異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第三章

魔族、襲来 1

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 穏やかな昼下がり。俺は店舗裏の倉庫で、品出しの準備をしていた。
 客足が落ち着いているうちに、商品の補充と在庫の確認をしておかないといけない。

 店のほうには、今日もサボりにきたナツメを店番として残してきている。
 なんかもう、客というより従業員レベルで店に入り浸っている感のあるナツメだが、こんなときはありがたい。
 おかげで来客の度に何度も店内と倉庫を行き来することなく、準備に集中できる。

 この分だったら、いつもより早く昼食にありつけるかなぁ――なんて思った矢先の出来事だった。

 ――どぉぉん!

 地響きとともに、倉庫が軋んだ。

(じ、地震?)

 傾きかけた棚に背中を預けて、身体をつっかえ棒代わりにしてどうにか支える。

 揺れは割とすぐに収まった。
 震度としては4くらいだろう。倉庫ごと倒壊する危険はなさそうだが、小さな地鳴りが断続的に続いている。

 余震で棚の商品が散乱しないよう手早く片付けてから、店舗のほうに移動してみた。

 勝手口から店内に戻ると、ちょうど正面ドアから飛び出していくふたり組の後ろ姿が見えた。
 ポニーテールのほうはリコエッタだろうが、もうひとりの黒髪のソバージュには見覚えがない。誰だろう?

 店内の被害を心配したが、商品棚や陳列台は無事だった。多少、中の商品が動いた程度だ。
 内装にもまったく影響はない。さすがはリニューアル時にいろいろと用意して、気合を入れて作り直しただけのことはある。称えるべきは日本製DIYキットの素晴らしさだろう。

 異常があるとすると……ナツメが椅子からずり落ちて腰を抜かしていた。

 そこまで驚くほど酷い揺れではなかったはずだが、異世界では地震自体が珍しいのかもしれない。
 こちとら地震大国日本出身、自慢にもならないが、震度を予想するくらいの余裕はある。

「ナツメ、ビビりすぎだろ」

 茶化しながら手を貸そうとしたとき、はじめてナツメの尋常じゃない様子に気づいた。
 蒼白どころか顔が色をなくしており、両手で耳を覆い、全身が小刻みに震えている。

「3・3・5の鐘……どうして、今頃……?」

「鐘?」

 耳を澄ますと、か細いがたしかに聞こえる。
 繰り返し何度も、3・3・5の拍子で鐘の音が響いていた。

「……3・3・5の鐘は魔族襲撃の合図……6年も経って、なんで今頃またこれを聞かないといけないんすか……?」

 ――魔族襲撃。一瞬意味がわからなかったが、次の瞬間に俺は店の外に飛び出していた。

 大通りの向かいから、人が大挙して押し寄せてくる。
 恐怖、絶望、悲嘆・混迷――負の感情を撒き散らしながら人々が逃げ惑う情景は、普段平穏なはずの昼下がりの街中が、まるで地獄絵図さながらだった。

 迫る人波に、俺が呆然と立ち竦んでいると、

「こっち!」

 横合いから小さな手に腕を引かれた。
 袖口を握っていたのは、いつものとんがり帽子にローブ姿のデジーだった。

 路地に避難して難を逃れたことで、俺はようやくこの異常事態を呑み込むことができた。

「デジー、大変だ! 魔族が襲ってきてるって――」

「知ってる。おかげで街は大混乱」

「戦争は終わったんだよね、6年も前に!?」

 つい、デジーの両肩を鷲掴みにして揺さぶってしまう。

「…………」

「……あ……ごめん」

 デジーが無言で返し続けたので、俺は自分の醜態に気づかされた。
 かなり力を篭めて握ってしまったようで、デジーは肩口を気にかけるようにさすっていた。

「いい。この状況じゃあ仕方ない。わたしにも理由はわからないけど、魔族が攻めてきたのは本当。今は、街の警備兵が防衛にあたっている」

「じゃあ大丈夫……なのかな?」

 言ってはみたものの、そうではないのはデジーの顔色から見て取れた。
 相変わらずの無表情だが、緊迫した気配だけはひしひしと伝わってくる。

 デジーはぽつりと言った。

「警備兵は常勤で300人、予備人員あわせて500人。魔族は……配下の魔物や魔獣含めて、およそ2000以上……」

(よ、4倍!?)

 思わず息を飲んだ。

 いくら俺が平和ぼけした日本人でもわかる。近代兵器戦でもない限り、数の差は絶対だ。
 しかも、魔法を自在に操る魔族や凶暴な魔物たちが、単体の戦力で人間に劣っているとも思えない。

「だったら、急いで逃げないと!」

「……きっと逃げられない」

 デジーは、ローブの裾をきゅっと握った。

「街の出入口周辺はもう抑えられてるって聞いた。これは用意周到な軍略行動」

 淡々と語るデジーだったが……裾を握る指先が、力を入れすぎて白く変色している。

「皆を守るため、戦える者は戦うしかない。師匠にも依頼がきてもう戦場に向かった。わたしもこれから向かうつもり。アキトは……どうする?」

「…………!」

 俺は、首から下げた炎の魔法石を見下ろした。
 石の中では、赤っぽい光がゆらゆらと揺れている。

 デジーが真っ先に俺のところに来た理由がわかった。
 デジーはまだ幼い女の子だ。日本でいうと小学校高学年かせいぜい中学生くらいでしかない。こんな子ですら、他人を守る決意を固めている。

 デジーはお願いとは口にしなかった。強要も懇願もするつもりはないのだろう。

 だから、俺は自分から言うことにした。

「なら、俺も連れてって! どこまで役に立てるか自信はないけど、少しは魔法具も使えるし。それに」

「……それに?」

 勇者の甥っ子が、かっこ悪い真似もできないしね。

「なんでもない、急ごう!」

 俺が今度はデジーの手を取って、逃げる人波とは逆の方向に走り出した。
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