異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第七章

ただ今、絶賛彷徨中です 3

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 おみくじの結果はさておき。

 深夜零時を回って、遭難は4日目に突入した。

 ここに来て、行程自体は良好だった。
 件の崩落場所から上層への移動に成功し、さらには近場で次の崩落場所を発見し、そこからもうひとつ上の階層へと移ることができた。
 これで地竜と共に落下した分くらいは取り戻せたかもしれない。

 しかしながら、これではまだ『ふりだしにもどった』程度だ。状況は依然として窮している。
 むしろ食料の大半を消費した分だけ、悪化しているといえなくもない。

 体力と気力に充実した今こそ、勝負どころだろう。
 ここでなんらかの希望を見出せなければ、後は本当にもう運任せで救助を待つしかなくなる。

 じっとしていれば敵に見つからないのかもしれないが、この広大な地下迷宮でじっとしていて味方に見つけてもらえる確率なんて如何ばかりだろうか。
 あれから4日。叔父が救助に向かってきてくれていると信じる。信じているからこそ、今は合流すべく邁進するのみである。

 懸念事項は尽きないが、差し当たっての問題は、上層に来てから妙に敵との遭遇率エンカウントが高くなったということだ。
 隠れて上手いことやり過ごせているものの、わずかでも見つかってしまうとアウトだけに、どうにも気が気ではない。

 断続的に木霊する崩落音も次第に頻度を増してきた。
 音の感じから、きっとここよりさらに上層――崩落音に追われるように、敵が群れ単位でやってきているようにも思える。

 今もまた、岩陰に隠れているこちらになど目もくれず、獣の一団が一心不乱に走り去った。もしや本当に逃げてきているのかもしれない。
 これだけ崩落が頻発するとなれば、自然現象とも思えない。崩落を誘発させている原因があるはずだ。

 仮に上層でなにかが暴れているせいで、この状況が引き起こされているのなら。
 それだけの脅威となると、地竜が集団で暴れているとしか――控えめに言っても悪夢でしかない。
 ただし、それは逆にチャンスでもある。敵の群れが上層から逃げてきているのなら、そのルートを遡ることで地表に近づけるということ。
 どのみち、もう先に進むしか道は残されていない。

 地面を這い、壁に張りつき、陰から陰へと身を潜め――必死に敵をやり過ごしなから、亀の歩みで進んでゆく。
 たった50メートルほどの距離を移動するのに、1時間以上かかることもあった。
 どこの潜入任務スニーキングミッションだよと内心ぼやきたくもなるが、それでも着実に前に進んでいる。

 隠れた物陰の目の前で、オオトカゲ同士が共食いをはじめたのにはまいった。
 初日の地獄絵図が蘇り、いつまた地竜がやってくるかと嫌な汗が止まらなかった。

 そんなことが何度か続くと、さすがに現実逃避したくなる。
 やばい幻覚まで見えはじめたときには、すんでのところで思い留まれたにしろ、思わず叫びたくなった。

 そうこうしている内に、ようやく目当ての場所を発見することができた。
 今度は崩落現場ではなく、緩やかに続く上り坂だ。上層への正規ルートに間違いない。

 周辺に脅威がいないのを念入りに確認してから、ここぞとばかりに一気に坂道に滑り込んだ。
 上り坂といっても整地された道ではなく、大小の岩石の転がる岩場でしかない。
 慎重に、かつ迅速に。足場を踏み外さないように地面を照らしつつ、用心しながら1歩ずつ歩を進める。

 下層で卵を拾ったのは正解だった。
 あれからもう5時間余り。スマホと魔法石だけでは、とうの昔に電力も魔力も尽きていただろう。
 なにより外部の温かみというのは、それだけでも心を落ち着けてくれる。
 ただの卵なわけだが、愛着も湧いてきて『たまごろー』と名前も付けた。叔父のネーミングセンスと被っている気がしないでもない。

 そしてついに――未踏領域の上層まで辿り着いた。
 時間的にも、外はもう夜が明けているのだろう。ここまで来ると、洞窟内に差し込んでくる光もだいぶ多くなってきた。
 暗闇が薄闇になった程度の些細な変化だが、確実に地上に近づいていることを実感するには充分だった。

 脳裏でぼんやりしていた『生還』の2文字が、ようやく確固たる輪郭をもって見えてきた。
 まだ先は長いのかもしれない。油断はできないのもわかってる。危険もあるだろう。それでも内心で何度も諦めかけただけに、それは大きな希望だった。

 俺は心なし強くなった歩調で、新たな思いを胸に、新たな第1歩を踏み出した。

 ――が、踏み出せたのは本当にたったの1歩だけで、出した先の足元が崩れた。

 ごく小規模の崩壊、そして滑落。
 滑り台でも滑り降りるように成すがままに運ばれて、盛大にその下の地面に放り出されてしまった。

「痛たたた……」

 結構な加速で落ちたはずだが、着地したときに尻を多少打った程度で、剥き出しの素肌にも擦り傷などなかった。
 なぜか今回、落ちる滑るは常でも、それにより怪我を負ったことはなかった。

 不思議なこともあるものだと、顔を上げたと同時――全身が硬直するのを感じた。

 落ちた先は岩の台座のような形状をしており、周囲よりもちょっとした高台になっていた。

 たしかに、これからも危険はあるだろうと思った。
 でも、これはさすがに――あんまりじゃないか!?

 俺は膝を突き、頭を抱えて天を仰いだ。
 仰いだ先が真っ暗で、やるせないにも程がある。

 周囲を取り囲むのは、数え切れないほどの大小のオオトカゲ。
 落ちてきたのは、おそらく連中の巣のど真ん中。数多の卵に、仔トカゲに、親トカゲ。ゆうに100を越える双眸が、突然の闖入者である俺に向けられていた。

 「シャー!」という威嚇音とも呼吸音とも取れない音が、トカゲの群れからいっせいに噴出した。
 仔トカゲで体長が50センチから1メートル弱。これまで見かけたオオトカゲもせいぜい体長1メートル程度だったので、あれらはまだ育成途中の子供だったのかもしれない。
 対して親トカゲは遥かに大きく、推定体長4メートルから5メートルに届きそうな個体もいる。もはやトカゲどころの話ではなく、完全にワニの領域だ。

(いくらなんでも……無理だ…・・・)

 これまでと違い、四方を完全に囲まれて逃げ場がない上、相手は巣を侵されて殺気立っている。
 1匹だけでも倒せるかわからないのに、それが数十匹。
 多勢に無勢、四面楚歌、どこをどう考慮しても、勝てる見込みどころか逃げ切れる要素すらまったくない。

 死ぬ思いでここまで来て、諦めたくなんてない。諦めたくはないが――現実の壁が大きく立ち塞がり、こちらに倒壊しかけている。

 まさか、異世界くんだりまで来て、最期をトカゲの腹の中で終えるとは。もう少しマシな結末が欲しかった。
 こんなことなら地竜と真っ向から戦い、ブレスの一息で果てていたのがよっぽど楽だったかもしれない。そんな取り止めのないことまで浮かぶ。

 こんなときには走馬灯なるものが過ぎるそうだが、それはついぞ訪れなかった。

 知らずに握り締めていた手から、炎の魔法石が力なく滑り落ちたその瞬間――

「んな簡単に諦めてんじゃねえぞ、アキぃ! てめえ、付くもん付いてんだろうが――!」

 頭上から降ってきたのは、数日ぶりに耳にする粗野な声。

「そのまましゃがんでな! いっくぜぃ! 猛き風よ、荒れ狂え、乱れ舞え――風精乱舞・矢衾!!」

 夥しい数の矢が、光る風を纏って言葉通りに荒れ狂った。
 軌道も照準も滅茶苦茶な矢の群れは、どういうわけか結果的にすべてトカゲの急所を貫き、ことごとくを絶命させていた。

 難を逃れたトカゲも我先にと散り散りに逃げ去り、巣には放置されたトカゲの卵だけが残されていた。

 唖然とするしかない俺の前に、小柄な影が降り立った。
 手には弓。癖っ毛の金髪に、鮮やかな金の瞳。片方が欠けた尖がり耳の悪戯っ子のような表情のエルフ。

 北エルフの女王、デッドリーリートその人だった。

「生きてたじゃねーか。上等上等!」

 俺の背中をびしばし叩きながら、デッドさんは別れたときと同じ顔で「にひ」と笑った。
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