異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第七章

地下ダンジョンから脱出します 1

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「んじゃ、具体的な脱出のプランといくか」

 30分ほどの小休憩を取ったのち、デッドさんはそう切り出してきた。

「まずはこいつを見な」

 懐から取り出されたのは、小さな魔石だった。
 外観も中の魔力も白っぽい色をしていて、滑らかな光沢は大理石に近い。

 デッドさんが何事かを念じると、魔石に籠められた擬似魔法が反応し、魔石の上の空間に立体的な映像が投影された。
 投影されたのは蟻の巣の解体図のような映像で、区切られた空間や横穴が縦横無尽に広がっている。
 映像は全体的に透けて見えているので、奥行きや隠れた部分まで観察できる精巧な造りとなっていた。

「こいつが、デラセルジオ大峡谷の地下空洞の全容さね。っても、あんまり広すぎるからこの辺り一帯だけだけどな。今いるのが……えーと、ここな」

 デッドさんがある一点を指差す。

 つまりこれは、この地下の立体地図というわけだ。
 どんな理屈の魔法かは知らないが、高等なものであることだけは理解できる。

 たしかにその周囲の地形を追っていくと、見覚えがあるものばかりだった。

 まずはここに墜落して、こう逃げて、ここに隠れて、こう行ったところで足止めを食って……ここで襲われたから、こっちに逃げて。そこで、ここをこう。こう行ってああ行って――

 道中の思い出が呼び起こされる。
 ……思い出してみたはいいが、碌でもないことばかりだったので気分が沈んだ。止めておこう。

 気を取り直して、デッドさんの示す点――俺たちが現在いる地点に着目してみると、地下空洞の中でもかなり上層に位置していた。
 これだけでも、かなり頑張って這い上がってきたことがわかる。命がけで苦労しただけに、ちょっと感激だ。

 とはいえ、精霊魔法による階層飛ばしショートカットのおかげであることは容易に見て取れる。正規のルートを辿るのでは、さらに何倍もの距離を移動しないといけない。
 やはり昨晩に相次いだ崩落のおかげで、連続でショートカットできた部分が大きいだろう。もちろん、その前の地竜と仲良くダイブしたことは記憶から除外しておく。

(あれ?)

 目で追っていると、妙なことに気づいた。
 地図の下層のほう――たまごろーを拾った階層が、地図の映像から抜けている。

 そもそもあの階層に入ったのは、地竜と崩落に巻き込まれてのことだったし、出るときも上の階層で起きた崩落箇所を利用したのだから、まともな道などひとつも通ってはいないわけだけど。
 地図に載ってないのはそのせいかもしれない。

「聞いてっか、アキ?」

 考え込んでいると、鼻先を指で摘まれた。

ひたた……聞いてまって」

「だったら続けんぞ? 今から取れるルートは主に……ここと、ここと、こっちな。あたいが入ってきたこのルートは使えない。色々あって、崩れちまったかんな」

 デッドさんが映像の該当ルートを指でなぞるたび、淡い光の線が描き足された。便利なものだ。

 示されたルートは3つ。
 左右に分かれた結構な距離のある迂回ルートがふたつに、地上までの最短距離のルートがひとつ。

 普通なら最短距離一択だろうけど……どうにも怪しいことに、そのルートの途中には明らかに巨大な空間が鎮座している。
 他の場所と比較すると、その規模の差は歴然――おそらくは直径数キロに及ぶ大空洞ということになる。

「……そりゃあ気になるか。あからさまに怪しいかんなー、そこ。冒険者の間じゃあ『大宴会場』って呼ばれてる。ちなみに『大宴会場』と地上を繋いでいる通路は『地竜の通り道』な」

 なにかもう呼び名に使われた単語のチョイスからして、嫌な予感しかしない。

「『地竜の通り道』はそのまんまだ。あのガタイで地表の竜の谷と行き来できるとこなんざ、そこくれーしかなくてよ。『大宴会場』は、外から迷い込む獲物目当ての連中がたむろってる場所さね。獲物が入り込んだ暁には、喰えや騒げやの乱痴気騒ぎ――ってね。ここには地下に棲息する生物のほぼ全種が揃ってやがる。それでいて、上手いこと棲み分けがされているってんだから不思議だよなぁ。ちなみに、熟練の冒険者でもここからの侵入は避けるのがセオリーな。でもって、残りふたつがオーソドックスなルート。1日や2日のよけいな時間はかかるが、開拓されて比較的安全な迂回ルート、って冒険のしおりにも載ってるくらいさね」

「……だったら迂回するしかないですよね」

 率直に言うと、一刻も早くここから抜け出したい。
 さっさとこの陰鬱な地下を脱したいのは山々だが、急いては事を仕損ずるでは意味がない。
 食料も乏しい状態で残り2日はきついが、安全には替えられないだろう。

 そう思ったのだが、

「いんや。大宴会場を抜けるルートで行く」

 デッドさんはあっさりと否定した。

「理由はふたつ。安全なルートとはいっても危険がないわけじゃない。もともと速度重視で駆けつけたかんな、あたいも充分な準備ができてねえ。食料の不安もある」

「で、でも、それなら! 大宴会場で戦闘に巻き込まれるほうがよっぽど――食べるのは2日くら」
「――重要なのはふたつめさね」

 デッドさんが言葉尻に被せてきた。有無を言わせぬ口調だった。
 珍しく神妙な面持ちで目を細めていたが――やがて腰に両手を当てると、重々しく嘆息した。

「やっぱ、自覚してなかったかぁ……アキ、おめー。すんげえひでぇ面してんぞ? ほれ、見してみ?」

 強引に俺の頬を両手で挟むと、瞼を下に引っ張って眼球を覗き込まれた。

「あ~。精霊魔法でだいぶ緩和されちゃあいるが、重度の中毒症状が出てやがる。こういった地下迷宮ってな、人体に悪影響の天然ガスが発生して溜まりやすいんだよ。このままここにいて、ガスを吸い続けてたら――」

「吸い続けていたら……?」

 ごくりと喉が鳴る。

 次いでデッドさんから放たれた言葉は、

「死ぬよ。おそらくは――明日まで持たねえな」

 無慈悲な死刑宣告だった。

 死を覚悟させられるのは、これで何度目だろう。
 異世界の運命の神は、よほど俺のことが嫌いらしい。
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