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第二章
不運のはじまり
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その日、秋人がスマホを家に置き忘れてしまったのが、不運のはじ始まりだったのかもしれない。
朝早く、いつものように秋人は出勤のために家を出発し、征司もまた素材の調達に出かけてしまった。
もとより征司は以前から週に何回かは家を空けることがあったが、店の仕事が増えたせいで、今では終日家にいることのほうが珍しい。
そんな中、リオは大いに不満だった。
有り体にいって、遊び相手がおらず、暇を持て余しているのである。
かと言って、忙しそうに家事に追われている母リィズの邪魔はしない。
幼子ながら、それくらいの分別は持っていた。
天気がよければ、お気に入りの格好で近所の散策に出かけたいが、外はあいにくの小雨模様。
リオは窓から身を乗り出し、眉根をハの字にして曇り空を恨めしげに見上げていた。
そんなとき、リオの獣耳が聞き慣れない音を捉えた。
正しくは電子音のメロディーなのだが、リオにはそれがわからない。
ただし、異質な音の正体がなんにしろ、幼子の興味を引くには充分すぎた。
リオは即座に窓から飛び降り、耳を頼りに音の発生源へと向かった。
家の中、辿り着いたのはとある部屋の前。
半月ほど前までは空き部屋だったのだが、今では秋人のための私室として宛がわれている。
リオ自身、何度も遊びに来ることはあったし、夜中にこっそりベッドに潜り込むこともあった。
鍵はそもそも付いてないので、手馴れたふうでリオがドアノブを回すと、扉はあっさりと開いた。
部屋の主はもちろんいない。
リオも朝から玄関でお見送りしたのだから、当然だろう。
しかし、その日はいつもと違い、据え置きのテーブルの上に、なにかが置き去りにされていた。
普段、秋人が大事そうに持ち歩いている『すまほ』とかいうものだ。
リオも触らせてもらったことはあるが、中で目まぐるしく動いて音がする不思議な物だった。
それが音の発生源であることはリオにも容易に知れた。
耳慣れない音をかき鳴らし、表面が光で明滅している。
秋人が一緒にいるときしか触ってはダメだと言われていた。
しかし、幼いリオが好奇心に勝てるわけもなく、触ってしまった。
『あ、やっと出た! あんまり待たせないでよ!』
途端に響く、知らない女の人の声。
リオは思わず尻尾が逆立つほどにびくっとなり、スマホを取り落としそうになった。
「びっくりしたー。ねえねえ、あなた、だれー?」
『は、って、え? 子供の声……? あっ、そっちこそ誰……?』
明らかに困惑した相手の声。
「あい。りおはねー、りおだよー」
リオは元気よく返事する。その直後、
――アキトさんの物に勝手に触ってはいけませんよ――
母リィズの言葉が脳裏に蘇ってきた。
思い出したときには遅かった。
ダメと言われていたのに、触ってしまった。
ままに怒られる、と思った瞬間――どうにかしようとリオはスマホの画面をめったやたらに押しまくった。
功を奏し、声はすぐに聞こえなくなった。
「ふぅ、ききいっぱつ」
意味はよくわからないが、リオは先日覚えたばかりの台詞を口にした。
またすぐに音が鳴り始めたが、今度こそリオは我慢した。
口をヘの字にした懸命な表情で頭ごと耳を押さえ、鳴動を続けるスマホと根気比べを行なう。
耐えること数十秒――ついに音は鳴り止んだ。
「かった」
安堵したリオは、スマホを元の位置に置き直し、部屋をこっそりと後にした。
これが次に起こった不運であった。
◇◇◇
スマホの画面には、リオの連打で偶然起動したアプリに、つらつらと文字が羅列されていた。
妹『そっち まだいるの』 10:26
妹『おかーさんが いいかげん かえってこいって』 10:27
妹『いま こどもがでんわでたんだけど どゆこと』 14:05
妹『おーい』 14:17
妹『おーい』 14:24
妹『きどくするーて どゆこと』 14:35
妹『いまから そっちいくから』 14:39
そして、最後の不運がはじまる。
◇◇◇
「あ~、時間がない! 俺ってやつは、なんでこう忘れるかなぁ」
雨上がりの平原。
ぶつぶつ自責しながら、足早に家路を急ぐ。
今日は日本に戻り、運送会社から店に置く商品の荷物を受け取る日だった。
荷運び作業があるため、昼過ぎには店を切り上げて、早めに帰る予定にしていたのだが――
スマホを家に忘れてきたため、ついつい時間の確認が疎かになってしまった。
運悪く暗雲立ち込める空模様も重なり、気づいたときには昼の頃合をとっくに過ぎていた。
それでも普段ならタイマーをかけているので問題ないが、そのスマホがないだけでこの始末、いかに文明の利器に頼り過ぎていたのか実感できる。
(運送会社の営業時間は18時! ギリ間に合うか!?)
とにかく急ぐしかない。
家に寄ってスマホくらいは取っていきたかったが、そんな時間の余裕もないらしい。
俺は一心不乱に走り続けた。
朝早く、いつものように秋人は出勤のために家を出発し、征司もまた素材の調達に出かけてしまった。
もとより征司は以前から週に何回かは家を空けることがあったが、店の仕事が増えたせいで、今では終日家にいることのほうが珍しい。
そんな中、リオは大いに不満だった。
有り体にいって、遊び相手がおらず、暇を持て余しているのである。
かと言って、忙しそうに家事に追われている母リィズの邪魔はしない。
幼子ながら、それくらいの分別は持っていた。
天気がよければ、お気に入りの格好で近所の散策に出かけたいが、外はあいにくの小雨模様。
リオは窓から身を乗り出し、眉根をハの字にして曇り空を恨めしげに見上げていた。
そんなとき、リオの獣耳が聞き慣れない音を捉えた。
正しくは電子音のメロディーなのだが、リオにはそれがわからない。
ただし、異質な音の正体がなんにしろ、幼子の興味を引くには充分すぎた。
リオは即座に窓から飛び降り、耳を頼りに音の発生源へと向かった。
家の中、辿り着いたのはとある部屋の前。
半月ほど前までは空き部屋だったのだが、今では秋人のための私室として宛がわれている。
リオ自身、何度も遊びに来ることはあったし、夜中にこっそりベッドに潜り込むこともあった。
鍵はそもそも付いてないので、手馴れたふうでリオがドアノブを回すと、扉はあっさりと開いた。
部屋の主はもちろんいない。
リオも朝から玄関でお見送りしたのだから、当然だろう。
しかし、その日はいつもと違い、据え置きのテーブルの上に、なにかが置き去りにされていた。
普段、秋人が大事そうに持ち歩いている『すまほ』とかいうものだ。
リオも触らせてもらったことはあるが、中で目まぐるしく動いて音がする不思議な物だった。
それが音の発生源であることはリオにも容易に知れた。
耳慣れない音をかき鳴らし、表面が光で明滅している。
秋人が一緒にいるときしか触ってはダメだと言われていた。
しかし、幼いリオが好奇心に勝てるわけもなく、触ってしまった。
『あ、やっと出た! あんまり待たせないでよ!』
途端に響く、知らない女の人の声。
リオは思わず尻尾が逆立つほどにびくっとなり、スマホを取り落としそうになった。
「びっくりしたー。ねえねえ、あなた、だれー?」
『は、って、え? 子供の声……? あっ、そっちこそ誰……?』
明らかに困惑した相手の声。
「あい。りおはねー、りおだよー」
リオは元気よく返事する。その直後、
――アキトさんの物に勝手に触ってはいけませんよ――
母リィズの言葉が脳裏に蘇ってきた。
思い出したときには遅かった。
ダメと言われていたのに、触ってしまった。
ままに怒られる、と思った瞬間――どうにかしようとリオはスマホの画面をめったやたらに押しまくった。
功を奏し、声はすぐに聞こえなくなった。
「ふぅ、ききいっぱつ」
意味はよくわからないが、リオは先日覚えたばかりの台詞を口にした。
またすぐに音が鳴り始めたが、今度こそリオは我慢した。
口をヘの字にした懸命な表情で頭ごと耳を押さえ、鳴動を続けるスマホと根気比べを行なう。
耐えること数十秒――ついに音は鳴り止んだ。
「かった」
安堵したリオは、スマホを元の位置に置き直し、部屋をこっそりと後にした。
これが次に起こった不運であった。
◇◇◇
スマホの画面には、リオの連打で偶然起動したアプリに、つらつらと文字が羅列されていた。
妹『そっち まだいるの』 10:26
妹『おかーさんが いいかげん かえってこいって』 10:27
妹『いま こどもがでんわでたんだけど どゆこと』 14:05
妹『おーい』 14:17
妹『おーい』 14:24
妹『きどくするーて どゆこと』 14:35
妹『いまから そっちいくから』 14:39
そして、最後の不運がはじまる。
◇◇◇
「あ~、時間がない! 俺ってやつは、なんでこう忘れるかなぁ」
雨上がりの平原。
ぶつぶつ自責しながら、足早に家路を急ぐ。
今日は日本に戻り、運送会社から店に置く商品の荷物を受け取る日だった。
荷運び作業があるため、昼過ぎには店を切り上げて、早めに帰る予定にしていたのだが――
スマホを家に忘れてきたため、ついつい時間の確認が疎かになってしまった。
運悪く暗雲立ち込める空模様も重なり、気づいたときには昼の頃合をとっくに過ぎていた。
それでも普段ならタイマーをかけているので問題ないが、そのスマホがないだけでこの始末、いかに文明の利器に頼り過ぎていたのか実感できる。
(運送会社の営業時間は18時! ギリ間に合うか!?)
とにかく急ぐしかない。
家に寄ってスマホくらいは取っていきたかったが、そんな時間の余裕もないらしい。
俺は一心不乱に走り続けた。
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