異世界の叔父のところに就職します

まはぷる

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第一章

勇者の事情 1

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 大八車に山のような荷物を抱えての2時間の復路だったが、思いのほかあっという間だった。
 往路以上にまったく障害もなく、夕暮れ前には家に程近い場所まで帰り着くことができた。

 屋根の煙突からは、リィズさんが夕飯の支度をしているのか、白い煙が立ち昇っている。

 リオちゃんは街ではしゃぎ過ぎて、例のごとく力尽きて眠ってしまっていた。
 肩車の最中に寝落ちしてから数十分、俺の頭に抱きついた姿勢で安眠できるのも器用なものだ。
 首に巻きついた尻尾の先が、ゆらゆら揺れて時折鼻先をかすめるのがくすぐったい。

 真っ直ぐに母屋には向かわず、事前に言付けられていた通りに、先に荷物を大八車ごと隣接する納屋のほうへと運び込んだ。
 買ってきた物品を大まかな種類別に仕分けして、ひとまず今回のお使いは完了した。

 なるべく揺らさないように注意はしていたものの、頭にへばり付いたリオちゃんが起きる気配はない。
 両手が空いて作業はしやすかったが、幼女を頭に乗せて黙々と作業する図は、傍目にはかなりシュールだったに違いない。

「リオちゃん、おうちに着いたよ、おーい」

 反応はない。

 下から抱え上げて降ろそうとしたが、よほど力いっぱい抱きついているらしく、びくともしなかった。
 仕方ないので、そのまま母屋に向かうことにした。
 別に身内に見られるくらいなら構わないだろう。

 と思っていたのだが、玄関のドアノブに手をかけようとする寸前――ドアが勝手に開き、家から出てきた第三者と予想外に出くわすことになった。

 やたら背の高い、闇色の外套に闇色のフードという出で立ちの見知らぬ男性だった。
 目立たない服装だったが、フードから見え隠れする顔はかなりのイケメンで、地味な印象とは程遠い。

 出会い頭でも驚いた様子はなく、男性は無表情にこちらをじっと見下ろしていた。
 フードの下から覗く深い銀色の双眸に、射抜かれるような感覚を受ける。

「失敬」

 小声で告げると、男性はすり抜けるように横を通り過ぎた。
 すれ違いざま、風で煽られたフードの脇から、黒い角のような物が見えた気がした。

(この人も獣人?)

「お帰りなさい。アキトさん」

「あ、ただいま戻りました。……あれ?」

 入れ替わりでやってきたリィズさんに気を取られた隙に、男性の姿は消えていた。

「やっぱり、アキトさんに付いて行ってしまってたんですね。この子ったらしょうがない……ご迷惑をおかけしました」

 リィズさんは手慣れたふうで、リオちゃんを俺の頭からあっさりと引っこ抜いた。

「俺こそすみません。気づいたときに戻ればよかったんですけど、その、なんと言うか」

「ふふっ、きっとリオが無理にせがんだのでしょう? 普段からセージ様がこの子を甘やかし過ぎてしまうので、ごね始めると聞きわけがなくて。母親としては、もう少し厳しくしたいのですけれど……泣きそうになるんです、セージ様が」

 お茶目にリィズさんが笑った。

「げ。そういえば、叔父さん……怒ってませんでした?」

 忘れていた叔父の存在を思い出した。
 生存本能が思い出させるのを拒否していたというべきか。

 リィズさんはその様子でこちらの心中を察したらしく、

「大丈夫ですよ。セージ様はまだ戻られていませんから。つい今しがたセージ様の知人の方から、帰りが明日になるとの伝言をいただきましたので。安心してください」

 と、にこやかに頷いた。

 知人とは、さっきのイケメンのことだろう。
 やり手の青年実業家みたい――という陳腐な言葉が頭に浮かび、自分のイメージの貧困さに泣けてきた。

 それは置いておいて。

「ただ、セージ様が知ったとしても、責めたりはしないと思いますよ。こんなに満足そうな寝顔」

 リィズさんは、腕に抱える愛娘の頬を慈しみ撫でた。

「街は初めてだったんですよね。物珍しいのか、すごいはしゃぎようで跳ね回ってましたよ。おかげで、帰り道は疲れて寝ちゃいました」

「またうごかないぱぱ、みつけたぁ……」

 タイミングよく、リオちゃんが寝言を漏らした。
 無意識下でも聞こえていたのか、夢の中ではまだ街中を散策しているらしい。

「動かないパパ?」

「はいこれ。他には彫像もいくつか見かけましたね」

 お釣りの紙幣を手渡すと、リィズさんは『なるほど』と苦笑した。

「正直、死ぬほど驚きましたよ。叔父さんって、こっちでは超有名人だったんですね。規格外だとは思ってたけど、魔王を倒すとかどんだけですか。叔父さんも教えてくれるとよかったのに」

「きっと気恥ずかしくて、甥のアキトさんには知られたくなかったのだと思いますよ。わたしも口止めされていましたし。目立つのは苦手な方ですから」

 あの叔父にして、目立つなというのは無茶な気がするが。

 なにしろ、勇者である。
 勇者といえば、物語の絶対的な主人公。魔王討伐まで成したとなると、それはもう英雄譚だ。
 国を挙げて称えられ、人々が英雄視していたのも頷ける。

 街で話を聞いたときの興奮が蘇ってきた。
 俺は自覚していなかったが、リィズさんがちょっと引くくらいには勇者の素晴らしさを色々と語っていたらしい。

「ってことは、リィズさんは勇者の奥さん、リオちゃんは勇者の娘となるわけですね! すごいなぁ」

 と口にした瞬間――それまで困ったふうでも話を聞いてくれていたリィズさんの表情が、不意に沈んだ。

 そして、沈黙。

 しばらくの間があった後、リィズさんは懸命に絞り出すような声で「そうですね……」とだけ返してきた。

(え、なに? 俺なんか地雷踏んだ!?)

 力をなくして、ぺたりとしな垂れたリィズさんの獣耳を見て、焦燥感と罪悪感が湧いてくる。

 結局、内心パニックでろくなフォローもできぬまま、会話はそれ以上続かなかった。

 その日の夕食の席では、いつも通りのリィズさんに戻ってはいたが、微笑みの裏でどこか思い悩んでいるようにも見えた。
 お使いのお礼も兼ねているのか、テーブルに並ぶ料理は普段よりも豪華だったが、俺にはなんだか味気なく感じられた。
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