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第三章
魔族、襲来 4
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わたしは慣れない街中をひとり必死に走っていた。
リコたちの家族と一緒に避難していたのに、混乱の中で逃げ惑う人波に流されて、はぐれてしまった。
時折遠くから、人の叫びや騒乱が聞こえてくる。
ひとりぼっちはやはり心細い。
暗い夜道に取り残されたような孤独感に、この世界にやって来た当初のことが嫌でも思い出される。
――ハルカ。
リコのわたしの名を呼ぶ声にこれまで何度も励まされてきたが、今はそれもない。
背を押す者も頼れる者もなく、見知らぬ土地で独りきり。
悲嘆に暮れるも、状況はそんなゆとりすら与えてくれない。
気がつくと、視界に人影がなくなっていた。
ついさっきまでは、同じ方向に逃げる人たちがぽつぽつといたはずなのに、なぜか誰も見当たらない。
街の地理に疎く、ここがどこなのかもわからない現状が、より不安を掻き立てる。
嫌な予感、というよりは確信めいたものを感じ、わたしは走り出した。
いや、走り出そうとして、何者かに行く手を阻まれた。
悪夢の再来か、そこにいたのはまたあの醜悪なゴブリンだった。
この状況でこの相手、ここまでくると自分の運の無さに笑えてくる。
しかも、今度は10匹近い。
1匹から逃げ出すのも死ぬ思いをしたのに、それが10倍。すでに取り囲まれつつある。
もはや逃げ切れる気はせず、逃げる気力すら湧いてこない。
わたしは座り込んで目を瞑った。
潔く、なんてものじゃない。単に心身の摩耗に疲れて諦めただけだ。
なるべくなら痛くしないでほしいなー、なんて他人事のように思いながら、わたしは最期のときが来るのを待った。
走馬灯はなかった。
肉が裂け、骨が叩き潰されるような嫌な音が耳を突く。
それは当然、自分の身体からしたはずなのに、なぜか痛くはなかった。
奇特な神様が最期の望みだけ叶えてくれたのかな、なんて自棄っぱちに思って目を開けてみると――周囲にいたはずの魔物はきれいさっぱり居なくなっていた。
「嬢ちゃん、大丈夫かよ? 災難だったな」
頭上から声。
見上げると、いつの間にか魔物の代わりに蒼い鎧に身を包んだ壮年の男性がいた。
逆光で霞む肩には、なにやらとてつもなく巨大な金属の塊を、事も無げに担いでいる。
「にしても、こんなところまで入り込んでやがるたあ、厄介だな。ラスクは先に行ってくれ。俺は街中を掃除してから向かうからよ」
「このわたしを顎で使うのは貴方くらいだ」
次いで、背後からさらに別の声。
慌てて振り向くと、こちらもいつからいたのか、見上げた先には真っ黒なローブ姿の男性が佇んでいた。
目深に被ったフードの下から覗く容貌は、綺麗な女性と見紛うばかりの美形で、深い銀光を湛えた瞳と煌めく同色の髪が、美貌にさらに拍車をかけている。
そんな中、銀髪から無粋に突き出た黒い角が、いかにも異世界の住人っぽくて印象的だった。
「おまえ、自分のミスだって言ってたろーが」
「それについてはすでに謝罪した。だから知らん」
「はいはい、わーたわーた。おまえはそういうやつだよ。わかったから行ってくれ」
「承知した」
その言葉を最後に、ローブの男性は唐突に姿を消した。
目を擦って辺りを窺うも、もうどこにもいない。文字通り消えてなくなってしまった。
「これでよし。じゃあな、嬢ちゃん。少し戻ったあっちの建物に避難した連中が集まっているから行ってみな」
鎧の男性は後方を指差し、人懐っこい顔で笑いかけてから、瞬く間に走り去った。
(銀髪のイケメンもそうだけど……なんか、素敵なおじさまだった……)
ぼんやりと考える。
相次ぐ怒涛の展開に、わたしは自分が助かったことを自覚できるまで時間を要した。
リコたちの家族と一緒に避難していたのに、混乱の中で逃げ惑う人波に流されて、はぐれてしまった。
時折遠くから、人の叫びや騒乱が聞こえてくる。
ひとりぼっちはやはり心細い。
暗い夜道に取り残されたような孤独感に、この世界にやって来た当初のことが嫌でも思い出される。
――ハルカ。
リコのわたしの名を呼ぶ声にこれまで何度も励まされてきたが、今はそれもない。
背を押す者も頼れる者もなく、見知らぬ土地で独りきり。
悲嘆に暮れるも、状況はそんなゆとりすら与えてくれない。
気がつくと、視界に人影がなくなっていた。
ついさっきまでは、同じ方向に逃げる人たちがぽつぽつといたはずなのに、なぜか誰も見当たらない。
街の地理に疎く、ここがどこなのかもわからない現状が、より不安を掻き立てる。
嫌な予感、というよりは確信めいたものを感じ、わたしは走り出した。
いや、走り出そうとして、何者かに行く手を阻まれた。
悪夢の再来か、そこにいたのはまたあの醜悪なゴブリンだった。
この状況でこの相手、ここまでくると自分の運の無さに笑えてくる。
しかも、今度は10匹近い。
1匹から逃げ出すのも死ぬ思いをしたのに、それが10倍。すでに取り囲まれつつある。
もはや逃げ切れる気はせず、逃げる気力すら湧いてこない。
わたしは座り込んで目を瞑った。
潔く、なんてものじゃない。単に心身の摩耗に疲れて諦めただけだ。
なるべくなら痛くしないでほしいなー、なんて他人事のように思いながら、わたしは最期のときが来るのを待った。
走馬灯はなかった。
肉が裂け、骨が叩き潰されるような嫌な音が耳を突く。
それは当然、自分の身体からしたはずなのに、なぜか痛くはなかった。
奇特な神様が最期の望みだけ叶えてくれたのかな、なんて自棄っぱちに思って目を開けてみると――周囲にいたはずの魔物はきれいさっぱり居なくなっていた。
「嬢ちゃん、大丈夫かよ? 災難だったな」
頭上から声。
見上げると、いつの間にか魔物の代わりに蒼い鎧に身を包んだ壮年の男性がいた。
逆光で霞む肩には、なにやらとてつもなく巨大な金属の塊を、事も無げに担いでいる。
「にしても、こんなところまで入り込んでやがるたあ、厄介だな。ラスクは先に行ってくれ。俺は街中を掃除してから向かうからよ」
「このわたしを顎で使うのは貴方くらいだ」
次いで、背後からさらに別の声。
慌てて振り向くと、こちらもいつからいたのか、見上げた先には真っ黒なローブ姿の男性が佇んでいた。
目深に被ったフードの下から覗く容貌は、綺麗な女性と見紛うばかりの美形で、深い銀光を湛えた瞳と煌めく同色の髪が、美貌にさらに拍車をかけている。
そんな中、銀髪から無粋に突き出た黒い角が、いかにも異世界の住人っぽくて印象的だった。
「おまえ、自分のミスだって言ってたろーが」
「それについてはすでに謝罪した。だから知らん」
「はいはい、わーたわーた。おまえはそういうやつだよ。わかったから行ってくれ」
「承知した」
その言葉を最後に、ローブの男性は唐突に姿を消した。
目を擦って辺りを窺うも、もうどこにもいない。文字通り消えてなくなってしまった。
「これでよし。じゃあな、嬢ちゃん。少し戻ったあっちの建物に避難した連中が集まっているから行ってみな」
鎧の男性は後方を指差し、人懐っこい顔で笑いかけてから、瞬く間に走り去った。
(銀髪のイケメンもそうだけど……なんか、素敵なおじさまだった……)
ぼんやりと考える。
相次ぐ怒涛の展開に、わたしは自分が助かったことを自覚できるまで時間を要した。
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