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第九章
伯爵家の御曹司 3
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「え、え? だって、警備兵の方が、勇者さまが『甥っ子』って言葉を使ってたって……近くにはそれらしきのはアキトさましかいなかったって……」
(ああ、情報源は警備兵の人かあ。勇者が登場して盛り上がっていて、誰も気づいてないかと思っていたけど……近くにいた人だと聞こえてもおかしくなかったよね、たしかに。叔父さん、全然気にせず連呼してたし)
それより、ラスクラウドゥさんのほうに興味が向けられていなくてよかったと思う。
実質的ではないとはいえ、叔父が魔王であることは、秘中の秘だ。
ただでも、勇者と魔族のナンバー2が関わりがあると知られると、非常にまずいだろう。
表に出てしまうと、どんな影響があるかわからない。
むしろそちらのほうで肝を冷やしたが、おくびにも出さずに微笑み続ける。
「あれ? え? どうして? あのストイックな勇者さまが、アキトさまとは仲良さそうに話してたって! 肩も組み合ってたって聞いたのに!」
多分、肩までは組んでいなかったはずだ。警備兵の人、盛ったな。
それにしても、ストイックって叔父のことだろうか。お茶目で、陽気で、呑気で、親馬鹿で、奇想天外で。ストイックというイメージからは程遠いように思うのだが。
そんなことを思い起こす余裕すらある。
一方、自信満々だったフェブラント少年はどんどん焦燥し、しどろもどろになっていた。
懸命に身ぶり手ぶりを交えて主張するものの、こちらが動じないために完全に狼狽えきっている。よろめいて、背中で壁に縋っている状態だ。すでに涙目になっている。
ちなみに俺は、先ほどから一言も発していない。黙して、ただ微笑んでいるだけだ。
ここでさっそくアンダカーレン会長の教えが役に立った。勝手に相手が誤解してくれている。
これでも最初はそれなりに内心で焦っていたのだが、物証がない以上、とどのつまりは真偽の証明は自白しかないわけで。
「聞いたのに……ボク、確かに聞いたのに……だから嬉しくって。そんな人が身近にいるってわかって、嬉しくて……ふぇ」
(ふぇ?)
「ふえええええええぇぇぇぇ――ん!!」
「えええー!」
泣いちゃった!
まずい、緊急事態だ。伯爵貴族の領主の孫を泣かせてしまった!
どうしよう、これって俺が悪いの? 罪になるのかな、ねえ?
さすがに今度はこっちがパニックになる番だった。
笑顔で誤魔化している場合ではない。あたふたと室内をうろつき回る。
フェブラント少年は内股でぺたんと床に座り、さめざめと泣いている。
泣く子には勝てない? ――その通りです!
「わかった、わかったから!」
ごめん、叔父さん。これは緊急回避だから許して。
「俺は白木秋人、こっちふうならアキト・シラキなのかな。勇者のセージ・シラキの甥です、はい。あの人は俺の叔父さんです」
フェブラント少年がぴたりと泣き止んだ。
呆然と上げた表情の、泣き顔が見る間に笑顔へと変わっていく。
極寒の雪原で大輪の花が芽吹いたか、はたまた地獄で希望の光を見出したか――過剰表現ではなく、まさにそんな奇跡を目の当たりにしたと言わんばかりの感じだった。
なんだか祈りのポーズで、頭上からスポットライトに照らされている幻視まで見えた気がした。
「ありがとうございます!」
何故か感謝されて、熱烈に抱きつかれた。
ひしと抱きつかれたまま、待つこと5分ほど――ようやく落ち着いてきたようだったので、頭を撫でてやってから、そっと身を離した。
「ごめんね。騙したり意地悪するつもりもなかったんだけど……うちの叔父さん、有名人だからさ。内緒にしてないと色々困るっていうか……バレると厄介ごとも多くてね。仕方なく」
フェブラント少年は目元をごしごしと袖で拭っていた。
「わかります! 勇者さまは人類の至宝! おいそれと名を口にしていいものでもないことは! だからこそ、ありがとうございます! そんな大事な秘密をボクに教えてくれて――この秘密は、墓まで持っていきます! 偉大なる大フェブラント・アールズお祖父さまの名にかけて、決して口外しません!」
墓って、まだ子供なのに。何年先のことやら。
ともあれ、崇拝に近いこの様子では、実害はなさそうだ。
貴族の約束でもあることだし、内緒にしてくれるだろう。叔父さんには後で報告して、謝っておかなくては。
「ありがと。そうしてもらえると助かるよ、って、いつの間にか敬語忘れちゃってた……すみません」
「やめてください! 勇者さまの血族に敬われるほど、ボクは偉くも尊くもありません!」
「でも、貴族でしょ?」
「貴族はただの生まれです! ボク自身がなにかを成し遂げたわけでもありません! 今のボクはただの若輩者、普通に話してもらえたほうが嬉しいです! あと、フェブと! 是非!」
色々とこだわりがあるのだろう。志は、すでに立派に貴族していると思うけど。
「じゃあ、遠慮なく、フェブ――」
「はい!」
「まずは後片付けしようか」
「はい!」
ふたりでどたばたやっている内に、床に置かれたグッズを蹴飛ばし、ぶつかったのか棚板は落ち――部屋の中は惨々たる状況になっていた。
(ああ、情報源は警備兵の人かあ。勇者が登場して盛り上がっていて、誰も気づいてないかと思っていたけど……近くにいた人だと聞こえてもおかしくなかったよね、たしかに。叔父さん、全然気にせず連呼してたし)
それより、ラスクラウドゥさんのほうに興味が向けられていなくてよかったと思う。
実質的ではないとはいえ、叔父が魔王であることは、秘中の秘だ。
ただでも、勇者と魔族のナンバー2が関わりがあると知られると、非常にまずいだろう。
表に出てしまうと、どんな影響があるかわからない。
むしろそちらのほうで肝を冷やしたが、おくびにも出さずに微笑み続ける。
「あれ? え? どうして? あのストイックな勇者さまが、アキトさまとは仲良さそうに話してたって! 肩も組み合ってたって聞いたのに!」
多分、肩までは組んでいなかったはずだ。警備兵の人、盛ったな。
それにしても、ストイックって叔父のことだろうか。お茶目で、陽気で、呑気で、親馬鹿で、奇想天外で。ストイックというイメージからは程遠いように思うのだが。
そんなことを思い起こす余裕すらある。
一方、自信満々だったフェブラント少年はどんどん焦燥し、しどろもどろになっていた。
懸命に身ぶり手ぶりを交えて主張するものの、こちらが動じないために完全に狼狽えきっている。よろめいて、背中で壁に縋っている状態だ。すでに涙目になっている。
ちなみに俺は、先ほどから一言も発していない。黙して、ただ微笑んでいるだけだ。
ここでさっそくアンダカーレン会長の教えが役に立った。勝手に相手が誤解してくれている。
これでも最初はそれなりに内心で焦っていたのだが、物証がない以上、とどのつまりは真偽の証明は自白しかないわけで。
「聞いたのに……ボク、確かに聞いたのに……だから嬉しくって。そんな人が身近にいるってわかって、嬉しくて……ふぇ」
(ふぇ?)
「ふえええええええぇぇぇぇ――ん!!」
「えええー!」
泣いちゃった!
まずい、緊急事態だ。伯爵貴族の領主の孫を泣かせてしまった!
どうしよう、これって俺が悪いの? 罪になるのかな、ねえ?
さすがに今度はこっちがパニックになる番だった。
笑顔で誤魔化している場合ではない。あたふたと室内をうろつき回る。
フェブラント少年は内股でぺたんと床に座り、さめざめと泣いている。
泣く子には勝てない? ――その通りです!
「わかった、わかったから!」
ごめん、叔父さん。これは緊急回避だから許して。
「俺は白木秋人、こっちふうならアキト・シラキなのかな。勇者のセージ・シラキの甥です、はい。あの人は俺の叔父さんです」
フェブラント少年がぴたりと泣き止んだ。
呆然と上げた表情の、泣き顔が見る間に笑顔へと変わっていく。
極寒の雪原で大輪の花が芽吹いたか、はたまた地獄で希望の光を見出したか――過剰表現ではなく、まさにそんな奇跡を目の当たりにしたと言わんばかりの感じだった。
なんだか祈りのポーズで、頭上からスポットライトに照らされている幻視まで見えた気がした。
「ありがとうございます!」
何故か感謝されて、熱烈に抱きつかれた。
ひしと抱きつかれたまま、待つこと5分ほど――ようやく落ち着いてきたようだったので、頭を撫でてやってから、そっと身を離した。
「ごめんね。騙したり意地悪するつもりもなかったんだけど……うちの叔父さん、有名人だからさ。内緒にしてないと色々困るっていうか……バレると厄介ごとも多くてね。仕方なく」
フェブラント少年は目元をごしごしと袖で拭っていた。
「わかります! 勇者さまは人類の至宝! おいそれと名を口にしていいものでもないことは! だからこそ、ありがとうございます! そんな大事な秘密をボクに教えてくれて――この秘密は、墓まで持っていきます! 偉大なる大フェブラント・アールズお祖父さまの名にかけて、決して口外しません!」
墓って、まだ子供なのに。何年先のことやら。
ともあれ、崇拝に近いこの様子では、実害はなさそうだ。
貴族の約束でもあることだし、内緒にしてくれるだろう。叔父さんには後で報告して、謝っておかなくては。
「ありがと。そうしてもらえると助かるよ、って、いつの間にか敬語忘れちゃってた……すみません」
「やめてください! 勇者さまの血族に敬われるほど、ボクは偉くも尊くもありません!」
「でも、貴族でしょ?」
「貴族はただの生まれです! ボク自身がなにかを成し遂げたわけでもありません! 今のボクはただの若輩者、普通に話してもらえたほうが嬉しいです! あと、フェブと! 是非!」
色々とこだわりがあるのだろう。志は、すでに立派に貴族していると思うけど。
「じゃあ、遠慮なく、フェブ――」
「はい!」
「まずは後片付けしようか」
「はい!」
ふたりでどたばたやっている内に、床に置かれたグッズを蹴飛ばし、ぶつかったのか棚板は落ち――部屋の中は惨々たる状況になっていた。
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