カウンセラー

曇戸晴維

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salutary/magnate

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「世間での風当たりはまだまだ強い中、こういうところに顔を出して悩みを聞いてくれる人がいるんですよ」

 バーテンダー風の男は、そう言いながら遠い目をする。
 彼にもいろいろな人生があって、出会いや別れがあって、試行錯誤の末、ここに行き着いたのだろう。
 俺だって、若いころは悩まないでもなかった。
 こういった趣味は悪しきものと思っていたし、その衝動を抑えられない自分は悪いやつだと思えた。
 ずいぶんと人に罵倒されたこともあったし、疎外感を味わいもした。
 悩みを聞いてくれる人は愚か、吐き出すことさえできなかった。
 そういった人が、ここには集まるのだろう。

「控えめな方でしてね、私はこういった店を構えているのだから、お客様にお話を振って吐き出してもらう、という役割もあるわけです。
 ところが、その人と話すと不思議なことに、つらつらと自分の思いが漏れる」

 面白い方ですよ、と続ける男。
 やはり、この人が店長だったか。
 歳のころ、五十程。
 落ち着いた佇まいは、大人の男性の色気を醸し出し、その話術で何人を縛ってきたのか。
 少し、興味が湧くが、それは今度の機会。

「へえ、そういえばマナミちゃんもそんなこと言ってたなあ」
「マナミ?○×のところの?」
「ええ。実は、マナミちゃんに、この店、教えてもらったんですよ」
「ああ、マナミのところから」

 その台詞の余裕のある様に、いらっとする。
 その感情を、なんだこいつも兄弟か、と脳内で呟いて蓋をした。
 グラスの中身を一気に呑み干すと、おかわりを頼む。
 情報量がわりだ。
 その男のことを聞かせろ。
 
「店長さんも、相談するくらいだから、相当なんでしょうね」
「あの人なら、何か知っているかもしれませんね。
 この界隈、悩みを抱える人は多いですから。
 ああいった、カウンセラーがいると助かる人は多い」

 そこで、奥のテーブル席から、おーい店長、と、声が掛かった。
 少し行ってきます、と向かう店長に、気にしないで、とばかりに微笑む。

 それから数時間は、ボンテージ姿の女性店員や他の客と話して過ごした。

 今日、来るはず、とマナミは言っていた。
 そろそろ時間も日付を跨ぐ。
 夜が深まるほどに客は増え、酔いもあるのだろう、どれがいつ入ってきて出て行ったのかもわからない。
 楽しんだが、呑み過ぎた。
 仕方ない、今日は帰るか。いい店だったし、今後、普通に呑みに来るのも悪くない。
 と、思っていたときだった。

 ボンテージ姿の女性店員が後ろから、すっ、と近づいてきた。
 そして、グラスを取り替える素振りをしながら、囁く。

「あちらの方ですよ」

 視線の先には、手前の隅っこのテーブル席に腰掛ける、一人の男。
 なにやら、女性と話している。
 女性のほうはすぐに立ち上がると、しきりに頭を下げて、店長たちがいる奥のテーブル席へと向かっていった。
 ちょうど俺とのすれ違いざまに見えた、その顔は、目を潤ませ何かを決意したような顔だった。
 女性がいなくなり、その男がしっかりと見えるようになる。
 背丈はやや高めか?
 スーツ姿で短髪。
 顔にこれと言った特徴はない。
 目が糸のように細くて、それくらい。
 しかし、その表情は、困ったような苦々しい顔をして、奥を見ていた。
 奥の席では、人間家具作りが始まっていた。

 グラスを手に取り、立ち上がる。
 ボンテージ姿の女性店員に礼を言おうと見ると、行ってらっしゃい、とばかりに手を振られた。

「混ざらないんですか?」
「え、ああ、いえ、そうですね」

 男に話しかけると、はっきりしない返事が返ってくる。
 これが本当に件のカウンセラーなのだろうか。

「いや、僕の顔を見ていらしてくださったのかな?」
「ええ、まあ」
「さぞかし不快な思いをしたでしょう。ごめんなさい」

 そう言って立ち上がると、深々と頭を下げられる。
 立ち上がった彼はそこそこ身長があり、すらっとしたシルエットと柔和な表情が細い目と相まって、柔らかく優しい男、といった感じだ。
 店の中で注目をしてしまい焦るも、常連や店員たちは、やれやれまたか、といった雰囲気で、空気はすぐに戻ってしまった。

「いや、そんな、気になっただけで」
「よろしければ、少しお話しに付き合ってください。もちろん奢りますよ」
「そんなつもりじゃ……」
「ではお互いの話を聞く、っていうのでどうでしょう」
「それなら、まあ」

 彼は俺が持ったグラスを見ながら、そう言った。
 話の持っていき方がうまい奴だ。
 しかし、こちらとしては好都合。
 元より話すつもり、もとい、聞き出すつもりで来ている。

「僕はカレハラと言います。あ、草木が枯れるに原っぱの原で、枯原です」
「カレハラさん。どうもよろしくお願いします。俺は……そうですね。タクミと呼んでください」
「タクミさんですね。いやはや、本当に先ほどは失礼しました」

 そう言って、カレハラは、すいませーん、と酒のおかわりを入れる。

「実は、僕、こういうところが苦手でして」
「こういうところ、というと?」
「あはは、なかなか突っ込んできますね。好きですよ。そういうの」

 ニコリと柔らかく微笑むカレハラ。
 軽くジャブのつもりだったが、なかなかどうして。

「僕、こう見えて無職なんです。それどころかどの仕事も長続きしたことがない」
「無職?」

 無職のカウンセラーがスーツなんか着て、苦々しい顔でSMバーにいる。
 なんともよくわからない。

「ええ。こう、考え過ぎるんでしょうね。
 この仕事が社会にどんな役割を持っているのか、だとか間近な人間が辛い顔をして仕事をしているのが気になってしまったり、そういうのを人から聞いたり。
 そうすると、どうしても考えてしまうんです。
 自分がここにある意味はあるのか、と」

 わからなくもない。
 そういう思春期を過ぎて意気揚々と社会に出た新人にありがちな悩みだ。

「そうしているうちに、人の心っていうのが気になり始めて、色々な人の悩みとかを聞いていたんですよ。
 そうしたら、おもしろいなあって。
 人の心って千差万別じゃないですか。そこにパターンがある。
 苦い顔をしてしまっていたのは、どうにも人が痛い思いをしているのが苦手で。
 本人が望んでいるのなら、それでいいはずなんですけどね。
 中には悩んでいる人もいるみたいで、そういった人の話を聞いたりもします。
 そして、そういうことが役に立つって気付いて、今、勉強中なんですよ」
「カウンセラーの?」
「あはは、誰から聞いたのですか? お恥ずかしい。
 ええ、臨床心理士の資格が欲しくて、まずは大学入学です。
 タクミさん、たぶん同い年くらいですよね? 二十後半?
 バカですよね。この歳で今から大学院まで行こうとしているの」
「今年、二十八になります。
 尊敬しますよ。
 俺なんて、妻子もいるのに、この歳になっても上にうだつが上がらなくて、人生右往左往してる」
「ああ、一個上だ! ありがとうございます」

 そう言って、彼は、ぐっ、と酒を呑む。

「妻子、か。お子さんおいくつなんですか?」
「まだ生後半年。父親としても右往左往ですよ」
「可愛いでしょうねえ。いやはや、僕なんていつ結婚できることやら」
「可愛いですよ。仕事が仕事なので、妻には苦労をかけますが」
「その言い方、奥さんを大変愛していると見受けます」

 もう一杯、いかがですか、と勧められる。
 どうにもペースが早いが久しぶりに呑むからだろうか。
 俺たちは酒の注文を済ませ、話を続ける。

「愛していることは愛していますがね、やっぱり子どもがいると、色々とねえ」
「ははあ、それで夜遊びなんかに明け暮れちゃったり?
 いやあ、独身でよかったなあ」

 ふざけて言うくらいにはお互い打ち解けていた。
 そうして話をしているうちに、いつの間にやら話題は俺の愚痴になっていく。
 やれ、上司がムカつくだの、やれ、夫婦生活が満足できないだの、酒のせいもあるのだろうか。
 俺はべらべらと話していた。
 しかし、これでいい。
 本命はここからだ。
 女目当てか、それとも……
 
「カレハラさん、今度ゆっくり俺の相談に乗ってくださいよ」
「ええ? 困ったな。プロじゃないんですよ?」
「実は、マナミから聞いたんですよ。いい人だって」
「ああ、マナミさんから。そうですね……僕は時間ありますし、タクミさんのお時間あるときにでも」
「じゃあ、明日の昼間とか?」
「仕事、大丈夫なんですか」
「都合つけます」

 カレハラは、あはは、と柔らかく笑いながら、いいですよ、と連絡先を教えてくれた。

 その後、すぐに、電車の時間が、と言って俺は店を出た。

 女目当ての自称カウンセラーが、食い漁っているだけ、という件は薄れた。
 が、部長に言いつけられたものに関してはまだだ。
 さて、明日はどうやって切りくずしていくか。
 そう考えながら、帰路についた。
 
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