異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第九章

開幕

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 真っ暗な部屋で唯一の光源であるランプがひとつ、小さな円卓に据えられていた。
 室内には明かり取りの窓すらなく、薄ら寒い石壁で囲まれた部屋を照らし出すにはその光はあまりにささやかで、円卓の周囲だけがわずかに暗闇に浮く程度だった。

 円卓の上には折り畳み式の遊戯盤が広げられ、カードが散らばり、いくつかの駒が無造作に置かれている。
 闇の中から白い腕が伸び、盤上の駒のひとつを動かした。

「さあ、カードは配り終え、駒の配置も完了した。今度こそ面白いゲームになるといいけれど」

 反対側の闇からもまた手が差し出され、伏せられたカードの1枚をめくる。

「ふふっ。あまり期待はしていなかったのだけれど。存外に思いがけないところの駒が動き始めたようね」

 腕はふたつ。交わされる声音もふたつ。まだ年若い男女の声だ。

 弱々しいランプの光は卓上しか映し出さず、円卓を挟んだ両側の椅子に腰かけているであろう両者を照らすには至らない。
 辛うじて、胸元から口元までを浮かび上がらせるのが精々だった。

「今度は上手くいくかしら? 面白い展開になってくれるといいけれどね」

 女性の朱を引いた唇が、妖艶に微笑む。

「どちらでもいいさ。上手くいってもいかなくても、それがゲームの醍醐味なんだから。経過を予想し、結果を空想する。ボクらが楽しめればそれでいい」

 男性の口元は台詞ほどに感情を表してはいない。
 むしろ、無感情といってもいいほどだった。

「ふふっ。言えてるわね、兄さま。問題はアレが動くかどうかなんでしょうけれど。また邪魔をするかしら?」

「あの堅物は、せっかく用意したゲームを台無しにしてしまうからね。そろそろボクらのゲーム盤から降りてほしいものだけれど……いっそ、消してしまおうか」

「いいわね。邪魔なら殺してしまいましょう」

 ふたりは不穏な言葉で談笑する。
 つまりそれだけ死というものが、兄妹にとっての日常の範疇であるに他ならない。

「では、次の一手を進めよう」

「ええ。兄さま」

 その言葉を最後に、ふたりの気配は暗闇に溶け込むように部屋から消えてしまった。
 あとに残されるのは、頼りない明かりにゆらゆらと揺れる打ち捨てられた遊戯盤のみであった。




 男は何故自分がこんな場所にいるのか、いまだに理解できていなかった。

 だだっ広い室内には豪華な家具や調度品が整然と配置され、壁には理解不能な画風の絵画がいくつも並んでいる。
 高い天井を見上げると、圧倒的な存在感のシャンデリアが吊り下がっており、どこもかしこも煌びやかで色彩に満ちて目が痛くなるほどだった。
 足元の絨毯代わりの獣の毛皮も足首が埋まるほどに豪奢で、座るソファーも冗談かと思えるほどに柔らかい。ベッド代わりにしたらどれだけ安眠できるだろうと、現実逃避気味な考えも浮かんでくる。

 これまでの日常とあまりにかけ離れた非日常の場に放り出され、男は萎縮するばかりだ。
 いかにも緊張した面持ちで手足をきっちり揃えて畏まり、大きなソファーとは対照的に見るからに小さくなってしまっている。

 男はカルディナの街で警備兵の任に就いていた。
 先の魔族の襲撃でも、激戦区だった正門前の戦いを生き延びた男だ。
 過去形なのは、その際に大きな怪我を負ってしまい、今では静養のために休職して故郷に帰ってしまっているからだ。

 健闘を称えられ、街からかなりの報奨金も出ており、しばらくは生活費の心配もなかった。
 昔馴染みの地元の友人に、激戦を潜り抜けた経験談を酒飲みがてら語るのは、彼の楽しみだった。

 なにせ戦後のここ数年、魔族と遭遇して生き延びた者はいないと言われている。ましてや魔族の軍となど。
 さらには存在が伝説となりつつある勇者に助けられ、その超絶的な戦闘力や勇姿を目の当たりにしたのだ。自慢にならないわけがない。

 昨夜もまた、酒場で仲間たちと大いに盛り上がり、酒を酌み交わしていたところ――とある老紳士に声をかけられた。
 かなり酔っていたので、声をかけられたところまでは覚えている。
 いつの間にか酔い潰れて眠ってしまったのだろう、それ以降の記憶がない。

 そして、目が覚めると――この状況である。
 一言で完結すると、「訳がわからない」。それに尽きる。

 二日酔いで痛む頭にも、これがのっぴきならない状況であることは理解できた。

 男の目の前には、酒場で宴会にでも使えそうな大型のテーブルが鎮座している。
 ただし、粗雑な木目粗い安物ではなく、磨き上げられて鏡のような光沢を放つ、いかにも最高級といった風情のテーブルだ。
 これだけで給与の何年分が飛ぶのか想像もつかない。

 にもかかわらず、傷のひとつでも付けると人生終わりそうなそのテーブルを、先ほどからがむしゃらに乱打している人物がいる。
 少年のように目を輝かせ――というか、本当にまだ10代前半ほどの子供だった。

 年の割には利発そうな少年で、身なりも雰囲気にも気品がある。
 一見して貴族かそれに準ずるものだろうと判断できる。
 その証拠とばかりに少年は、最初は対面のソファーに腰かけ、いかにも上流階級然として優雅に紅茶など啜っていた。

 しかし、男が求められるままに話をする内に、徐々に鼻息荒く興奮しはじめ、テーブルに上体を乗り出すようになり――今に至ると興奮のあまりにこの始末である。
 すでに紅茶もカップごと床に落ち、絨毯に盛大な染みを作っている。しかも、それに気づいてさえいない。

 2回りは年下の少年に気圧されながら、男は早く帰りたい――解放されたい気持ちでいっぱいだった。

 もはやその一心で、男は思い出せる限りのあの日の出来事を、事詳細に話し続けるのだった。
 カルディナの街で目にした、勇者セージに関するすべてを。
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