異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

文字の大きさ
上 下
52 / 184
第五章 回想編

征司、異世界へ 1

しおりを挟む
「……はあ?」

 近所の裏山に向かっていたはずの征司は、気がつくとどういうわけか森の中にいた。
 白昼夢でもないだろうが、寝起きのように思考がぼやけて霧がかっている。

 やたらと背の高い針葉樹の大樹が居並ぶその様は、どこをどう見ても藪の生い茂るあの寂れた裏山とは似つかない。
 人が踏み荒らした形跡すらなく、大自然の中で創り上げられた荘厳とも思える様相だ。息が詰まるほどに緑も濃い。

 では、なぜそんな場所に自分が突っ立っているかというと――征司には皆目見当がつかない。

 征司は後ろ頭をぼりぼりと掻く。

 ただひとつ言えるのは、きっとまたなにかに巻き込まれてしまったらしいということだ。
 それも過去とは桁違いの未曾有のなにかに。

(まずはこの森から出てみないとしゃーないか)

 征司は周囲を見回した。

 360度、どこもかしこも木しかない。
 どれもが樹齢100年は超えてそうな大樹だけあって、はるか頭上を覆っている枝葉の天蓋は、完全に空を覆ってしまっている。

 わずかな木漏れ日はあるものの、視界は薄暗いほどだ。
 せめて太陽でも見えてくれると、方角を確かめるくらいはできるのだが、できないことを惜しんでも仕方がない。

 さあ、どちらに行ってみようかと、征司はそのへんに転がっていた手頃な枯れ枝を拾って、棒倒しで占ってみた。
 棒が前方に倒れたので、征司はその方向に目を向ける。

 すると、なぜか眼前に壁があった。

 毛むくじゃらの毛皮の壁。
 視線を上げると、壁はなだらかな曲線を描いて、上方へと続いている。
 さらに首を上向けると、こちらを見下ろす獣面と目が合った。

 有り体に言うと、熊だった。
 距離にしてたった数歩――1メートルほど先に、いつの間にやら体長4メートルほどもある大熊が、直立姿勢で立ちはだかっている。

 おやあ?

(あ、やばっ!)

 数瞬、お見合いしたまま思考停止してしまったが、征司は正気に返るや否や、その場から横っ飛びで飛び退いた。

 ほぼ同時に振り下ろされた冗談みたいに巨大な熊の爪が、征司の肩口を掠っていった。

 征司は勢いのまま腐葉土の上を前転し、土汚れまみれになりながらも熊との距離を取る。
 痒痛を覚えて征司が確認すると、掠っただけのはずなのだが、鋭い爪は征司の左肩の肉をごっそり削っており、盛大に血が噴き出していた。

「くっそ! 洒落になんね――ええぃ!」

 止血するどころか、毒づく間すら満足に与えてもらえない。
 その巨躯にそぐわぬ速度で、今度は熊の反対の掌が襲いかかってきた。

 肩の痛みを強引に無視して、征司はバク転で後方に逃れる。
 さらにバク転、バク転、バク宙と、曲芸師のような身のこなしで逃げ続けた。
 なにせ4メートルもの巨体だけにリーチも半端ではなく、常に動き回っていないと、とてもではないが射程圏内から脱せない。

 征司はズボンに隠していた特殊警棒を取り出した。

 悪友の兄から譲り受け、主に流血を伴いそうな厄介ごとに巻き込まれたときの護身用として持ち歩いていたものだ。
 本場の軍仕様で、アングラサイトから通販で取り寄せた横流し品らしく、強度はかなりのものだった。
 少なくとも、金属に叩きつけたとしても、わずかなりとも歪んだこともない。

 命名は『撲殺丸』。征司は気に入っていたが、友人たち曰く「それはない」らしい。なぜだ。

 ともかく、この状況下では、武器があるのとないのでは格段の差がある。
 相手の体格と比較すると小振りなのは仕方ないが、心情的には心強い相棒だ。

 征司は回避に専念し、必殺の爪を撲殺丸で捌きつつ、紙一重ながらも攻撃を避け続けた。

「ごぅがああああ――!!」

 熊の咆哮。

 業を煮やして突貫してきたところを、しめたとばかりに征司はサイドステップで躱し、突っ込んできた勢いそのままに背後の巨木の幹に叩きつけた。
 これで逃げる隙でもできれば御の字かと征司は思ったが、それほど甘いものでもなく、大型ダンプが衝突したような轟音を上げて、決して軟弱ではない巨木のほうが圧し折れてしまう。

 ほんの一瞬、逆に征司が度肝を抜かれて静止してしまったところを、野生の獣は逃さなかった。

 咄嗟に撲殺丸を盾代わりにしたものの、強烈な張り手に征司の身体は弾き飛ばされ、反対に木の幹に強かに叩きつけられてしまった。
 肺から強制的に空気が吐き出され、背骨と肋骨が嫌な音を体内に響かせる。

 征司にとっては、柔術の達人の父親の、熊殺しの背負い投げを食らわされた気分だった。
 あれも死ぬかと思ったが、それにゆうに匹敵する。

(……ん? 熊、殺し……?)

 酒飲み話に聞いた、本当に熊を倒したときの父親の逸話が蘇る。

 熊の体躯は分厚い脂肪と筋肉、固い毛皮といった鎧に覆われており、打撃には滅法強い。
 ただし、重要な感知器官の集中する顔面だけはそうもいかない。特に鼻柱には繊細な神経が集中している。
 父親はその弱点を手刀で打ち抜き、背負い投げで鼻面から叩き落とし、見事に悶絶させて勝利を収めたという。

 でかいはでかいが、これも熊。弱点が同じなら――

 大熊が止めを刺そうと、凶悪な爪を振るって再び襲いかかってくる。

 先ほどまでなら是も非もなく回避するところだが、征司は逃げることをやめ、玉砕覚悟で前に出た。
 前傾姿勢をさらに前傾させ、地面すれすれで振り抜かれる熊の腕を掻い潜る。

 死中に活ありとはこのことだろう。
 懐に入り込んだ征司の眼前には、無防備に熊の顔面が晒されていた。
 通常なら届くはずもない身長差だが、わざわざ相手のほうから身を屈めてくれている。

「おらあっ!」

 気合一閃。
 征司は力の限り撲殺丸を叩きつけた。

 熊がはじめて怯み、巨躯が傾ぐ。
 一方的な狩りが、対等な闘争に切り替わった瞬間だった。

「反撃の狼煙だ! いくぜ、撲殺丸! うらぁぁ――!」

 静寂が包む森の中、征司は天高く吼えた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

処理中です...