも誘って、土産にベルデン騎士の心構えでも教授してやろうかと思ってな。勘繰るなってんなら、やめとくさ」
実際にはマドルクが、「フェブのことを宜しく」とでも頼むつもりなのはわかってはいたが、フェブラントはあえて惚けることにした。
「ええー……酔っ払ったマドルクが騎士の心得ですか? やめてください、ベルデンの品位が下がります。ボクまでアキトさまに嫌われちゃったらどうするんですか。自分では気づいてないんでしょうけど、酔ったときのマドルク――とても人様にお見せできるものではありませんよ?」
自分で言ってから、その場面を想像して思わずフェブラントが噴き出すと、マドルクから「生意気な」と小突かれた。
ついでとばかりにベッドの上に飛びかかられて、全身をくすぐられる。
以前は普通だったが、最近はこういったじゃれ合いも久しい。
カルディナの一件以降、お互いに慌しく、ふたりきりになる機会もなかった。
その日は遅くまで、フェブラントの部屋からは笑い声が漏れていた。
そのとき祖父は、「マドルクはまだ若く情熱に溢れ、能動的で勇ましい。しかし反面、足元の落とし穴に陥りやすい危うさがある。カーティスは逆に冷静で達観した視野を持つが、深慮が過ぎて逡巡する癖がある。だから正反対のふたりが団を率い、カーティスが指揮しマドルクが先導することで、ベルデン騎士団は十全でいられるのだよ」と、笑って答えてくれた。
フェブラントがその見識の域に達するのは、まだまだ先のことらしい。
「俺個人としての意見を言わせてもらうなら、一両日中にでも、騎士団を派遣するべきだと思う。領民を守るのは騎士の務めだ。カルディナでは間に合わず、少なからず人的被害も出してしまった。あれは騎士として、痛恨の極みだった。部下の中にも、不甲斐なさを嘆いている奴は大勢いる。前回は勇者殿に助けられたが、それに甘んじるわけにはいかない。やはり領民を守るのは、騎士であるべきだ!」
熱く語り、マドルクは握り拳を掲げる。
フェブラントの前では、滅多に見せない熱意に驚いていると、マドルクはバツが悪そうに拳を降ろし、
「……と思う」
と、照れ隠しを浮かべながら、やや小声で付け加えた。
フェブラントは苦笑してから、胸を押さえてひとつ大きく深呼吸する。
「そうですね。今夜一晩、考えさせてください」
領主たる伯爵不在の現状、騎士団を動員する権限についてはフェブラントにある。
命令ひとつで、家臣を死傷させてしまうかもしれない。
子供で経験もない自分にそんな資格はあるのかとも不安になる。
しかし、年齢だの経験だのと自身がどう思おうとも、それが決して覆らないのは事実だ。
なればこそ、貴族としての心構えは幼き頃より教授を受けている。
ただ、実際の派遣となると、騎士団の長であるカーティスの合意の必要性がある。
騎士団内での団長の存在は絶大。それこそ民衆に於ける勇者にも匹敵する。
団長の頭越しでの命令も可能だが、それでは団員からの信を得られるわけがない。
「明朝を待ち、カーティス団長にも意見を仰いだのち、最終決定とします」
すでにフェブラントの心は決まっているため、実際には意見を仰ぐというよりただの確認だ。
マドルクの読み通り、カーティスが反対の意を示したならば、副団長のマドルクを同席させたとしても説得は難航するだろう。
ただでも苦手な、あの厳つい仏頂面を相手にしないといけないと思うと、今から頭痛がする。
「……悪いな。今日も発作を起こしたばかりだってのに、無理させちまったみたいだな」
こめかみを押さえたのを勘違いしたようで、マドルクは心配げにフェブラントを覗き込んだ。
「難しい話はこれくらいで止めとくか」
「無理はしてないですけど、マドルクも戻ったばかりで疲れているでしょうしね」
「俺はいいさ。元より、これから城下の酒場に繰り出す予定だからな!」
一転して、マドルクはにやけ顔になり、酒瓶をあおる仕草をした。
「えー……」
フェブラントがじと目になる。
つい今しがた、熱く騎士道を語っていた熱血漢はどこにいったのか。
マドルクは騎士の中でも堅苦しくない性格ゆえか、女性にも人気がある。特に夜の仕事を生業とした女性に。
もういい年なのだが、結婚どころか特に決まった相手を作らず、時間があれば酒と女に興じている。
年下の弟分から言わせてもらうと、実にだらしない。
「お、そうだ。酒の肴にちょうどいい。さっきメイドから聞いたんだが……いつぞや言っていた、フェブ憧れの勇者殿の親族が、ついに来たんだってな?」
「――そうなんです! 今日、ようやくお越しいただけまして!」
突然、ベッドから身を乗り出したフェブラントのあまりの勢いに、マドルクが後退った。
「うおっ! びっくりした! いきなり弾けたな。……たしかに無理はしてなさそうだ。まあ、フェブの勇者殿がらみの話じゃあこんなもんか。どうだった、勇者殿の甥って話は確認できたのか?」
はたとベッドから落ちそうな体勢のまま、フェブラントが固まる。
「……いえ、その方との約束で、詳しくは話せないんですけど。そんな感じというか……」
「あー、内密にってか。これまで吹聴してこなかった時点で、そりゃあそうか。フェブがわかり易すぎて、意味ない気もするけどな。そいつ、今日は城に泊まりか?」
「ええ、そう――のはずです。カーティス団長からの伝言で、そう聞いています。途中で発作を起こして倒れてしまい、とんだ無作法をしてしまって。どこの部屋に泊まられているかもわかりませんが……」
しゅんとなる。
せっかくの機会、どうせなら夜通しでも語り合いたかったのだが、これも己の不手際だけに諦めるしかない。
「でも、マドルクが男性のことを気にかけるなんて、珍しいですね?」
「ええぃ、他人に聞かれたら誤解されそうな言い回しは止めろ。まあなんだ、せっかくなら飲みにでも誘って、土産にベルデン騎士の心構えでも教授してやろうかと思ってな。勘繰るなってんなら、やめとくさ」
実際にはマドルクが、「フェブのことを宜しく」とでも頼むつもりなのはわかってはいたが、フェブラントはあえて惚けることにした。
「ええー……酔っ払ったマドルクが騎士の心得ですか? やめてください、ベルデンの品位が下がります。ボクまでアキトさまに嫌われちゃったらどうするんですか。自分では気づいてないんでしょうけど、酔ったときのマドルク――とても人様にお見せできるものではありませんよ?」
自分で言ってから、その場面を想像して思わずフェブラントが噴き出すと、マドルクから「生意気な」と小突かれた。
ついでとばかりにベッドの上に飛びかかられて、全身をくすぐられる。
以前は普通だったが、最近はこういったじゃれ合いも久しい。
カルディナの一件以降、お互いに慌しく、ふたりきりになる機会もなかった。
その日は遅くまで、フェブラントの部屋からは笑い声が漏れていた。
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