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第一章 少年は旅立つ
27.勝利と犠牲2
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「え、いや、飲んだことないです……」
「ははは!そりゃあそうか」
ギュンターさんは笑いながら水瓶からふたつのコップにとくとくと何かを注ぎ始めた。
その液体は薄く赤み掛かっている。
「なに、昨日ので井戸が駄目になってな。ここらじゃあ湧き水も見ないと聞く。里林を西に行った川から汲んできたものの飲水に適しているかはわからん。一応、煮沸くらいはした。が、人数分の水分を確保するのも難しい」
「はあ……」
気のない返事をしたところ、ずいとコップを渡された。
それを受け取るとギュンターさんは続けて話し始める。
「宿屋の裏手の倉庫だ。そこの地下にこれでもかとワイン樽が残ってやがった。食料も心許ないし、どうせならと栄養が取れるように水割りにしたってわけだ。問題は子どもらのことを考えないで今日の飲水分を全部ぶちこんじまったってことだけどな」
豪快に笑うギュンターさん。
子どもら、と言われドリーたちのことを思い出す。
「ドリーとアン……雑貨屋と宿屋の子どもたちは……」
「……無事だよ。体は、ね」
「そう……ですか」
なんとなく、察してしまう。
ドリーの言葉が、あの目が、脳裏に蘇った。
僕はたまらず歯を食いしばる。
「君はできる限りをやった。そして君は強かった。心も体も。そしてそれに幾ばくかの人たちが救われた。今はそれでいい」
「……はい」
ギュンターさんはそう言ってくれたけれど、僕の心は晴れない。
戦わないことを責められ、力があることを罵られた。
力を使うと崇められた。
その事実はぐるぐると脳内を巡って離れない。
「君のおかげで命拾いした人だって多い。俺やマティウス卿だってそうだ」
「それを言うなら父のほうが」
「勇者殿は勇者殿、君は君だ」
そう言われると少しだけ、本当に少しだけ救われたような気持ちになる。
「窓の外を見たかい?」
「見ました」
「人ってのはすごいものだ。職業柄、被害が出る場所に行くことも多いが、毎回この調子だ。しぶとく、図太い。みんな、生きようとしている」
改めて窓の外を眺める。
皆、声を上げて走り回る。
自分たちの家をまた作るために。
昨日だってそうだ。
自分たちの居場所を守るために戦った。
なんでもない農民や商人、普通の人たちが。
「本当に……みんなすごいや」
「君だってすごい。生きているじゃないか」
ギュンターさんはまたニッと歯を見せて笑う。
大げさに腕を開きながら。
そしてコップを持った右手を勢いよく振り上げる。
「なにはともあれ、勝利に。乾杯」
「……乾杯」
僕も真似をしてコップを掲げる。
そして、二人で一気に飲み干す。
初めての酒は薄っすらと苦くて、酸っぱくて、少しだけ果実と煙の香りがした。
勝利の味っていうのはそんなに美味しくないんだな、と思った。
「ははは!そりゃあそうか」
ギュンターさんは笑いながら水瓶からふたつのコップにとくとくと何かを注ぎ始めた。
その液体は薄く赤み掛かっている。
「なに、昨日ので井戸が駄目になってな。ここらじゃあ湧き水も見ないと聞く。里林を西に行った川から汲んできたものの飲水に適しているかはわからん。一応、煮沸くらいはした。が、人数分の水分を確保するのも難しい」
「はあ……」
気のない返事をしたところ、ずいとコップを渡された。
それを受け取るとギュンターさんは続けて話し始める。
「宿屋の裏手の倉庫だ。そこの地下にこれでもかとワイン樽が残ってやがった。食料も心許ないし、どうせならと栄養が取れるように水割りにしたってわけだ。問題は子どもらのことを考えないで今日の飲水分を全部ぶちこんじまったってことだけどな」
豪快に笑うギュンターさん。
子どもら、と言われドリーたちのことを思い出す。
「ドリーとアン……雑貨屋と宿屋の子どもたちは……」
「……無事だよ。体は、ね」
「そう……ですか」
なんとなく、察してしまう。
ドリーの言葉が、あの目が、脳裏に蘇った。
僕はたまらず歯を食いしばる。
「君はできる限りをやった。そして君は強かった。心も体も。そしてそれに幾ばくかの人たちが救われた。今はそれでいい」
「……はい」
ギュンターさんはそう言ってくれたけれど、僕の心は晴れない。
戦わないことを責められ、力があることを罵られた。
力を使うと崇められた。
その事実はぐるぐると脳内を巡って離れない。
「君のおかげで命拾いした人だって多い。俺やマティウス卿だってそうだ」
「それを言うなら父のほうが」
「勇者殿は勇者殿、君は君だ」
そう言われると少しだけ、本当に少しだけ救われたような気持ちになる。
「窓の外を見たかい?」
「見ました」
「人ってのはすごいものだ。職業柄、被害が出る場所に行くことも多いが、毎回この調子だ。しぶとく、図太い。みんな、生きようとしている」
改めて窓の外を眺める。
皆、声を上げて走り回る。
自分たちの家をまた作るために。
昨日だってそうだ。
自分たちの居場所を守るために戦った。
なんでもない農民や商人、普通の人たちが。
「本当に……みんなすごいや」
「君だってすごい。生きているじゃないか」
ギュンターさんはまたニッと歯を見せて笑う。
大げさに腕を開きながら。
そしてコップを持った右手を勢いよく振り上げる。
「なにはともあれ、勝利に。乾杯」
「……乾杯」
僕も真似をしてコップを掲げる。
そして、二人で一気に飲み干す。
初めての酒は薄っすらと苦くて、酸っぱくて、少しだけ果実と煙の香りがした。
勝利の味っていうのはそんなに美味しくないんだな、と思った。
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