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第一章 少年は旅立つ
幕間 父の想い1
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だらりと力なく垂れる身体を抱きとめる。
気を失ったのは魔力の使い過ぎか、それとも精神的負荷が身体を上回ったか。
抱き上げた息子――ジェダの身体はまだまだ軽く、子どもであることを感じさせる。
「総員、まだ終わりじゃないぞ!野営準備と現状把握を!本部設営をしろ!大きくて無事な建物を!」
レヴィが気を利かせ、叫ぶ。
抑揚の強い声の出し方は大衆の視線を私達から逸らす。
次々と集まる報告に的確に指示を出していくレヴィ。
奴はこういう時に強い。
王宮で研究に明け暮れる日々など捨てて人に指導する立場になってほしいと何度も願った。
彼女は頑なにそれを拒否したが。
「失礼します」
レヴィの隊の者だろう大柄の兵士が声を掛けてくる。
「宿屋が比較的無事のようです。数人、清掃に向かわせましたので、そちらに御移動をお願いします」
「感謝する」
「御子息は私が……」
手を差し伸べる大柄の兵士を無視して、私はウェダを抱き上げる。
「いい。私が連れていく」
「失礼しました!」
大柄の兵士は敬礼をすると、先導し始めた。
確か、お姫様抱っこ、などというのだったか。
若き日にルーアにして、人にからかわれたことを思い出す。
ウェダが幼い頃は愚図るたびにしてやった。
そう考えると、その頃に比べ随分と大きくなったものだと感慨深いものがある。
たどり着いた宿屋では、数人の里の人間と兵士がいそいそと片付けに追われていた。
その中には宿屋の女将とその娘であるアン、雑貨屋の息子であるドリーもいた。
ウェダはよくアンとドリーと遊んでいた。
彼らはウェダのよき友人であっただろう。
「ジェダ様、今回は助けて頂きなんとお礼とお詫びを申し上げればよいか……」
「改まらなくてよい。ウェダがいつも世話になっている。感謝するのは私の方だ」
「しかし、私たちが未熟なばかりにウェダ様は森に……」
ウェダがドリーたちと険悪になり、森に向かって走り込んだのは聞いていた。
それを聞き、私はウェダを探しに森へ入ったのだ。
「済んだ話だ。ウェダも私も未熟なのは変わらない」
「そんなこと!」
「問答をしても仕方がない。それより息子を寝かせてやりたい」
女将ははっと気付いたように慌てて作業に戻って行った。
そして今度はアンが話しかけてくる。
ドリーは俯いたままだった。
「ジェダ様、ウェダは……ウェダ様は死んじゃったの?」
今にも泣き出しそうな目をしているアン。
私はウェダを片手で担ぎ直すと、アンの頭を撫でた。
「寝ているだけだ。たくさん戦って疲れたのだろう」
「そっか。よかった」
にこやかに笑うアン。
子どもには、大人にだって大変な一日だったであろうに、強い子だ。
「ジェダ様」
俯いていたドリーが、いつの間にか近くに来ていた。
そして、意を決したように言葉を紡ぐ。
「なんで親父たちを助けてくれなかったんですか」
その目には強い失望と、憎しみが篭っていた。
「ドリー!す、すいません!」
慌てて女将が割って入る。
その目には怯えすら宿っていた。
人々の作業の手が止まった。
彼らは固唾を飲んで私がどう答えるのか見守っているようだった。
私は女将を避けてドリーに一歩近づく。
ドリーは叱られる前のように怯えながら、その目は変わらず、私を睨みつけている。
「ドリー、すまなかった」
私はそう言って、アンにしたのと同じようにドリーの頭を撫でる。
するとドリーは嗚咽を上げながら泣き始めた。
その声は段々と大きくなり、女将があやす様にドリーを抱きしめる。
そしてアンが寄り添うようにそれに加わる。
見守っていた人々はひとり、またひとりと作業に戻っていった。
「準備が出来ました。こちらへ」
大柄の兵士が二階から降りてきて、そう言った。
私は踵を返して二階へ向かう。
背中に、ドリーの責めるような視線が痛いほど突き刺さっているのを感じながら。
気を失ったのは魔力の使い過ぎか、それとも精神的負荷が身体を上回ったか。
抱き上げた息子――ジェダの身体はまだまだ軽く、子どもであることを感じさせる。
「総員、まだ終わりじゃないぞ!野営準備と現状把握を!本部設営をしろ!大きくて無事な建物を!」
レヴィが気を利かせ、叫ぶ。
抑揚の強い声の出し方は大衆の視線を私達から逸らす。
次々と集まる報告に的確に指示を出していくレヴィ。
奴はこういう時に強い。
王宮で研究に明け暮れる日々など捨てて人に指導する立場になってほしいと何度も願った。
彼女は頑なにそれを拒否したが。
「失礼します」
レヴィの隊の者だろう大柄の兵士が声を掛けてくる。
「宿屋が比較的無事のようです。数人、清掃に向かわせましたので、そちらに御移動をお願いします」
「感謝する」
「御子息は私が……」
手を差し伸べる大柄の兵士を無視して、私はウェダを抱き上げる。
「いい。私が連れていく」
「失礼しました!」
大柄の兵士は敬礼をすると、先導し始めた。
確か、お姫様抱っこ、などというのだったか。
若き日にルーアにして、人にからかわれたことを思い出す。
ウェダが幼い頃は愚図るたびにしてやった。
そう考えると、その頃に比べ随分と大きくなったものだと感慨深いものがある。
たどり着いた宿屋では、数人の里の人間と兵士がいそいそと片付けに追われていた。
その中には宿屋の女将とその娘であるアン、雑貨屋の息子であるドリーもいた。
ウェダはよくアンとドリーと遊んでいた。
彼らはウェダのよき友人であっただろう。
「ジェダ様、今回は助けて頂きなんとお礼とお詫びを申し上げればよいか……」
「改まらなくてよい。ウェダがいつも世話になっている。感謝するのは私の方だ」
「しかし、私たちが未熟なばかりにウェダ様は森に……」
ウェダがドリーたちと険悪になり、森に向かって走り込んだのは聞いていた。
それを聞き、私はウェダを探しに森へ入ったのだ。
「済んだ話だ。ウェダも私も未熟なのは変わらない」
「そんなこと!」
「問答をしても仕方がない。それより息子を寝かせてやりたい」
女将ははっと気付いたように慌てて作業に戻って行った。
そして今度はアンが話しかけてくる。
ドリーは俯いたままだった。
「ジェダ様、ウェダは……ウェダ様は死んじゃったの?」
今にも泣き出しそうな目をしているアン。
私はウェダを片手で担ぎ直すと、アンの頭を撫でた。
「寝ているだけだ。たくさん戦って疲れたのだろう」
「そっか。よかった」
にこやかに笑うアン。
子どもには、大人にだって大変な一日だったであろうに、強い子だ。
「ジェダ様」
俯いていたドリーが、いつの間にか近くに来ていた。
そして、意を決したように言葉を紡ぐ。
「なんで親父たちを助けてくれなかったんですか」
その目には強い失望と、憎しみが篭っていた。
「ドリー!す、すいません!」
慌てて女将が割って入る。
その目には怯えすら宿っていた。
人々の作業の手が止まった。
彼らは固唾を飲んで私がどう答えるのか見守っているようだった。
私は女将を避けてドリーに一歩近づく。
ドリーは叱られる前のように怯えながら、その目は変わらず、私を睨みつけている。
「ドリー、すまなかった」
私はそう言って、アンにしたのと同じようにドリーの頭を撫でる。
するとドリーは嗚咽を上げながら泣き始めた。
その声は段々と大きくなり、女将があやす様にドリーを抱きしめる。
そしてアンが寄り添うようにそれに加わる。
見守っていた人々はひとり、またひとりと作業に戻っていった。
「準備が出来ました。こちらへ」
大柄の兵士が二階から降りてきて、そう言った。
私は踵を返して二階へ向かう。
背中に、ドリーの責めるような視線が痛いほど突き刺さっているのを感じながら。
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