異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

文字の大きさ
上 下
129 / 184
第九章

投獄されたので脱獄します 2

しおりを挟む
「……ぅわーぉ」

 あまりに唐突だったので、変な声が出た。

 ばたばたと泳ぐように、体勢を仰向けからうつぶせに移行すると、10メートルほど眼下にさっきまで横になっていたベッドが見下ろせる。
 普段見えないので、ついつい忘れがちになってしまうが、俺には頼りになる風の精霊のお友達がいたんだった。

 天窓も手の届く範囲にある。
 さすがに床から10メートルオーバーの位置にある窓まで、鉄格子はなかった。

 考えるより先に身体が動き、いそいそと窓から這い出て、尖塔の屋根部分に降り立つことができた。
 ……なにやら、あっさりと脱出できてしまったけど。

(さて、これからどうしよう?)

 尖塔の先端にある避雷針に身体を預けながら、遠く星空を望む。
 吹き荒ぶ風は強いが、これも風の精霊の加護らしく、たいして影響は受けない。

 選択肢はふたつある。
 つまりは、逃げるか否かの二択だ。

 騎士団長のカーティスは、確実に腹に一物を抱えているようだった。
 残れば、よからぬ事態に巻き込まれる心配がある。
 かといって、勝手に領主の城から逃げ出すのもまずいだろう。ただでさえ容疑者として囚われていたのだから、脱獄扱いになるかもしれない。

(う~ん……)

 ただそれでも。
 やはり目に見える脅威として、騎士団長の腹積もりがわからない今、この場に残るのは得策ではないかもしれない。
 仮に誤解が解けたとしても、投獄されている事実をフェブに伝えない可能性もある。
 今日はあっさり抜け出せても、明日からは見張りがつかないとも限らない。

(よし、決めた! 逃げよう。さっさと逃げよう)

 なるべくなら、厄介ごとは避けたくなるのが人情である。

 どちらにせよ、フェブが目覚めて釈明さえしてくれれば、お咎めはなしだろう。
 荷物も、あとで返してもらうといい――とまあ、若干ご都合主義ではあるが、自分を納得させておく。

 そうと決まれば即行動と、尖塔の屋根から地上を見下ろしたが――闇と同化して地表が見えない。

 この屋根の上からでは、地上まで約30メートルもの距離がある。
 飛び降りても、きっと精霊さんが魔法でサポートしてくれる……はず。
 ただ、地面は固い石畳。着地に失敗でもすれば、痛い程度では済まないだろう。

 もしもの場合を想像をすると、とても平静ではいられない。
 なにせ、気分はビルの屋上からの綱なしバンジーだ。
 落ちても大丈夫だからと太鼓判を押されても、飛べる者のほうが珍しいだろう。

(よし、無理!)

 早々に諦めて、城伝いに迂回することにした。
 城の上を歩く者など、建築業者か世界的な大怪盗くらいだ。
 警備の兵も巡回しているだろうが、頭上まで警戒しているとは考えづらい。

 まずは尖塔と城とを繋ぐ渡り廊下の屋根に降り、抜き足差し足でこそこそ移動する。
 精霊さんのおかげで身軽になっており、多少の段差があっても対応できる。
 足音がほとんど響かないのも精霊さんのおかげだろう。毎度頼りきりで面目ないが、もう感謝しかない。

 渡り廊下から、お次は城の屋根に乗り移る。
 屋根は傾斜がある上、苔で滑りやすい。ここで屋根から落ちでもしたら、目も当てられない。
 万一にも踏み外さないように、慎重を期して四つん這いになって進むことにした。

(大怪盗というより、これはヤモリかイモリの気分だなぁ……)

 猫ほど優雅だったらよかったんだけど。

 ぼやきつつも、一歩ずつ確実に歩を進める。
 もう少し行くと、近接する城壁に飛び移れそうだ。そこからなら、安全に地上に降りられるだろう。

 ただし、その手前で、ひとつだけ難関があった。
 進行ルート上の屋根からひさし付きの天窓が飛び出しており、そこから明かりが漏れている。

 今さら引き返して別ルートというわけにもいかない。
 進むのにリスクがあるのと同様、戻るのにもリスクはある。
 移動距離が長くなるだけに、むしろ戻るほうが余計にリスクは高いかもしれない。

 ここが覚悟の決めどきだろう。
 要は下に人がいたとしても、気づかれなければいいだけだ。

 息を潜めてにじり寄り、脇をこっそりとやり過ごそうとしたとき――天窓の下から聞き覚えのある声がした。

(これってもしかして……フェブ?)

 ちょっと女の子っぽい高い声は、フェブのものだった。

 天窓から目から上だけ覗かせて確認すると、真下のベッドで上半身を起こしたフェブの姿があった。
 あのときのような発作は見受けられず、体調も復帰したようで、どうやら元気そうだ。

「フェ――」

 驚かせないように小声で頭上から呼びかけようとして、部屋の隅に第三者がいるのに気づいて慌てて口を噤んだ。

 そこにいたのはひとりの男性で、鎧こそ纏っていないが、おそらくは騎士だろう。
 服の上からでもわかる鍛え上げられた肉体と独特の雰囲気から、そんな気がする。
 騎士といっても騎士団長のカーティスではない。
 背格好は似通っているが、壮年というよりは若い青年の騎士だった。

 ふたりは何事かを真剣な面持ちで話し合っており――俺は思わず天窓の陰に身を隠し、耳をそばだてていた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

そして俺は召喚士に

ふぃる
ファンタジー
新生活で待ち受けていたものは、ファンタジーだった。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

処理中です...