異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

文字の大きさ
上 下
103 / 184
第七章

助っ人登場 2

しおりを挟む
 ただ、周囲を取り囲む敵にとっては、獲物の事情など関係ないようで。
 1体の獣がこちら目がけて飛びかかってきたが、デッドさんの矢が眉間を打ち抜き、リィズさんの後ろ手に持っていたナイフが喉を掻っ捌いていた。

「おかえりなさい、アキトさん」

 リィズさんから普段と変わらない、帰宅を出迎えるいつものにこやかな笑顔で告げられる。

「あ……ただいま……」

 俺は頭を掻く動作に紛れて、さり気なく目尻を拭った。

「ナイスタイミングだぜ、ピンク!」

「だから、人を色で呼ぶのは止めてくださいと言っているでしょう?」

 デッドさんとリィズさんは言い合ってから、お互いにふっと笑みを漏らす。

「プランは?」

「わたしは先行です」

「なーるほど」

 デッドさんはその一言で何事かを察したようで、満足げな笑みを返していた。

「多勢を相手にするのは得策ではありませんね。アキトさんの容態も心配です。無駄な時間を浪費したくはありません。ここは地表まで一気に突っ走りましょう」

 リィズさんが指差したのは、いまだ地竜のたむろする『地竜の通り道』の方角だ。

 地竜は邪魔な仲間の死骸を回避し、少しずつだが近づいてきていた。
 それ以前に、こちらは周囲を敵に取り囲まれてしまっていて、『地竜の通り道』に向かうとしても、その間にはかなりの数の敵が集まっている。

 合図らしきものはなかったが、デッドさんが後方に精霊魔法で風の防御膜を張るのと同時、リィズさんが脇目も振らずに前方の敵の群れにナイフ片手に突っ込んだ。
 右手のナイフ、左手の鋭く伸びた爪、残るナイフの1本は尻尾で巧みに操りつつ、二刀流ならぬ三刀流で敵の壁を瞬く間に切り崩してゆく。
 デッドさんがそれに続き、俺も遅れじと懸命に後を追う。

 リィズさんでも攻撃と攻撃の合間には一瞬隙ができるが、デッドさんの弓による牽制で上手くフォローしている。
 リィズさんが前衛、デッドさんが後衛として、見事に機能しはじめていた。打ち合わせもなく即席のコンビだろうが、ふたりの呼吸はぴったりと言っていい。
 時折、目線を交わしているが、それだけで一流のふたりには充分ということなのだろう。俺の素人目には、あらかじめ所作の定められた演舞や殺陣のようにも見えた。

 前方の敵をあらかた倒し尽くすと、今度は俺中心として、ふたりの立ち位置が入れ替わった。
 風の防御壁によって押し留めていた後方の敵からの追撃の防御戦に移行する。

 大量の仲間が返り討ちにあったことで、ついに敵の攻撃の手も緩む。
 ここぞとばかりに転進し、3人で一目散に『地竜の通り道』へと走った。

 次いで、当然の如く迫ってくるのは最大の脅威――地竜。しかも、群れ単位である。
 進路を塞いでいた死骸はすでに退かされ、地竜がぞろぞろと『地竜の通り道』から大宴会場へと出てくるところだった。

 地竜が動き出したことで、背後からの追っ手も止んだ。

 お互いに距離を詰めていることで、両者の間隔は見る間に狭まってきている。
 ブレスの射程圏内に自ら近づくのは心臓に悪かった。

 リィズさんもデッドさんも足は緩めずに言葉もない。ただ一心に駆け続けている。
 地鳴りや落盤も止んだわけではない。それどころか、次第に音量も頻度も増してきている。

 今もまた、すぐ脇で大きめの落石があった。そのたびに、ただでも少なくなった血の気が引いてしまう。

「んな、ビビんな、アキ! こっちのピンクが言ったろーが。”先行”だってな。つーことは、”後詰め”もいるってこった」

 その台詞に思わず言葉を失ってしまうと、デッドさんは微笑んで頷いてみせた。

 それって、つまり――

 地竜のうち数体が、口を大きく開けてブレスの予備動作に入っていた。しかし、やはりふたりは動じない。

 これまでの最大の揺れを伴ない、地竜のいる天井部分の岩盤が大規模な崩壊を起こした。

 落石程度では地竜は意にも介さないが、落ちてくるのが岩でなければ別だ。
 大きく空いた上層の穴から降ってきたのは、なんと同じ地竜だった。

 すでに四肢が欠損しており、死んでいるのがひと目でわかる。崩落の粉塵に紛れて、その上に誰かが立っているのが見て取れた。

 蒼い鎧に、肩に担いだ大きな武器のシルエット――

 不意に悟った。
 昨日からの相次ぐ崩落、逃げ惑う獣の群れ。上層で暴れているであろう、脅威の存在――なぜ気づかなかったのだろう。あの人ならば、納得できる。

 お互いの視線が交錯し、相手の視線が俺を捉えていた。俺にもまた、その人の表情が窺えた。
 一瞬浮かぶ安堵。そして、今の俺はやはり尋常な見た目ではなかったらしく、次いで浮かべた苦痛から憤怒へと感情が目まぐるしく移り変わる。

 準備段階にあった地竜のブレスが、闖入者に向けられた。
 複数の凶悪なブレスが連続して襲い掛かかるも、圧縮空気の塊は衝突する直前で消え去り、殺到する岩石は大鉈の盾で弾かれた。

「てめえら……!」

 噴火する寸前のマグマのような熱を秘めた声が放たれる。

「人の身内に、なんてことしやがる――!!」

 跳躍、そして旋回。
 遠心力で加速した超重量の大鉈・惨殺丸の一撃が、地竜の直径5メートルはありそうな首を斬り飛ばした。
 首は宙を高々と舞い、地竜の群れの中に没する。

 忘れた頃に、首が失われた胴体から大量の血が降り注いだ。
 無機質だったはずの地竜の眼が、畏れに歪んだようだった。

(やっぱ、あの人。無茶苦茶だなぁ……)

 人外相手に暴れ狂う叔父を見て、苦笑しようとして――声が出ず、それどころか視界が急激に狭くなっていった。
 かくんと膝の力が抜け、狭くなった視界に地面が映る。

 咄嗟に誰かに抱き抱えられた気がしたが、すぐになにもわからなくなってしまった。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

そして俺は召喚士に

ふぃる
ファンタジー
新生活で待ち受けていたものは、ファンタジーだった。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

捨てられた転生幼女は無自重無双する

紅 蓮也
ファンタジー
スクラルド王国の筆頭公爵家の次女として生を受けた三歳になるアイリス・フォン・アリステラは、次期当主である年の離れた兄以外の家族と兄がつけたアイリスの専属メイドとアイリスに拾われ恩義のある専属騎士以外の使用人から疎まれていた。 アイリスを疎ましく思っている者たちや一部の者以外は知らないがアイリスは転生者でもあった。 ある日、寝ているとアイリスの部屋に誰かが入ってきて、アイリスは連れ去られた。 アイリスは、肌寒さを感じ目を覚ますと近くにその場から去ろうとしている人の声が聞こえた。 去ろうとしている人物は父と母だった。 ここで声を出し、起きていることがバレると最悪、殺されてしまう可能性があるので、寝たふりをして二人が去るのを待っていたが、そのまま本当に寝てしまい二人が去った後に近づいて来た者に気づくことが出来ず、また何処かに連れていかれた。 朝になり起こしに来た専属メイドが、アイリスがいない事を当主に報告し、疎ましく思っていたくせに当主と夫人は騒ぎたて、当主はアイリスを探そうともせずに、その場でアイリスが誘拐された責任として、専属メイドと専属騎士にクビを言い渡した。 クビを言い渡された専属メイドと専属騎士は、何も言わず食堂を出て行き身支度をして、公爵家から出ていった。 しばらく歩いていると、次期当主であるカイルが後を追ってきて、カイルの腕にはいなくなったはずのアイリスが抱かれていた。 アイリスの無事に安心した二人は、カイルの話を聞き、三人は王城に向かった。 王城で、カイルから話を聞いた国王から広大なアイリス公爵家の領地の端にあり、昔の公爵家本邸があった場所の管理と魔の森の開拓をカイルは、国王から命られる。 アイリスは、公爵家の目がなくなったので、無自重でチートし続け管理と開拓を命じられた兄カイルに協力し、辺境の村々の発展や魔の森の開拓をしていった。 ※諸事情によりしばらく連載休止致します。 ※小説家になろう様、カクヨム様でも掲載しております。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...