異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

文字の大きさ
上 下
28 / 184
第三章

出会えないふたり 2

しおりを挟む
「こんちわ~。って、なにこの空気!? 暗っ!」

 元気よく入店してきて、早々に顔をしかめたのはリコエッタだった。
 いつも着ているエプロンの裾をパタパタしながら、重い空気を吹き飛ばそうとしていた。

「お~、エッタ~! 救世主、登場~! さあ、あんちゃんをどうにかするっす!」

「いきなり、なんのこと?」

 訊かれても、妹が異世界で迷子に――などと説明もできないので、「家庭の事情でもやもや中っす……」とだけしか答えられなかった。あ、ナツメの口調が移った。

「よくわからないけど、話しづらいことなら訊かないわよ。お店はやってるんでしょ? アキトのとこ、たしか縫い糸とかも置いてあったよね。オレンジ色っぽい糸あるかな? 切らしちゃってて」

 珍しくリコエッタが急いでいる様子だったので、すぐに棚から商品を取り出して手渡した。

 珍しいといえば、あれだけ毎日顔を出していたリコエッタがここ数日ぶりなのも珍しかった。
 あれだけ情熱を燃やしていた新作スイーツ品評会も、ご無沙汰となっている。

「これ代金ね。慌ただしくって、ごめんね! ちょっと急いでいるから、それじゃあねー!」

 言うが早いか、リコエッタは入ってきたときの勢いで退店していった。

「……なんだったんすかね、あれ?」

「さあ?」

 俺はナツメと顔を見合わせた。


◇◇◇


「ごめんねー! 待たせちゃって!」

 道向かいのシラキ屋を出た勢いそのままに、リコエッタは自宅の階段を駆け上がり、自室のドアを開けた。

 リコエッタの自宅は1階でパン屋を営んでおり、2階は両親と自分の生活空間となっている。
 去年、両親から譲ってもらった自室は道沿いに面しており、大きな両開きの窓が採光もよく、道行く人々も観察できるのでお気に入りだった。

 ただ、今はとある理由から窓を締め切り、カーテンも閉ざしている。
 部屋に据えられた大型のベッドは両親が使っていたものをそのまま譲り受けたもので、ひとり用としては大き過ぎる。しかし、今の状況としてはありがたかった。

 ベッドの上には、頭からシーツを被り、体育座りしている少女がいる。
 見た目の年の頃はリコエッタと同じくらい。
 実際にリコエッタが尋ねたら、本当に同い年だった。

「あたしとしたことが、服と同じ色の糸を切らしちゃってて! ちょっとだけ待っててね、ちゃちゃっと仕上げちゃうから!」

 リコエッタは腕まくりをし、机の上に放り出したままの服を縫いはじめる。
 縫うといっても、サイズを合わせるために各所を詰めるくらいなので、たいした手間ではない。
 言葉通りに直しはすぐに終わり、リコエッタは満面の笑みで服を広げてみせた。

「どうこれ? あたしにはちょーっとサイズがきつくなったんで、着るのを諦めてたやつなんだけど、こうするとぴったりなんじゃない? 同じ服ばっかりじゃ嫌でしょ? 女の子なんだから!」

「ありがとう……リコエッタさん」

 シーツを被った少女は、小さく声を発した。

「やだなー。何度も言ってるけど、あたしのことはリコかエッタでいいって!」

 リコエッタがあえて元気よく声を掛けると、少女の鼻をすする音が聞こえた。

 リコエッタがこの少女と出会ったのは、3日前のことだった。
 パンの配達の帰り道、裏路地の陰に今と同じようにひっそりと座っている彼女を見つけた。

 雨に降られてずぶ濡れで、転んだのか泥まみれと、散々な有様だった。
 衝撃的なことがあったようで茫然自失としており、時折怯えたりと、なにか訳ありだとリコエッタにも一目見てわかった。

 リコエッタはとりあえず彼女を自宅に連れ帰り、身なりを整えさせ、寝食も提供した。
 一晩明けて、終始無言だった彼女が、ようやくぽつりぽつりと身の上を話してくれるようになった。

 押入れを開けたら森にいて、巨大な熊に出会って逃げ出して、草原をあてもなく彷徨っていると平原を一直線に横切る足跡を見つけて、足跡を辿ってこの街に辿り着いたらしい。
 それまでに4回ほど狼みたいな野犬に追いたてられ、3回ほど化物に遭遇して逃げ惑い、命からがら街に着いたら着いたでショック死しそうな驚きの連続だったらしい。

 正直なところ、リコエッタにはほとんど理解できなかったが、きっと本人にはこんなに落ち込んでしまうほどの体験だったのだろうと納得した。

 現状、身を寄せる場所のあてもないというし、これもなにかの縁に違いない。
 そう、だったらこのリコエッタさんが、面倒見てあげるしかないじゃない。ここで見放したら女が廃る!
 ――それが、リコエッタという少女なりの矜持だった。

「どうして見ず知らずのわたしに親切にしてくれるの……? 無関係なのに……」

 心細そうに訊かれたので、リコエッタは不安を払拭すべく、とびきりの笑顔で言ってやった。

「無関係じゃないわよ? あたしの店、パン屋だって最初に教えたでしょ。店の名前ってなんだと思う?」

 一見関係なさそうな話に、少女は小首を傾げる。

「『春風のパン屋』っていうのよ。ほら、似たような名前でしょ? これって立派な縁だと思わない? ハルカちゃん!」
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

人生初めての旅先が異世界でした!? ~ 元の世界へ帰る方法探して異世界めぐり、家に帰るまでが旅行です。~(仮)

葵セナ
ファンタジー
 主人公 39歳フリーターが、初めての旅行に行こうと家を出たら何故か森の中?  管理神(神様)のミスで、異世界転移し見知らぬ森の中に…  不思議と持っていた一枚の紙を読み、元の世界に帰る方法を探して、異世界での冒険の始まり。   曖昧で、都合の良い魔法とスキルでを使い、異世界での冒険旅行? いったいどうなる!  ありがちな異世界物語と思いますが、暖かい目で見てやってください。  初めての作品なので誤字 脱字などおかしな所が出て来るかと思いますが、御容赦ください。(気が付けば修正していきます。)  ステータスも何処かで見たことあるような、似たり寄ったりの表示になっているかと思いますがどうか御容赦ください。よろしくお願いします。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...