異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第五章 回想編

獣人少女 4

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「ほらほら、脇が甘い! 踏み込みも甘い! 足元がお留守だぞ!?」

 左右からの揺さぶりに気を取られた隙に、足元を払われ、体勢を崩したところを側頭部にハイキック! というコースで今日の鍛錬は終了した。

 征司が異世界に来てから1ヵ月ほど。
 負傷から完全復活した征司は、夕方の食事の前のひと時、こうしてリィズに鍛錬をつけてもらうのが日課となっていた。

 征司自身、最初はリハビリ程度のつもりだったのだが、リィズの辞書には手加減という単語が抜けていた。まあ、そもそも足りていないのは他にもたくさんあったが。
 簡単な手合わせは日を追うごとに激しさを増し、今では実戦さながらの立ち合いの様相を呈している。

「あ痛たた……ちったあ、手加減しろよな。本気で頭を打ち抜きやがって」

 征司はリィズの手を借りて起き上がった。
 この鍛錬をはじめてからこのかた、征司はリィズからまともに1本取ったこともない。

「軟弱なことを抜かすな。きちんと寸止めしただろう?」

「いや、リィズ。おめー、完全に足を振り切っていたじゃねえか。俺が辛うじて打点をずらしたからいいようなものの」

 リィズは少し考える素振りを見せてから、

「セージ様は左右の動きにはともかく、上下の高低差のある動きにはまだまだ付いていけていないな」

 征司の言い分は完全にスルーしていた。

「……いつものこったから、いいけどよ。さすがに剣ってのは扱いが難しいな。柔術の稽古みたいにはいかないもんだ」

 征司はその手に刃渡り1メートルほどの、この世界では標準的な諸刃の剣を握っていた。

 戦争中の世界だけに、日常でも危険は多い。
 素手では限界があるだろうと、半月ほど以前からリィズの手解きを受け、練習を続けていた。
 相棒の撲殺丸も既に亡く、仕方なく扱いやすいといわれて剣を選択している。

 だが、なにせ日本では、扱う機会どころか触ることすらなかった大振りの刃物だけに、どうも勝手がいかない。
 幼い頃から父親の稽古に付き合わされて、心身を鍛錬していた征司といえども、自分の肉体ほど武器は上手く動いてくれなかった。
 力任せに振ることはできても、リィズのような専門家を相手にできるほどの技量はなかなか身に付くものでもない。

「問題は剣の振り終わりなんだよなあ。突くにしろ薙ぐにしろ、どうしてもそこで動きの流れが止まっちまう。手元に引き戻すにも、リーチがある分だけ、素手とは違って時間がかかるし」

 あれやこれやと剣を構えて征司が唸っていると、タオルで汗を拭っていたリィズがふと漏らした。

「剣速は目を張るものがあるのだから、いっそ構えを戻すのを諦めたらどうだ?」

「はあ?」

「だからこう――横に振り切ったら、そのまま一回転して、再び薙いでみるとか。一瞬とはいえ、背中を無防備に晒すことになるから、工夫が必要かもしれないが」

「振り下ろしだったら?」

「振り切ると同時に身体ごと回転して、縦に打ち下ろす――みたいなのはどうだ? こう、くるくる~と」

 リィズは人差し指で『の』の字の動きを繰り返した。

「遠心力も利用して威力絶大、ってか。そんな曲芸みたいな真似を実戦でやれるのかね? くるくる~とねぇ、くるくる~」

 征司も同じように指を回しながら、ぼやいた。
 柔術の基本動作の中には、似たような螺旋の動きがあるが、武器を用いても再現できるとは言い難い。

「ま、ものは試しだ。おいおいやっていくとするか。はぁ、まだ先は長そうだな」

「一朝一夕に技量が増すものでもないからな、そこは我慢しろ。とはいえ、セージ様は才能があるほうだとは思うぞ? 手合わせを始めた当初に比べると格段の進歩だ」

「え、マジ?」

 征司が嬉しそうに言う。
 腕が上がったことより、リィズが素直に褒めることのほうが珍しかった。

「嘘は言わない。ただ、こうして対個人ばかりの鍛錬では、実戦で役立つかは……」

 リィズは顎に手を添えて俯いてしまう。
 熟考しているときの、尻尾の先で地面を掃く癖が出ていた。

 手持ち無沙汰になった征司が、何気に尻尾の動きを目で追って待つことしばし、リィズは顔を上げた。

「……セージ様は人間だから構わないだろう。よし、明日は朝からあたしと一緒に出るぞ。例の場所に連れて行ってやる」

「例の場所……あそこか。どういう風の吹き回しだ? 前に頼んだときは断わっただろ」

「あの頃はまだ、セージ様の人となりがわからなかったからな。不審者をおいそれと連れて行ける場所じゃない」

「不審者て。となると今は、俺が信頼に足る人物だと判断できたと」

「調子に乗るな」

 手刀が飛んできたので征司が躱す。
 言葉と裏腹に、リィズは微笑んでいた。

 仏頂面で眉根に皺を寄せてばかりだったリィズも、最近はこうして征司の前で笑顔を見せてくれるようになっていた。
 ただ、それはようやく人並みの付き合いになったというだけで、まだまだ相互理解の壁は厚そうだった。

「そうと決まったら、この辺で切り上げて、明日は俺も早起きだな! もう飯の支度はできてる。今日は熊を狩ってきたからよ、豪勢に熊鍋だ」

「ほう」

 リィズは感心した声を上げたが、すぐにじと目になった。

「まさか、神域の森の神獣ではあるまいな?」

「違う違う!」

 征司は即座に首を振って否定した。

 征司も後日知ったことだが、異世界に来てすぐに死闘を演じたあの大熊――獣人たちの言い伝えでは、古来より神域を守る神獣として崇められていたらしい。

 だから、征司が事の一部始終を話した際、リィズからこっ酷く怒られた。
 いきなり襲われて応戦しただけの征司にとっては理不尽この上なかったものの、次代の担い手たる子熊がいたことで、どうにかリィズの怒りも治めることができた。
 生死の際に立たされた征司にとっては、あれは神獣どころか魔獣であったと疑わずにはいられない。

「熊吾郎だったら、この間様子を見に行ったら元気にしてたぞ。たった1ヵ月で、ずいぶんでかくなってた。この前、収穫した野菜を手土産にしたら喜んでたし」

「……だったらいい。飯にしよう」

 家に入ろうとしたリィズが、玄関の直前で足を止めて頭上を見上げた。

「なんだか、また家のシルエットが変わってきていないか?」

「おう、わかるか? ついに増築分が完成したぜ。はっはっ!」

 鍛錬と並行して、征司のリィズ宅リフォーム計画は着々と進行していた。

 一部屋だけだった掘っ立て小屋も、今では居間と寝室で2部屋になり、あばら家くらいまでにはレベルアップしていた。
 征司がこつこつと材木を集めては日曜大工を繰り返した賜物である。
 さらに増改築を行ない、ゆくゆくはまともな一軒家にするのも、現状での征司の大きな目標のひとつとなっている。

 ちなみに、持ち主のリィズの許可は得ず、完全な独断専行だったりする。

「褒めたわけではないのだけれど、ね」

 そう言いつつも、リィズの口調は柔らかだった。
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