異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第四章

叔父が異世界から里帰りします 5

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 結局、そんなに時間はかかった。
 近所のネットカフェで時間を潰すこと数時間、ようやく呼び出しがかかったのは、もうだいぶ日も暮れてからのことだった。

 春香とふたりで家に戻ると、居間から和室、客室の襖をぶち抜きとし、テーブルが連なり料理や酒瓶が並べられ、なにやら大宴会の様相を呈していた。

 家族以外の見慣れぬ人たちも多い。
 聞いたところによると、叔父の帰省(生還)を知った友人知人が、こぞって詰めかけているらしい。
 総勢、20人くらいにはなる。

 叔父を中心に、いい歳した大の大人たちが大はしゃぎをし、喜びいっぱいに騒ぎまくっていた。

 日頃、厳格だった父が相好を崩し、母は楽しげに料理を追加していた。

 中でも印象的だったのは、祖父母だった。
 小学校以降、まともに顔を合わせていなかったのだが、記憶に残る祖父母はいつもどこか陰鬱で寂しげな印象があった。

 しかし、今のふたりは違っている。
 祖母は微笑を絶やさず、時折、眩しいものでも見るように目を細めて涙ぐみ、酒を断ったと聞いていた祖父は、上機嫌で父と酒を酌み交わしている。

 15年という歳月は、それだけのものであったということらしい。

 宴会は深夜まで及び、大抵の人が酔い潰れて座敷で雑魚寝のまま眠ってしまった。

 さすがに両親と祖父母は寝室に引っ込んで休んでいるらしい。
 春香は料理作りの手伝いに狩り出されて忙殺された挙句、間違って強い酒を一気飲みしてしまい、早々にグロッキーしている。

 俺は騒ぐ叔父たちを酒の肴に、慣れないビールをちびちびやっていた。

 飲み比べにひとり勝ちした叔父が、隣にやってきて座り込んだ。
 叔父は父から借りた丹前に、ジョッキ片手という出で立ちだ。
 飲んだ量だけに酔ってはいるようだが、酔いどれている感じはない。

「なに飲んでるの? ジョッキの中、透明だけど」

「あー、焼酎だな。芋焼酎は初めてだったが、なかなか癖があっていいもんだな」

 銘柄を聞くと、父秘蔵の酒だった。
 それを大盤振る舞いしたことだけとっても、父の心情が窺えるようだった。

「壮絶だったね」

「いやー、家族や昔馴染みと飲むのがこんなに楽しいとは思わなかったな! さっさと戻ってこなくて、今まで惜しいことしたぜ、はっはっ!」

 叔父が陽気にジョッキの焼酎をあおる。

「痛っ。口の中、染みた~」

「父さんに殴られたやつ?」

「おー。あの後も2、3発はいいの貰ったからなー。魔獣の攻撃よりもよっぽど効いたぜ、あれは。親父にもしこたま投げられたし」

「投げられた!? 親父って、あの祖父ちゃんに?」

 祖父はすでに齢70を超えていたはず。
 筋肉質で、体重100キロ近くもありそうな叔父を投げ飛ばすとは。

「ああー、そうか。孫の前じゃあ大人しかったもんな、親父。騙されるんじゃないぞ、秋人。あの爺さん、若かりし頃は鬼師範として恐れられた柔術の達人だぞ? 俺や兄貴も、ガキの時分からどんだけぶん投げられたことか。今の世の中じゃあ、DVとか叫ばれる部類だぞ。ったくよ」

 言いつつも、叔父の表情は懐かしげで穏やかだった。

 それにしても、その祖父あってこそのこの叔父かと、少し納得した部分もある。

「ま、明日帰るまでは、せいぜい親孝行しておくさ」

「……本当に明日帰るの? せっかくなんだから、もう数泊くらいはしていったら?」

 そう勧めると、間髪入れずデコピンが飛んできた。
 酔いも回っていたが、痛いことはやはり痛い。

「馬鹿言え。知ってんだろ、リィズの悪癖。ここで俺が明日帰らなかったら、あいつの性格からして『わたしたちのことは忘れて』なんて書き置き残して姿を消しかねん! 冗談じゃない!」

 いくらなんでも――と言いかけて、先日のリィズさんが目に浮かんだので止めた。

「戦闘のときは強気なのに、なんでアレに関してだけはあんな弱気なんだかな~。意味わからん」

「戦闘? 誰が?」

 リィズさんのイメージにそぐわない単語が出てきたので、思わず聞き返してしまった。

「あれ、知らなかったか? 獣人族は基本的に戦闘民族だぞ。しかも、男より女のほうが戦上手ときてる。中でも、リィズは獣人族きっての女戦士だ。リィズは普段はあんな感じでも、いざ戦闘になると鬼だぞ、鬼! 俺とリィズが最初に出会ったときの話、聞いたか?」

「たしか……『森から血だらけの男の子が出てきて、倒れて驚いた』とかなんとか、だったかな?」

「微妙に改変されてるな。正確には『血だらけで出てきたところを、さらに血だらけにされて瀕死となって倒れた』が事実だな。リィズに攻撃されて」

 どうしてそうなった。
 いくら若い頃の叔父とはいえ、勇者の駆け出し相手にどんだけだ。

「ちなみに、異世界で戦い方を教えてもらったのも、あいつからだしな! はっはっ!」

 ぽんぽん出てくる新事実に、リィズさんのイメージが書き換わりそうだったので、酒の席での幻聴として聞かなかったことにした。

「それはいいとして、訊いていいのかわからないけど、結局、さっきの父さんたちとの話し合いってどうなったの?」

 叔父はジョッキの焼酎の残りを飲み干し、じと目をこちらに向けてから再びデコピンしてきた。

「ばーか。身内で遠慮すんなっていつも言ってんだろ。まあ、結果的に言うとだな。全部、正直に話した。あんな親身になってくれる肉親に、嘘ではぐらかすのも不義理だからよ。ま、リィズじゃないが、少し改変はしたがな」

 叔父が説明したのは要約すると、『学校からの帰り道に意識をなくし、気づいたときには見知らぬ外国にいた。帰る手段も連絡方法もないまま過ごし、そこでお世話になった現地の住人の娘と結婚してひとり娘ももうけた。最近になって日本に帰る手段を発見し、ここにこうして至る』といったものだ。
 ”外国”が”異世界”、”住人”が”獣人”なだけで、たしかに本筋で嘘は吐いていない。

「娘がいるって告げたときは、親父もお袋もすんげー驚いてたけどな! あれは内心喜んでいた口だな、はっはっ!」

「いつかは紹介するつもりなんだ?」

「まあな。すでにリィズに親はいないし、リオも祖父ちゃん祖母ちゃんとかいたほうが喜ぶだろ。ただし、あっちに連れて行く形でな。親父や兄貴たちに口でどうこう説明しても、頭固くて端っから信用しないだろ。事実を突きつけてやるのが一番だ」

 叔父は、とっておきの悪戯を計画する子供のように楽しそうだった。
 そうなれば、皆も信じざるを得ないだろう、俺や春香のように。
 父たちに叔父の肖像画入りの紙幣など見せたらどういう顔をするのか想像して、なんだか楽しくなってきた。

「そうそう、それから今日、個人事業主の申請してきたからよ。いつまでもこっちでの取引で、秋人名義でリスク背負わせるのもなんだからよ」

 なるほど。今日、叔父が別行動を取っていたのはこのためだったのかと、ひとり納得した。

「あと、俺んち――こっちで親父たちが住んでたあの家だな。あれは俺が生前相続して貰えることになった。幸い、俺のことを戸籍に残しといてくれたからな」

 それはすごい。
 これで、これからの素材屋での仕事も便利になるだろう。
 家の一画を改造して、宅配物を置いてもらえる倉庫を設置するのもいい。
 そうなれば、無駄な運送屋との往復もなくなり、異世界間移動も節約できる。

「で、個人事業だが、軌道に乗ったら、ゆくゆくは会社設立に切り替えるつもりだ。昔のツレや馴染みに連絡とってみたらよ、いろいろと手助けしてくれるってやつらが多くてな。そんときによければだが――秋人、社長を頼むわ」

 は?

 思考が固まった。

「ってなわけで、乾杯~! はっはっ!」

 叔父が俺のビールグラスに、一方的にジョッキを合わせる。
 まだ予定段階にしろ、降って湧いた人事劇。

 就職浪人一歩手前の俺が社長?

「えええええー!?」

 俺はとりあえず、夜のしじまに叫んでいた。
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