異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

文字の大きさ
上 下
24 / 184
第二章

妹、来たる

しおりを挟む
 夕刻。わたしはスマホを片手に田舎道をひたすら歩く。
 夕日が照り返る水田の畦道を、手元のスマホの画面に目を落としながら、おっかなびっくりに進んでいく。

 舗装など望むべくもない荒れた道は、雑草も伸び放題で、歩きにくいことこの上ない。
 踏み潰した草の汁が、御ろしたての靴を汚していくのが腹立たしい。

 両脇の用水路に足でも滑らせては洒落にもならないので、なるべく畦道の中央を歩くことにする。
 すでに日も暮れかけて足元の影も長い。もうすぐ日も暮れるだろう。
 目的地への到着を焦るが、土地勘のない不慣れな道では、頼れるのはスマホのマップとGPSナビのみだった。

 実家も田舎には違いないが、国道も走っていれば繁華街もある。コンビニだって普通にある。
 そもそも山奥の秘境でもあるまいし、コンビニが徒歩1時間圏内にない土地が日本にあるということを初めて知った。

 スマホのバッテリーも心許ない。こんなことなら充電してくればよかったと後悔するのも後の祭り。
 今、バッテリーが切れでもしたら、行き倒れる自信がある。

 記憶にないほど幼い頃、一家でここまで来ていたそうだが、とてもじゃないが疑わしい。
 ナビがまた変な道を選んだのではとも思ったが、見渡す限りの田園で道など今歩いているもの以外には見当たらない。

 高校卒業で引退したが、元陸上長距離走選手だけあって、体力的には問題ない。が、夕闇間近、街灯もない見知らぬ土地を邁進できるほどの豪胆さはない。

 それもこれも、悪いのは――

「にいちゃんだ!」

 憤慨して夕日に吠える。

 電話もメッセージにも反応なし。
 無視されて頭にきて、意地になって遠路遥々3時間もかけてやってきたこちらも悪い気はするが、可愛い妹を蔑ろにする兄のほうがもっと悪い。

 わたしは、白木春香しらき はるか。18歳、地元の女子短大1年生。
 薄情な兄は3つ年上の大学生、名前は白木秋人。目下の索敵目標だ。

 向かうは祖父母宅。
 今では実家で両親ともども一緒に暮らしている祖父母の家らしい。

 もう1ヵ月ほど以前になる。
 上京して久しい兄が、祖父母宅の整理をしにここを訪れたはずだが、なぜかそのまま居ついてしまった。

 本来兄は、祖父母宅のあと、帰省する手はずとなっていた。
 少なくとも、直前まではそうだったはずだ。

 しかし、蓋を開けてみると、「ここが気に入ったからしばらく暮らしてみる」なんて意味不明の一言で、帰ってきやしない。

 よほど、いいところなのかとも思ったが、今まさに実体験中の身であると、とてもそうとは思えない。
 自然はある。認めよう。ってか、自然しかない。
 田舎暮らしにでも憧れているのか。第一、それではそもそも上京などしないだろう。

 連絡だけは取れていたので問題こそなかったが、いい加減、痺れを切らしたのは両親だった。
 父は偏屈者で、早く帰ってきてほしいなら自分で連絡を取ればいいものを、奇妙な男親のプライドでも邪魔するのか、母に対して伝えるように言う。

 母は母で、わたしに対して連絡を取るようにお願いしてくる。
 これはまあ、成人した息子が女親にあれこれ指図されるのは嫌がるだろうと慮ってのことらしいから、良しとしよう。

 とにかく、結果的には家族内での伝言ゲームの始まりである。
 父ー母ー妹ー兄、の見事な連鎖。
 間に挟まれる立場としては、煩わしいばかり。

 1ヵ月経過目前になり、親の問い詰めに辟易しながらも兄に再三の連絡を試みたら、あの始末だ。
 どんな温和な淑女であっても、憤るのも仕方のないことだろう。

 なんと文句を言ってやろう、いや文句だけでは手ぬるい。
 可愛い妹が心行くまで全オゴリの接待くらいは、当然の対価だろう。

 「ふ、ふ、ふ」と我ながら邪悪な笑みを浮かべて妄想していると、スマホのナビの音声ガイドが目的地到着を告げてきた。

 どうにか日暮れ前には着いた。
 平屋の表札には『白木』の文字。近所には他に建物もないので間違いない。
 祖父母から聞いていた通りの佇まいだ。

 玄関の引き戸を開けようとして、硬い手応えで施錠に気づいた。
 室内の電灯も点いてない。

 途端に一気に血の気が引く。
 兄が外出中なのは想定外だった。
 こんな場所で、いつ帰るかわからない兄を待つ勇気も、今さら来た道を戻る勇気もない。

 家の周囲を巡り、窓でも戸でも開いてるところがないかを探す。が、無情にも勝手口も裏口も閉まっている。

「にいちゃんめ~!」

 恨み言がついつい声に出る。
 これは全オゴリ1回くらいでは割に合わない。

 その思いが通じたのかはわからないが、突然、玄関のほうから音がした。

 慌てて表まで戻ると、玄関から飛び出してくる人影が見えた。
 一瞬だが、兄の姿に間違いなかった。
 実物を見るのは3年ぶりだが、大して変わりないようだ。

 よかった、元気そう――じゃなくって!

 そんな健気な妹に気づきもせず、兄は一目散にわたしが来た道を逆走しはじめた。
 運動は苦手なほうだった兄だが、瞬く間に遠ざかってゆく。

(で、電話しなきゃ!)

 ロックを解除し、電話をかけるが呼び出し音ばかりで反応がない。
 視界にいるはずの兄のほうから着信音が聞こえないことから、兄がスマホを携帯していないことに思い至るが、時すでに遅し。兄の背中はすでに夕闇の彼方。

「ああああ……そんなぁ~」

 素直に声を上げて呼び止めておけばよかったが、気恥ずかしさに躊躇してしまった。
 咄嗟の「にいちゃん!」の一言が出なかった。これが何年も直に声を交わしていない兄妹の弊害か。

 ただ幸いなことに、玄関の鍵が開けっぱなしだった。
 理由は知らないが、よほど慌てていたのだろう。

 なんにせよ、これで助かったのは事実だ。
 鍵も掛けずの外出となると、すぐに戻ってくるに違いない。

「……お邪魔しま~す」

 薄暗い日本家屋は不気味なだけに、気を紛らわせるため、あえて声を出して家に上がった。
 誰も来やしないだろうが、玄関を開けっ放しにしておくのは不安なので、念のために鍵は閉めておく。

 幼い頃に何度か来ていると聞かされてはいるが、やはり記憶にない。

 そういえば、昔、叔父に当たる人が神隠しにあったと聞いたことを思い出した。
 ぷるっと背筋が凍える。

 即座に電気を点けて、人心地つく。
 普段意識しない明かりがこんなにも心強い。びば、文明の利器!

 次いで、電源アダプタと充電コードを取り出し、スマホの充電も開始。
 ようやく周囲を見渡す余裕ができた。

 意外に室内は閑散としており、兄が1ヵ月近くも暮らしていたにしては生活感がない。
 台所のシンクもきれいなままだ。空のカップ麺が散乱しているくらい想像していたのに。

 室内にいながら、ふと風を感じた。
 それどころか、屋外の冷気や虫の声も。
 
(窓でも開いているのかな?)

 気になって出所を探ると、そこはとある部屋の押入れの前だった。
 襖は開いているが、その先が真っ暗闇だ。

 不思議に思って、手を伸ばす。

 そして、暗転――

「は……え?」

 なにが起こったのかも理解できぬまま、わたしは押入れの向こう側へと呑み込まれた。
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

【本編完結】異世界再建に召喚されたはずなのにいつのまにか溺愛ルートに入りそうです⁉︎

sutera
恋愛
仕事に疲れたボロボロアラサーOLの悠里。 遠くへ行きたい…ふと、現実逃避を口にしてみたら 自分の世界を建て直す人間を探していたという女神に スカウトされて異世界召喚に応じる。 その結果、なぜか10歳の少女姿にされた上に 第二王子や護衛騎士、魔導士団長など周囲の人達に かまい倒されながら癒し子任務をする話。 時々ほんのり色っぽい要素が入るのを目指してます。 初投稿、ゆるふわファンタジー設定で気のむくまま更新。 2023年8月、本編完結しました!以降はゆるゆると番外編を更新していきますのでよろしくお願いします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

処理中です...