異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第四章

あらためて、妹  3

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 翌日。
 ちょうど異世界転移の魔石の魔力も溜まったこともあり、相談の結果、即日春香を送り返すことになった。

 実家の家族はもとより、友人にも音信不通となっている現状を考慮してのことだ。
 夏休み中とはいえ、1週間も連絡がつかないとなると、心配をかけているに違いない。
 実家はどうにか収めたものの、春香の私生活に影響があるようではまずいだろう。

 とはいえ、春香曰く、

「リコにまだきちんとしたお礼もしてないんだから、一度帰ったらすぐに戻ってくるわよ。新作の実験も途中だったし」

 とのことだったため、とんぼ帰りしてくる気は満々らしい。
 実験云々は意味不明だったが。

 そういった経緯があり、俺と春香のふたりは現代日本に戻るため、朝から例の森へと向かっている。

 本日のシラキ屋は昨日に引き続いて臨時休業だ。

 春香は、リィズさんからのお土産に手作りのお弁当を貰い、リオちゃんからは泣いて別れを惜しまれていた。
 たった一晩で仲良くなったものだ。
 昨夜、女子会なるものを3人で行なっていたゆえだろうか。

 別れ際、春香の立案で叔父たち含めた全員でスマホで記念撮影した。
 俺はもともとなにかを写真に残すタイプでもなかったが、撮った写真を確認したら、こういうのもいいな、と素直に思えた。

 叔父の家と森は距離が近いので、数分も歩くとすぐに周辺は木々に覆われはじめる。
 俺は毎週通っているのでもう慣れたものだが、春香は森に入る直前で難しい顔をして足を止めてしまった。

「……あー、にいちゃん。やっぱり、ここ通らないと帰れないのよね?」

「そうだけど。説明したろ?」

「まー、聞いたけど。聞いたんだけどさ、嫌な思い出が、ねえ……」

 奥歯に物が挟まったような言い方だ。
 立ち止まっていてもしょうがないので構わず先に進むと、春香は逡巡してから渋々と付いてきた。

「ここってさあ……熊、いない? ものすごでっかいやつ。もう1週間くらい前だし、寝ぼけてたのもあって、記憶はおぼろげなんだけど……4メートルくらいはありそうなの」

 春香はしきりに周囲を気にして、きょろきょろしている。

「うん、いるね」

 あっさりと肯定してやった。

「え。やっぱりいるの?」

「いるよ。ヌシ的な奴でしょ。正確には熊とはちょっと違うんだけどね。あんな感じの」

 指差す大木の陰には――木に寄り添ってこちらをじっとうかがう巨大な影がいた。
 その高さ、約4メートル。樹齢が100年をゆうに超える大木が、小さな若木に見えるほどだ。

「ほんとにいたー!?」

 春香が俺の背に隠れ――もとい盾にした。

「あはは」

「今どこに笑う要素があるの!?」

 涙目の春香に、背後からふくら脛を蹴られた。
 地味に痛い。

「ごめんごめん。なんだか、俺がこっちに来たすぐのときも、叔父さんと同じような会話をしたなーって思い出したら、おかしくなってさ。でも大丈夫だよ。熊吾郎――あ、熊吾郎って名前なんだけどね。見かけによらず、すごい大人しいから」

「そ、そうなの……?」

 春香が昨日のリオちゃんばりに警戒しながら、肩越しに顔を覗かせている。

 熊吾郎は獣面で判別しにくいが、そんな春香を不思議そうに見下ろしていた。
 そのつぶらな瞳には敵愾心など微塵もなく、友好的な温かみさえある。

「叔父さんは魔獣って言い張ってたんだけど、リィズさんから教えてもらったら、昔からこの森を守ってる神獣みたいなものなんだってさ。ここって、言い伝えではなにかの神域らしいし。あの迫力だから、俺も最初は信じられなかったけど……ときどきリオちゃんが跨って散歩してたから否応なく」

「幼女と野獣……なんともシュールな絵面ね……」

「でも、なぜか、叔父さんには襲いかかってくるんだよね。毎回必ず」

「……じゃれてる、とか?」

「さあ? まあいいんじゃない。あの叔父さんだから」

 見守る熊吾郎の間近を通り過ぎる。
 それでも春香はびくついていたが、いざ危険がないとわかると現金なもので、最後には打って変わってお別れに手など振っていた。
 ただ、熊吾郎が掌を振り返してきたのには驚いた。わかるんだ、熊吾郎。

 なおもふたりで森を奥へ奥へと進み――森の中央付近に位置する石の祠まで辿り着いた。
 祠といっても、2メートルほどの大きな米粒型の岩が、地面に突き刺さっているだけのものだ。
 見る人によってはただの巨岩だが、リィズさんに言わせると神聖な祠らしい。

 ここで魔石を使うと、異世界への扉が開く。
 この場合、異世界――日本へと。
 日本の、一般家屋の押入れの中へと――そこまで詳細だと、神秘性も薄れるのでやめておく。

 いつものように魔石に念じると、感覚的になにかが繋がる感じがした。
 人間大の円形状に空間が揺らいでいる。
 暗い水面のように透き通った闇の向こうに、祖父母宅の部屋の景色が見えていた。

「やー、なんかたったの1週間くらいだったのに、妙に懐かしく感じるものね。いろいろあったけど、貴重な体験して楽しかったなー、異世界!」

 強がる春香に、苦笑しそうになった。

「でも、ろくでもないこともあったなぁ……異世界」

 すぐに声のトーンが落ちる。『いろいろ』で本当にいろいろとトラウマ体験まで思い出してしまったらしい。
 玄関の鍵を閉め忘れてしまったばかりに申し訳ない――心中で合掌することにした。

「次は1週間後くらい?」

 訊ねると、春香は虚空を見上げて指折り数えていた。

「そうねー。短大もまだ半月くらいは休み残ってるから、滞在日数考えるとそんなものかなー。今度は、心配かけないように対策立ててくるから。にいちゃん、リコにくれぐれもよろしくね?」

「はいはい。わかってるって」

「あと、ばあちゃんちの片付け、言い訳は自分で考えて家に電話してよね? 小言を言われるの、わたしなんだから! そもそも今回だって、それが原因なんだからね? わかってる?」

 ぐ。それもあった。春香ではないが、対策を練らないと。

「じゃあ、帰って落ち着いたら、一度電話するからねー! さっきの写真は忘れずに送っておいてよねー? にいちゃん、ばいばーい!」

 ぶんぶん手を振り、春香の姿は闇の向こう側へと消えていった。

 一時の別れの感慨に浸る中、向こう側から「きゃー! スマホの着信とメッセージがすごいことになってるぅ! ひ~ん」と情けない悲鳴がしたのは、聞こえないことにした。


◇◇◇


 その日の夜。
 予告通りに春香から電話が掛かってきた。

 ちょうど食事を終えたところで、居間には叔父たち含め全員が揃っていた。
 せっかくなので声を聞かせようと、スマホをハンズフリーのスピーカーモードに切り替えた。

 通話ボタンを押した途端、

「にいちゃん、どうしよう!?」

 焦燥した音声が、スマホのスピーカーから大音量で響き渡った。

「おとうさんたちに、叔父さんのことがバレちゃった!」

 居間の穏やかだった食後の空気が固まる。

 妹よ。そっちでなにしてくれたんだ?
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