異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

文字の大きさ
上 下
132 / 184
第九章

御曹司と副団長 3

しおりを挟む
 フェブラントは以前、祖父にふたりのことを問うたことがある。

 そのとき祖父は、「マドルクはまだ若く情熱に溢れ、能動的で勇ましい。しかし反面、足元の落とし穴に陥りやすい危うさがある。カーティスは逆に冷静で達観した視野を持つが、深慮が過ぎて逡巡する癖がある。だから正反対のふたりが団を率い、カーティスが指揮しマドルクが先導することで、ベルデン騎士団は十全でいられるのだよ」と、笑って答えてくれた。

 フェブラントがその見識の域に達するのは、まだまだ先のことらしい。

「俺個人としての意見を言わせてもらうなら、一両日中にでも、騎士団を派遣するべきだと思う。領民を守るのは騎士の務めだ。カルディナでは間に合わず、少なからず人的被害も出してしまった。あれは騎士として、痛恨の極みだった。部下の中にも、不甲斐なさを嘆いている奴は大勢いる。前回は勇者殿に助けられたが、それに甘んじるわけにはいかない。やはり領民を守るのは、騎士であるべきだ!」

 熱く語り、マドルクは握り拳を掲げる。
 フェブラントの前では、滅多に見せない熱意に驚いていると、マドルクはバツが悪そうに拳を降ろし、

「……と思う」

 と、照れ隠しを浮かべながら、やや小声で付け加えた。

 フェブラントは苦笑してから、胸を押さえてひとつ大きく深呼吸する。

「そうですね。今夜一晩、考えさせてください」

 領主たる伯爵不在の現状、騎士団を動員する権限についてはフェブラントにある。

 命令ひとつで、家臣を死傷させてしまうかもしれない。
 子供で経験もない自分にそんな資格はあるのかとも不安になる。

 しかし、年齢だの経験だのと自身がどう思おうとも、それが決して覆らないのは事実だ。
 なればこそ、貴族としての心構えは幼き頃より教授を受けている。

 ただ、実際の派遣となると、騎士団の長であるカーティスの合意の必要性がある。
 騎士団内での団長の存在は絶大。それこそ民衆に於ける勇者にも匹敵する。
 団長の頭越しでの命令も可能だが、それでは団員からの信を得られるわけがない。

「明朝を待ち、カーティス団長にも意見を仰いだのち、最終決定とします」

 すでにフェブラントの心は決まっているため、実際には意見を仰ぐというよりただの確認だ。

 マドルクの読み通り、カーティスが反対の意を示したならば、副団長のマドルクを同席させたとしても説得は難航するだろう。
 ただでも苦手な、あの厳つい仏頂面を相手にしないといけないと思うと、今から頭痛がする。

「……悪いな。今日も発作を起こしたばかりだってのに、無理させちまったみたいだな」

 こめかみを押さえたのを勘違いしたようで、マドルクは心配げにフェブラントを覗き込んだ。

「難しい話はこれくらいで止めとくか」

「無理はしてないですけど、マドルクも戻ったばかりで疲れているでしょうしね」

「俺はいいさ。元より、これから城下の酒場に繰り出す予定だからな!」

 一転して、マドルクはにやけ顔になり、酒瓶をあおる仕草をした。

「えー……」

 フェブラントがじと目になる。
 つい今しがた、熱く騎士道を語っていた熱血漢はどこにいったのか。

 マドルクは騎士の中でも堅苦しくない性格ゆえか、女性にも人気がある。特に夜の仕事を生業とした女性に。
 もういい年なのだが、結婚どころか特に決まった相手を作らず、時間があれば酒と女に興じている。
 年下の弟分から言わせてもらうと、実にだらしない。

「お、そうだ。酒の肴にちょうどいい。さっきメイドから聞いたんだが……いつぞや言っていた、フェブ憧れの勇者殿の親族が、ついに来たんだってな?」

「――そうなんです! 今日、ようやくお越しいただけまして!」

 突然、ベッドから身を乗り出したフェブラントのあまりの勢いに、マドルクが後退った。

「うおっ! びっくりした! いきなり弾けたな。……たしかに無理はしてなさそうだ。まあ、フェブの勇者殿がらみの話じゃあこんなもんか。どうだった、勇者殿の甥って話は確認できたのか?」

 はたとベッドから落ちそうな体勢のまま、フェブラントが固まる。

「……いえ、その方との約束で、詳しくは話せないんですけど。そんな感じというか……」

「あー、内密にってか。これまで吹聴してこなかった時点で、そりゃあそうか。フェブがわかり易すぎて、意味ない気もするけどな。そいつ、今日は城に泊まりか?」

「ええ、そう――のはずです。カーティス団長からの伝言で、そう聞いています。途中で発作を起こして倒れてしまい、とんだ無作法をしてしまって。どこの部屋に泊まられているかもわかりませんが……」

 しゅんとなる。
 せっかくの機会、どうせなら夜通しでも語り合いたかったのだが、これも己の不手際だけに諦めるしかない。

「でも、マドルクが男性のことを気にかけるなんて、珍しいですね?」

「ええぃ、他人に聞かれたら誤解されそうな言い回しは止めろ。まあなんだ、せっかくなら飲みにでも誘って、土産にベルデン騎士の心構えでも教授してやろうかと思ってな。勘繰るなってんなら、やめとくさ」

 実際にはマドルクが、「フェブのことを宜しく」とでも頼むつもりなのはわかってはいたが、フェブラントはあえて惚けることにした。

「ええー……酔っ払ったマドルクが騎士の心得ですか? やめてください、ベルデンの品位が下がります。ボクまでアキトさまに嫌われちゃったらどうするんですか。自分では気づいてないんでしょうけど、酔ったときのマドルク――とても人様にお見せできるものではありませんよ?」

 自分で言ってから、その場面を想像して思わずフェブラントが噴き出すと、マドルクから「生意気な」と小突かれた。
 ついでとばかりにベッドの上に飛びかかられて、全身をくすぐられる。

 以前は普通だったが、最近はこういったじゃれ合いも久しい。
 カルディナの一件以降、お互いに慌しく、ふたりきりになる機会もなかった。

 その日は遅くまで、フェブラントの部屋からは笑い声が漏れていた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...